秋元孝之 氏

快適と省エネルギーがつくりだす、持続可能な社会 芝浦工業大学工学部 教授 秋元孝之 氏 Akimoto Takashi

広報誌掲載:2009年11月

1997年12月に地球温暖化防止京都会議で採択された京都議定書は、2007年2月に発効。わが国は2008年から2012年における温室効果ガスの排出量を1990年比6%削減することが求められた。日本における温室効果ガス排出量の約9割はエネルギー起源二酸化炭素(CO2)である。しかし、2009年を迎えた現在、CO2排出量は削減どころか増加の一途をたどっている。地球温暖化防止の国際公約を実行するために建築と設備は何ができるのか、芝浦工業大学工学部教授の秋元孝之氏にたずねた。

家庭部門・業務部門で増加を続けるCO2排出量現在のCO2排出量はどのような状態なのでしょうか。

現在、分野別のエネルギー消費の推移を見れば、産業部門はほぼ横ばい、運輸部門も伸びていたものの減少傾向なのに反して、家庭部門や業務その他部門のエネルギー使用が増え、それに伴ってCO2の排出量も増えています。

その対策として、ひとつはCO2排出量の少ない燃料に転換することがあげられます。天然ガスへの転換や原子力を推進することがこれにあたります。また、工場排熱などの未利用エネルギーや風力、太陽光など新エネルギーを活用していくことも必要です。一方で、エネルギー使用量そのものを減らしていくことが省エネルギーとなります。建物に由来するエネルギー使用を抑えるためにも、法律で目標値を作り、それをクリアしていくことが必要なのです。

省エネ法の改正で対象となる建物が広がる目標値を作りクリアする法律とは何でしょうか。

エネルギーの使用の合理化に関する法律、一般に省エネ法とよばれています。1980年に建築の省エネルギー基準が制定され、何度も改正される中で評価を厳しくしてきました。今回の省エネ法改正の大きな点は、対象が工場や事業所などの単位から事業者単位になったこと、そして大規模建築物の省エネ届出義務が強化され、中小規模建築物も届け出対象となったことです。まず、事業者単位とはどのようなことか、説明しましょう。これまでは、エネルギー使用量が1,500kL未満の小規模な事業場や工場をいくつ持っていても対象外でした。ところが、今回は企業全体のエネルギー使用量を合計した量が1,500kL以上であれば特定事業者としての対象となります。たとえばコンビニやファーストフードのチェーン店などの事業者も対象となってきます。

次に、これまでは2,000m²以上の建築物(非住宅)が新築・増改築を行う場合、所管行政庁に省エネ措置の届出が義務づけられていたのですが、今回、大規模修繕なども対象となりました。また、2,000 m²以上の住宅も対象となり、省エネ措置が著しく不十分な場合は指示・公表が行われるようになりました。さらに、新築・増改築の場合の対象が300 m²に引き下げられました。2,000 m²と300 m²の間には中小の集合住宅もあり、これらも対象になるので、多くの建物が省エネ法の対象となりました。

建築設計・設備設計・制御管理で建築の省エネルギーを図る建築の省エネルギーとは、どのようなことでしょうか。

建築設計と設備設計がうまく調和しないと良い建築になりません。これらを最適に制御管理してはじめて、建築の省エネルギーが実現できるのです。建築設計では建物の中のレイアウトや空間構成も大切ですが、ファサードエンジニアリングが重要です。ファサードの視覚的なデザインだけでなく、光をどのように導入するか、また遮るかがファサードの設計に関わってきます。ひさしやルーバによって日射をどのようにコントロールするかが課題です。最近は開口部におけるガラスの性能が飛躍的に進化し、複層ガラスやLow-E(低反射)ガラスが一般的になりつつあります。またルーバやブラインドでも、欧米では外付けにする例も増えています。もう一つはダブルスキンといって、空気が流通できる場所を開口部に設けることによって、自然エネルギーで熱負荷をコントロールする手法です。最近では設計事務所やゼネコンにもファサードエンジニアリングに特化する部隊ができつつあります。

設備設計では、空調、照明、といった設備をどのようにデザインするかが重要です。高効率の設備をどのように組み合わせるか、それをどのように制御するかが重要です。建築設計においても制御は重要で、ブラインド制御によって昼光をコントロールすることも求められます。そのためには、BEMS(Building Energy Management System)など、温湿度や照度などの物理現象を正しくセンシングして最適な自動制御を行うシステムが重要になってきます。

建築設計はPAL、設備設計はCECで評価建築設計や設備設計はどのように進めていけば良いのでしょう。

建築設計の省エネルギー基準はPAL(Perimeter Annual Load)値で評価します。これは建築外皮の省エネ性を示す性能指標として定義されています。また、設備設計の評価はCEC(Coefficient of Energy Consumption)で評価します。これは、基準エネルギーに対する消費エネルギーの比率(効率の逆数)で示される性能指標で、それぞれの負荷の年間消費エネルギー量を年間仮想負荷で割ったものです。CECには、空調設備(CEC/AC)、照明設備(CEC/L)、換気設備(CEC/V )、給湯設備(CEC/HW)、昇降機(CEC/EV)があります。エネルギーの効率的利用が的確に実施されているかを判断するために、床面積が5,000m²以上であればCECで性能基準を評価します。5,000m²〜2,000m²ならポイント法という仕様基準で評価することもできます。今回の改正では2,000 m²〜300 m²の建物では、より手間がかからない簡易ポイント法が採用できるようになりました。

