中上英俊 氏

消費者行動のビッグデータ解析が低炭素社会の未来を拓く 株式会社 住環境計画研究所 代表取締役会長 中上英俊 氏 Hidetoshi Nakagami

広報誌掲載:2015年11月

高品位な住空間とは、内装に贅を尽くした住環境ではない。それは、賢い情報機器や住宅設備などのスマートファシリティに支えられた、エネルギー効率が高く、安全・安心・快適な空間。設立から40年以上にわたって、住環境のあり方を統計的に研究されてきた、住環境計画研究所会長の中上英俊氏に、低炭素社会における住環境のあり方をたずねた。

日本住宅の断熱性能は低く寒さに耐える省エネ状態だった─ 日本におけるエネルギー消費の変遷についてお聞かせください。

研究を始めた1960年代後期は、暖房で灯油ストーブが利用され始め、まだファンヒーターも登場していません。オイルショック直前には、これからの時代は住宅の暖房がセントラルヒーティングになると、石油業界が声を揃えていました。そこに、オイルショックが起きたのです。石油業界は一斉にセントラルヒーティングから手を引きましたが、エアコンもない時代なので、電気が代わりを担うことは不可能。ガスも価格が高かったために実用化には至りませんでした。このようにして、日本の暖房は灯油ストーブからファンヒーターに姿を少し変えたものの、進歩がないまま現在に至っています。日本の住宅暖房のエネルギー消費は、先進国と比べると極端に低く、1/3から1/5程度です。このため、住宅の断熱化や保温構造化を進めようとしても、それによって得られる省エネコストでは断熱工事のイニシャルコストに合いません。単純に経済計算すると、今ある住宅の保温構造化を完璧にしても、省エネで元が取れないのです。ある意味、寒さに耐える不健康な生活により、エネルギー消費を抑えてきたと言えるでしょう。
保温構造化すると、日本の関東以西なら、ほとんど暖房が不要になります。一時代前に行ったシミュレーションでも、ちょっとした断熱とガラスの二重化で南側の居間では、冬の昼間は日射が入れば25℃以上になり、夜でも寒くならないという結果が出ていました。

現在では、高級住宅やプレハブ住宅の断熱性能は高くなってきました。しかし、そのような住宅を入手できる人は、ある意味で高所得者です。所得の低い方は持ち家に至る前にアパートに入居しますが、アパートは全くと言っていいほど断熱性能が低いのです。アパートを供給する側にとってみれば、できるだけコストが安いほうが良く、断熱材が厚い省エネ住宅をつくっても、家賃を高く設定できないから、やらないわけです。こういうことが、イタチごっこのように続いてきました。そうすると、低所得者ほど劣悪な環境に住まなくてはならず、なおかつ暖房費は高いことになります。最近では電気料金の高騰により、光熱費負担が極端に高くなっていますから不公平がより拡大します。しかし、ようやく新築着工住宅については2020年から断熱化が義務として規制されることになりました。これにより、非常に快適な住宅が一般的になると思います。

断熱性能に優れた住宅は健康にも良いウェルネス住宅─ 省エネ住宅は、他にもメリットがあるのですか。

保温性の高い住宅は健康に良いという、ウェルネス住宅という考え方もあります。断熱性能が低い住宅では、部屋によって温度の極端な差があり、居間と風呂の脱衣場の温度差が10〜20℃にも達する場合もあります。このため、入浴時に裸になったとたんに血圧や脈拍が急激に変化するヒートショックで亡くなるというケースがとても多いのです。健康ウェルネス住宅という視点から、トータル保温構造化することは良いことだと思います。断熱性能を良くすると気密性も高くなるので、換気はこれまで以上に重要な設備になってきます。結露などを防ぐために24時間換気で外気を取り入れると、断熱性能も落ちてしまいます。その際には、室内の温度を保ったままで外気を入れ換える全熱交換器なども有効です。かつて、全館暖房を普及させようと、電力会社と研究をしたことがありました。その際に、全館セントラル暖房を採用しているデベロッパーの方々と議論したことがあるのですが、ある方の話では全館空調で空気を循環させると、花粉症が減ったというのです。花粉だけでなく、ハウスダストや綿ぼこりなども全てフィルターで濾過されるので、健康に良いという話をされていました。こちらは部屋の暖房や冷房の効率を評価しようと思っていたのですが、空気質が良くなったという全く予期していなかった評価が得られました。今後、住環境を考える際には空気質などの評価も重要になってくると思います。

