望月洋介 氏

スマートシティの目的は、市民生活の向上 日経BPクリーンテック研究所長 望月洋介 氏 Mochizuki Yosuke

広報誌掲載:2012年5月

世界中で都市への人口流入が加速化し、20年前には8都市しかなかったメガシティ(人口が一千万人を超える都市)が、現在では20を超えるといわれている。急速な経済発展を遂げている国では、エネルギー、食料、水、公害などの問題を抱えており、それらを克服するための「スマートシティ」や「エコシティ」プロジェクトが世界中で進んでいる。スマートシティの課題と展望を日経BPクリーンテック研究所長のVol1 望月 洋介氏にたずねた。

世界中で建設されるスマートシティ現在のスマートシティは世界ではどのような動きなのでしょうか。

現在、世界中では約400のスマートシティのプロジェクトが立ち上がっています。典型的な例が中国です。中国では都市化が急速に進んでおり、その背景には農村部と都市部の所得格差があります。中国政府は都市に出てきて働く人たちが住むための街をスマートシティとして作ろうとしています。都市部に出てくる人たちは毎年1,500万人。2050年までに4億人の都市人口が増えることを意味しています。

その人たちが農村部から都市部に出てくると、使うエネルギーや使う水の量が一桁上がるといわれています。たとえば、都市部に出るとトイレが水洗になり、エアコンを使うようになる。これまで、1使っていた人が10倍のエネルギー、10倍の水、10倍の資源を使うようになり、CO2の発生も10倍になる。これは中国全体だけでなく、世界レベルの問題です。中国政府もこの問題を重要視し、第12次五カ年計画の中でも、都市化の問題は大きく取り上げられています。

この解決策として、中国では13の都市をモデルとしてスマートシティ建設を進めています。13都市の中で一番進んでいるのが「天津エコシティ」です。天津で建設したモデルケースを13のモデル都市に広げ、さらに中国全土にある665の大都市に広げていこうとしています。100年後には中国全体がスマート化するのかもしれません。しかし、天津でスマートシティが建設されているのは、今現在の事なのです、100年後のビジネスは、現在の天津でいかにしてポジションが取れるかにかかっているのです。

スマートシティは武器のない戦争スマートシティ建設の動きは急だということですね。

世界中のスマートシティを調べていて感じることが一つあります。それは、日本のスマートシティに対する考え方は非常に素晴らしいのですが、取り組みがとにかく遅い。世界では、スマートシティは武器のない戦争だといわれています。このインパクトはコンピュータが登場した時以上だといわれていて、2005年から2030年までの間に累積で4,000兆円の金額がスマートシティ関連で動くといわれています。この4,000兆円という市場を取るために、国、都市、大学、企業などが競って一番良いものを提供しようとしているのです。しかし、日本の中ではそこまでの緊迫感がありません。世界でビジネスを取り合っているというのは、日本にいるとなかなか伝わってこないのかなとも思います。海外の方と話をすると、とにかく急いでいます。日本では、3年計画、5年計画、10年後というお話をされます。10年後は分かるのですが、10年後のために現在は指定席争いをしているのです。

この指定席を取るために、技術や政策を提供し、資金を投入することが、将来の中国のビジネスにつながっていきます。中国で培ったスマートシティやスマートコミュニティの考え方を、日本は中国企業と組んでアジアに展開していくべきだと考えています。

情報戦に弱い日本具体的にどうすればよいでしょうか

日本のもう一つの問題点として情報戦に弱いということがあります。昨年、スペインでスマートシティ国際会議が開かれました。そこで赤裸々になった事実は、世界ではスマートシティ関連で進んでいるのは韓国だと認識されているということでした。「スマートシティの代表例は韓国の仁川だ」「スマートモビリティはソウルがすばらしい」「スマートグリッドは済州島だ」という言葉を多く聞きました。韓国では、潘基文国連事務総長、李明博大統領、大学、企業、政府が一体となって「これからのスマートシティ、スマートグリッドは韓国です」と大々的にPRしているのです。済州島では、年に一回「韓国スマート・グリッド・ウィーク」という国際会議を開催しており、済州島をスマートグリッドのモデルケースにしていこうとしています。毎年、済州島に世界の有識者や学者、スマートグリッドの技術者やスマートコミュニティの政策担当者を招いてイベントを開催し、スマートグリッドを改良していくことで「スマートグリッドなら済州島」という意識付けをしているのです。

日本でも、経済産業省が中心になって、豊田市、横浜市、北九州市、けいはんなの4カ所を選んで「次世代エネルギー・社会システム実証地域」で実証実験をしているのですが、2年前に実証地域の発表があってからその後まとまった情報が出てきていません。グローバルに展開するなら、もっと海外での情報戦に勝つという意識を持たなくてはいけません。

