この企画ではワークプレイスの空間だけでなく、実際の使われ方を通して「場」がどのように育てられていくのか、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さんに、その新しい価値や視点をお聞きしながらさまざまな事例に触れていきます。
ナビゲーター・イラスト/西濱愛乃
西濱私は仲研究室の卒業生ですが今回は企画のナビゲーターとして、また関西で実際に宿泊施設など2拠点を直営する運営者として、いろんなワークプレイスメイキングを一緒に勉強していきたいと思っています。第1回目は仲先生の「生きる場」に来ました。仲先生が「生きる場」を構想され始めた頃、私たちも一緒に企画を考えてさせてもらいました。確か2020年頃のことですね。
仲先生僕が大学で長くオフィスの研究をしている間に、オフィスの社会的価値がどんどん見直され、投資金額も大きくなりました。オフィスのクオリティーが会社にとても大きな影響を与えるということに多くの経営者が気付いた時期なんですね。その時代を僕は研究者として生きて、後半の20年間はそういう場づくりのお手伝いを多くしてきました。 2023年3月に定年を迎える時、今度は自分が考える理想の「場」をつくりたいと思って始めたのがこのプロジェクトなんです。その時一番に考えたことは、働くことと遊ぶことを分けず、むしろ交ぜたほうがいいんじゃないかと。
西濱その頃から先生は趣味としてウインドサーフィンや陶芸をされていて、それらの合間に気持ち良く仕事をしたいと仰っていましたよね。これまでは「生活する場」と「仕事する場」と「遊ぶ場」は全く異なり違う場所のイメージだった。それを全部同じ場所で、生活したり働いたりレジャーしたりをぐるぐるするような「場」だと、もっとクリエイティブなことが生まれるんじゃないかと。それを聞いた時、とても共感したことを覚えています。
余合さん凄く魅力的ですよね。ワークスペースについてと聞いていたのでいい仕事をするための場所かなと思っていたんですが、今日来てみて、いい仕事をする先にある「いい人生を送るための場」が「生きる場」ということなんだなと思いました。
仲先生HPに掲載している「生きる場」のスケッチは、構想を始めたころに愛乃さんたちがいろんな言葉やイメージを集めて描いてくれたものなのですが、そこには空間だけじゃなくさまざまな行為が描かれている。僕はあれを実現したいと思ったんです。空間というよりは「場」、エリアをつくっていきたいなという思いでした。
琵琶湖畔にいいご縁があって場所が決まってからは、いろんな人にお声がけをして、アイデアを出したり、建物を改修するところから手伝ってもらった。そういう人たちが今も継続して「生きる場」を使ってくれています。これは僕の経験値ですが、オフィスに限らず「場」は皆でつくったほうが有効利用できると思うんです。
このプロジェクトでも、僕は皆が自由に考えたり実際に施工したり、参加しやすい状況を用意することに専念したのがよかったと思いますね。
知り合いの大工さんも協力してくれましたが、彼自身が施工するというよりはやり方を教えるほうに徹してくれました。
だからプロの目で見ると、ディティールは今一つかもしれません。でもそれで良くて、空間よりも、「場」のクオリティーとして、本質的なところをちゃんと大事にできているんじゃないかと思っています。
余合さん今までは、いい人生を送るにしても、結局職場に近いとか、いろんなものが便利だということで、都市部に集中していく世の中だったじゃないですか。地方分権が騒がれても、地方に行くモチベーションが上がらない。
でも、実はこういう「場」に来ると仕事のパフォーマンスが上がるんだと気付く人たちがもっと出てくれば時代は変わっていくのでしょうね。ここの環境がそのモチベーションになり得るなというのは感じています。
仲先生「生きる場」にはもちろん快適な室内空間もあるんですが、僕は外のテラスや湖畔で仕事をするほうが、絶対に生産性が上がると思っているんですよ。