省エネ住宅の普及を促すラベリング制度─ 規制以外に住宅性能を上げる方法はありますか。

海外で進んでいる方法としてラベリング制度があります。これは住宅の環境性能に対して、ランク付けをして、ランクが上がると家賃が高く設定できたり、家の価値が上がって販売時に高額で売れるなど、賃貸価格や販売価格と連動する制度です。マークがついている住宅は性能が良いという価値を社会的に認知させれば、快適で暖房費が安い住宅を探している人は、多少高くても買います。ランク自体がステータスになるという良い循環ができているのです。欧米では、この制度が普及しており、ビルにまで及んでいます。例えば米国では、ビルのエネルギー消費の実態調査という統計がしっかりしているので、その年に建てられたビルのうち、エネルギー効率が良い順に発表されます。その上位10%程度の建物には、トップ10のマーク表示が許可されるという制度があります。星の数を付けてランキングすることと比べると、難しい計算もないので、これは非常にわかりやすいわけです。すでに統計値があるので、既存ビルでも同様の値だと申請するとマーク表示が許可されます。有力企業の場合は、マークがついているビルに入っていないと、消費者の目やライバル社との関係から肩身が狭いことになります。そうすると、造る側もテナント誘致のためには、省エネ性能を高くしてラベルを取得しようと、良いサイクルで回っていくわけです。

「エネルギー基本計画」の一環で統計整備がスタートした─ 日本でもこのような制度があるのですか。

残念ながら、日本ではビルがどのようなエネルギーを使っているか、またどのような省エネが行われているかという統計データがありません。私が研究所を作った40年以上前から統計整備の必要性を説いていますが、未だにありません。 住宅では、「エネルギー基本計画」の一環として、環境省による家庭が排出するCO2量を統計的に調査するプログラムがスタートしました。今回、環境省と5年間にわたって議論し、1万件のデータを総務省の公式統計にのせることになりました。今年が最後の調整の年で、来年以降、本格的な統計として発表されます。それを見るとさまざまな事がわかります。たとえば、これまでの家庭におけるエネルギー消費データでは、集合住宅と戸建て住宅が同じに扱われてきました。しかし、今回のデータでは、集合住宅と戸建て住宅に分けたので、暖房のエネルギー消費が大きく異なることがわかりました。

また、北海道と東京と比べると、寒冷地のエネルギー消費は熱需要に依存しているので圧倒的に多いとか、同じような単身世帯でも、若年単身と高齢単身とは違うなど、経験則では分かっていたことが、統計データとして裏づけられました。今後、データが公開されると、具体的な議論も拡がるでしょう。

今後は「砂取りゲーム」の後半戦ちょこちょこ砂を取る作戦で─ 日本は今後CO2排出量削減や省エネに

どのように取り組んで行けばよいのでしょうか。
日本の省エネルギーは、世界ではトップの水準だと思います。省エネ法ではトップランナー制度があり、自動車の燃費や工場のものづくりでも、生産効率は世界トップです。しかし、現在以上の省エネを実現することは困難なように思えます。白熱灯から電球型蛍光灯に代わり、さらにLED化することで画期的な効率アップが実現しました。LED化ほどダイナミックに消費電力を削減する技術革新はもうない。だから、省エネの限界に達したのではないかという人もいます。
私がよく使うたとえ話に、砂山に棒を立てる「砂取りゲーム」があります。最初はガバーッと大きく砂を取れます。次に、ガバッと取ると棒は倒れてしまいます。そこで、どうするかというと、ちょこちょこ取る。省エネも同じで、最初は大幅に削減できても、次も同じように削減すると倒れてしまいます。ちょこちょこ取って、合わせて10%削減するのです。まだ余地がある小さいポイントを集めれば、削減量も大きくなるのです。ある意味、新しいステージに入ったといえるでしょう。

ビッグデータを活用して消費者の行動を変える─ ちょこちょこ取るという例を具体的にお聞かせください。

今一番関心を寄せているのは、消費者行動とエネルギー消費です。
EU諸国の調査によると、消費者のマインドや行動が変化することによって、エネルギー消費はまだ2割程度削減できるという報告があります。米国でも、積み上げれば15〜20%ほどの省エネ余地はあるといわれています。