照明エネルギー消費係数(CEC/L)は、建築物に設置される照明設備システム全体が1年間に実際に消費すると予想されるエネルギー量を、その設備システムに対して想定される標準的な年間消費エネルギー量で割った値です。CEC/Lの値が小さいほどエネルギーが効率的に利用されていることを表します。この評価方法では、高効率のランプや照明制御システムを導入するとCEC/Lの値が小さくなるように設計されています。ここで注目されているのが省エネルギーで長寿命のLED照明で、最近では数多くの建物に導入され、一般の居室に採用される例も増えています。LED照明は薄型、コンパクトが可能なので建築設計の自由度も広がります。それを良く理解した建築デザイナーに活躍してほしいと思います。たとえばLED照明は熱線や赤外線をほとんど放出しないので、これまでできなかった照明手法も可能になると思います。すべての設備機器はどんどん機能がアップしていくので、特徴を良く理解し、正しく設計し、正しく使っていくことが重要です。太陽光発電システム、コージェネレーションシステム、高効率変圧器など高効率の設備を導入すると、その効果をCECの数値に反映できるようになっています。太陽光発電は国や自治体をあげて推進され補助金制度も充実していますが、暖房や温水を利用するという意味では太陽熱利用も海外での普及を見ると重要なアイテムだと思います。

エリア単位で省エネルギーをとらえる考え方コージェネレーションシステムのメリットは何ですか?

コージェネレーションシステムには、燃料電池やガスエンジンを使ったものがありますが、オンサイトで熱と電気を利用できるというメリットがある反面、熱と電気の需要バランスがとれていないと経済的ではないという課題もあります。このため。建物単体ではなく地域で熱と電力の需要供給と考える必要があります。これが、地域で電力を相互に融通する仕組みのマイクログリッドという考え方につながります。

欧米では電力網を情報化するスマートグリッドによって電力ネットワークの最適化を行おうという動きがあります。スマートグリッドは各家庭の電力需要と太陽光発電量を情報通信技術によって把握し、配電網全体のバランスを取りながら最適な発電・配電を行おうというシステムです。欧米と日本では送配電インフラを同一に捉えることはできませんが、コージェネレーションシステムを考える場合、街区・エリアを単位としたマイクログリッドという考え方は重要になるでしょう。

快適とエコで評価するCASBEE建築物の省エネルギーを評価する方法についてお教えいただけますか。

省エネルギー評価についてはCASBEE(建築物総合環境性能評価システム)の認知度が深まり、現在では数多くの自治体で採用されています。CASBEEとは、建築物の環境側面をさまざまな角度からとらえ、総合的に評価するためのシステムです。どの建物が『環境』に良いのかを評価することにより、新築や改修によって環境性能にすぐれた建築物が普及することをめざしています。CASBEEで特徴的なのは、Quality(環境性能・品質)とLord(環境負荷)両側面から、省エネルギーを評価するという点です。我慢を評価するのではなく、快適な環境で生活しながら省エネルギーを進めるという両面から評価しているのです。

CASBEEは設計者のための環境配慮設計に活用する以外に、建築物の資産評価に利用可能な環境ラベリングへの活用、ESCO事業やストック改修への利用を視野に入れた環境性能診断・改修設計に活用されています、建築行政では各自治体が建物を建てる際にCASBEE評価をするように指導。さらに、設計コンペやPFI事業者選定への活用や国際的なツールへの活用なども進められています。

知的生産性向上のための環境制御技術快適でなければ、持続可能な社会も意味がありませんね。

電力の供給を止めればエネルギー消費はゼロになります。しかし、そこで執務したり生活する人は快適ではありません。その瞬間我慢できても、精神的・肉体的なダメージを受け、不健康な状態になってしまいます。WHOは、健康とは『完全な肉体的、精神的および社会的福祉の状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない』と定義しています。

心身ともに快適でいられる環境が大切で、健康が実現した上で省エネルギーを図らないと、なんのための省エネルギーかわかりません。快適でストレスのない環境で仕事をすることが、その人が持つパフォーマンスを最大限に発揮することになります。それが企業体全体のアウトプットを常に良い状態を維持することになります。知的生産性向上のためには従業員の健康が基本にあり、その維持のために建築・設備と環境制御技術があります。健康を満たした上で、BEMSなどで高効率の設備を最適に運用することで省エネルギーを図るべきなのです。今後は個人の好みに応じた環境制御技術、照明や個別空調、換気のパーソナルシステムが求められると思います。

照明であれば、タスクアンドアンビエントを用いて、最適な照度やグレアのない空間を提供。明るさ感を指標Feu(フー)によって評価し、光環境を制御していくことが必要なのです。人間は、暗さをさほど苦にせず我慢できてしまうのですが、かならずダメージを受けます。

今後は、PALやCECなど、法律によってエネルギー消費量を減らしていくだけではなく、効率的な運用でエネルギーを減らしていくことが重要です。ある例をあげると、窓を開け閉めできる建物の方が空調に対するクレームが少ないというデータもあります。機械やシステムがカバーできないところは、利用者が正しい判断をして使っていく事も大事です。人間の関わる余地のある環境制御技術と省エネルギーがマッチすると望ましいと考えています。

秋元孝之 氏

秋元孝之 氏
1963年 東京都生まれ。1988年早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻終了後、清水建設株式会社入社。93〜95年カリフォルニア大学バークレー校環境計画研究所を経て、99年清水建設退社。同年より関東学院大学工学部建築設備工学科助教授。2007年より芝浦工業大学工学部教授。工学博士・一級建築士