都市問題解決のソリューションを海外に諸外国への情報発信が重要だということですね。

日本では高度経済成長期を経て、交通渋滞や公害問題をはじめとする、都市化に伴った数多くの課題を解決してきました。このソリューションを海外に提供すべきなのです。たとえば、北九州市の洞海湾では1960年代に工場排煙による大気汚染や排水による水質汚染が深刻化しました。1971年に北九州市は公害防止条例を公布し、企業と公害防止協定を結んで対策を進めた結果、1985年に発表された経済白書には「灰色の街から緑の街に変わった」と記されるまでになりました。このような成果を海外に発信していないので、公害対策技術がビジネスとして成立していないのです。

北九州市とタイアップして「公害を克服した北九州市」などの情報を中国語のサイトで発信したことがあります。すると「中国が謙虚に、偏見を持たずに、日本の経験と教訓を十分に活かすべきだ」などという書き込みがありました。書き込みと同時に、この記事が次々に無断複製され、広がっていきました。このような情報をきちんと出していれば、公害を克服した技術への問合せが日本や北九州市に来るはずなのです。自治体が企業の応援団になり、それが海外での解決策になっていけば良いと思っています。このような情報戦は世界中で始まっていて、日本は少し遅れているのではないでしょうか。

コミュニティがエネルギーを選択することが重要スマートシティやスマートハウスのエネルギーに関してお聞かせください。

都市のエネルギーに関しては、「太陽光発電を入れるべきだ」「風力発電を入れるべきだ」という議論をする前に、その土地にふさわしい発電を地域の人たちが選ぶことが重要です。これまでのエネルギー政策は、国が仕組みを作って電力会社が運用するものでした。統制経済のように電力を供給していた時代から、自分たちでエネルギーを考えるという形に変化してきているのが一番大きな変化です。それがエネルギーの地産地消であり、分散エネルギーです。コミュニティ単位で再生可能エネルギーの採用などを決定し、マネジメントしていく。そのために、企業がエネルギーの選択肢をサポートしていく。これがこれからのエネルギー問題を解決していく手段だと思います。

再生可能エネルギーとして代表的な太陽光発電や風力発電の課題は、気象によって発電量が変化するという不安定性と高価格な点です。不安定性を解決していくためには、蓄電池を設置したり、必要とする場所に求められる電力を的確に届けるスマートグリッドなどの仕組みも必要です。これにもコストが必要です。再生可能エネルギーには、小規模水力発電やバイオマス発電、太陽熱など、多彩なエネルギー源があるので、多くの選択肢を組み合わせて考える必要もあると思います。また、地域によっても選択肢が異なってきます。中国の北方では、非常に寒いために、中国の全建設面積の1割しかないのに、総エネルギーの4割を使っているといいます。その多くは暖房や給湯です。このような場所では、発電と給湯を同時に行うコジェネレーションや廃熱利用などの選択肢もあるでしょう。エネルギーを地産地消することにより、これまで電力会社に支払っていたコストを地域に回すことができます。また、運用のためには多彩な人材が必要となり、地元での雇用にもつながっていきます。押しつけのエネルギー源ではなく地域がエネルギー源を選択して自分たちで雇用にもつなげる、そこを企業がサポートしていくのが理想的な形だと思います。

スマートシティの目標は生活の質の向上スマートシティでもコミュニティが重要になるということですね。

スマートコミュニティやスマートハウスを進める人たちと話をしていると、モノの話が多いように感じます。

去年、スマートシティウィークという国際会議を開催して、最後の結論として新スマート宣言を出しました。そこでは「主役は市民と企業、目的は市民生活の向上」だと宣言しています。都市のあり方や家のあり方を考える際に、生活者からの視点が重要なのです。そこに暮らす人は、それによってライフスタイルがどのように変わるかに関心があるのです。人を中心に捉え、生活の質(QOL)を向上させることが目的です。たとえば歳を取っても暮らしやすい環境をどのようにして作るか、どうすれば快適と省エネを両立できるのか、そのためには住まい方がどのように変わり、その技術はどうあるべきかを、考えていくべきです。この辺は、パナソニックが長年研究されてきたテーマですよね。それを具現化するのが「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン」だと認識しています。

スマートシティやスマートハウスを考えた時に、パナソニックは消費者に一番近いところに位置するように思います。建物の高気密高断熱を左右する住宅建材、高効率の電気設備や住宅設備、それらをつなぐ配線技術と運用技術。そして、創電と蓄電をコントロールする技術。さらに、住まいやオフィスの近代化をともに担ってきた電気工事会社や住宅建設会社とのネットワークが大きな力になります。生活研究とものづくりを両方されてきた、そのノウハウをスマートシティやスマートハウスに活かしてほしいと考えています。

スマートシティの目標は生活の質の向上

望月洋介 氏
望月洋介 氏
1963年生まれ。1985年、千葉大学大学卒業。1987年、同大学院修了。1987年、日経マグロウヒル入社(現日経BP社)。日経マイクロデバイス配属。1995年9月、シリコンバレー支局。2000年1月、日経マイクロデバイス編集長。2005年10月、日経エレクトロニクス編集長。2010年1月、日経BPクリーンテック研究所長。「世界スマートシティ総覧」「世界スマートハウス・ビル総覧」の発行人。「Smart City Week」の発起人で運営責任者を兼務する。