最近注目しているのは、クラウドを用いたビッグデータの活用です。まだスマートメーターが普及していないので細かいデータが取れませんが、やがてスマートメーターが普及し、分岐回路やそれぞれの家電製品まで含めた細かいデータが、膨大な母集団で収集でき、それをデータ処理できるようになります。そのデータを解析して顧客に返すと、新しい行動を生み出す力になります。
データベースがしっかりしていれば、同一地域で変な値が出れば、他と比較することができ、消費者もメーカーも次のアクションに移れます。今後のビジネスはこのようなスタイルになっていくのではないでしょうか。現在はコントロールを中心に話が進んでいますが、むしろ対話形式のビジネスが成立すれば、多くのことが解決するのではないかと考えています。

たとえば、遠隔監視によりエアコンの効率が悪いと分かれば、使い方がおかしかったり故障があるのではないかと消費者に連絡を取り、不具合を解消する。これは、消費者にとってもありがたいサービスです。

単にエネルギー消費量だけではなく、問題が発生しそうな前に一歩も二歩も踏み込んだサービスを提供すべきです。機器に対するサービスが的確なら、少し料金が高くても良いと消費者が判断すれば、ビジネスとして成立します。

販売した器具に背番号を付けて管理することで、販売して10年が経過したので買い換え時期だとか、このような部品が劣化する頃なので、交換した方が良いという情報を把握して、それを「おすすめ」という形で消費者にフィードバックするのです。

このようなビジネスはすでに始まって成功を収めています。
ある重機メーカーはすべてのブルドーザーにIDを割り当てていて、販売した機械が世界中のどこにあり、どのように稼働しているか、稼働状況までの把握を可能にしました。昔はブルドーザーの盗難事件が多かったのですが、その位置がリアルタイムでわかるようになり、盗難はなくなりました。当然、メンテナンスの時期や新商品販売の際にはお知らせを提供。業績を上げているといいます。
同様に、あるボイラー会社も全ての製品にIDを付けて管理しています。当初は少ない台数だったものが管理する台数が多くなり、膨大なデータが蓄積されると、そのデータは宝庫になります。どのような状況下でどのような不具合が発生するのか、その周辺の状況がわかれば不具合の原因を追及し、改良できます。この情報はすべて、新商品開発から販売までにも生かせるのです。

エネルギー事業者による新たなビジネスも始まる─ 今後の活動についてお伺いできますか。

現在、私たちに求められているソリューションは、痛みを伴わないで、どのようにして省エネをし、CO2を減らすかに尽きます。その主役の一人は、先ほどから話してきた消費者ですが、もう一人はエネルギー事業者です。米国のOpower(オーパワー)社は、顧客に消費電力請求書を発行する際に、カスタマイズしたデータを付けています。それは、顧客と同じような家族構成の消費量との比較です。同様なケースと比較して夜間の使用量が多いなど、その消費傾向を請求書に記すのです。また、周辺居住区の消費電力平均をランキングして顧客の順位を出し、消費電力が一番少ない家庭の生活スタイルを紹介します。そうすると「じゃあ、ちょっとやってみるか」と、消費者は次の行動に移ります。それだけで2〜3%落ちると言います。

「2〜3%か」と言いますが、2〜3%の玉を20個探せば30〜40%になります。いきなり1個の玉で20〜30%稼ごうとするから、倒れてしまうのです。こっちで2%、あっちで2%取って、トータルで稼いでいくというのが、これからの日本の本当の勝負所です。
電力自由化が始まって、もっぱら話題になっているのはポイントを付けて電気料金を安くするということですが、CO2排出量の面から言えばエネルギー消費が拡大することはプラスではありません。
そうではなく、エネルギーを上手に使うことで省エネを図る、新しいビジネスを登場させることです。エネルギー事業者がHEMSをセットで提供して、クラウドから「おすすめ」を送って消費者の行動を促す、などのビジネスも考えられるでしょう。
現在、世界中はこのような方向に急速に進んでいるところです。

中上英俊 氏

中上英俊 氏
1973年東京大学大学院工学系研究科建築学専門課程博士課程を修了、博士(工学)。同年、住環境計画研究所を創設、1976年株式会社として改組し代表取締役所長、2013年4月代表取締役会長就任。
日本学術会議連携会員、東京工業大学統合研究院特任教授、早稲田大学招聘研究員、経済産業省総合資源エネルギー調査会 臨時委員、環境省中央環境審議会専門委員、国土交通省 社会資本整備審議会 臨時委員、ESCO推進協議会代表理事他を務める。