テラスにいると夏はちょっと汗ばんでくる。でも、そこに風が吹くと最高に気持ちがいい。そんなことを繰り返して、暑かったり寒かったりする外の環境に合わせて僕のほうが寄り添っていくとどんどん居心地が良くなっていくんです。
でも、残念ながら多くの利用者がちょっと暑くなると中に入ってエアコンをつけてしまう。よく来てくれる大手企業の方も、ずっと個別ブースでテレビ会議して、かと思えば12時から13時までは休んだり。長年のワークスタイルが染み付いていて、こんな環境を生かす働き方に慣れていないんですね。自分の身体や脳が今どういう状況かということも関係なく、ただ9時から5時までがむしゃらに働くワークスタイルでは知的生産性は上がらないと思うんです。
常に変化し続ける自然の中で働くというのは意外とリテラシーが必要で、凝り固まった考え方を柔らかくしなきゃいけない。環境に合わせて、服装や時間やタイミングもセルフマネジメントせざるを得なくなり、その分、人間の五感も脳も活性化する。それを一度経験し、自分は人間という動物であることを改めて理解すれば、身体も脳ももっと有効に使えるようになると思います。
琵琶湖のように大らかで雄大なものが目の前にあるということは、人間の心理にいい影響を与えると思いますね。
余合さん今、世の中で在宅勤務やリモートワークがどんどん広がっていますが、こういう所に来て働いた時の価値をもっとリアルに感じてもらえるようになればいいなと思います。クリエイターが奇抜なアイディアの創出をめざして来るだけじゃなく、事務の人たちでもパフォーマンスが上がるぞみたいなことはまだ知らない人が多そうですよね。私の立場からすれば、挑戦してみたい人がいた時に、実現するための仕組みづくりや、外に飛び出したくなる仕掛けづくりに何か貢献していきたいなと思いました。
余合さん先ほど仲先生が仰った、自然の不便さの中で人間本来のポテンシャルが湧き出てくる話には強く共感します。
昔、あるモーターショーで、錆びた真鍮のめちゃくちゃいい音がする古いサックスと、木製ウォールナットのシンセサイザーが競演していたステージを思い出しました。
全てオーガニックなものだけだったり、逆に機能ばかりの世界ではなく、人間本来の感性を呼び覚ますようなオーガニックな中に、最新の技術が融合されている、そんな世界観が私のめざしたいところだなと。どちらかだけという世界でなく、その二つが融合した方が、もっと凄いものができるんじゃないかな。
仲先生自然とかオーガニック系のパワーと人間が持っているパワーを融合すべきだというのは全く同感です。学生の時、大自然の山の中を鉄道が走っている写真を見て、多くの人が自然破壊だと言うんだけど、僕はいいなと思ったんです。自然の中にあるがゆえにプロダクトの格好良さが際立ったように感じた。自然とうまく絡めたほうが、人間の力も生きるし、プロダクトのクオリティーも上がるんじゃないかと思っています。
本当は今日、皆で琵琶湖に浮いてからこういう話をしたかった。琵琶湖に浮くと人間の本来の機能が生き返るというか、ちょっと活性化される。その状態でしゃべるのと、それなくしてしゃべるのと、やっぱり違うと僕は思っているんですよ。
あと、来る人に必ず言うのは、日中だけ過ごして帰るのではなく、是非、夜に皆でBBQを囲んでみてほしいと。そこに白汀苑の方や地域の方がなんとなく一緒になることもあり、昼間には生まれないおもしろいアイデアが生まれたり、ちょっと腹を割って話せたりすることがあるんです。
西濱何も知らずに来ると、やっぱり室内に閉じこもっちゃうことは想像できるかもしれません。仲先生がここでどんな風に楽しむのか、1日をどう過ごすのかみたいなことのお手本を実際に見せてもらうと、とてもわくわくするし、その隣に座ってみたいなとなりますね。
西濱東京で会社員をしていた時は、上司やチームが近くにいないとなかなか仕事が進まないということもあり、毎日オフィスに夜中までいるというのが基本的な働き方でした。生活面でも、通勤に便利なスーパーやショッピングセンターで買い物をする、与えられるものの中から選ぶという感じ。それが独立を機に京都に来て、自分で選択する働き方になると、生活と仕事、仕事と趣味が急に密接になったなと感じます。日々の買い物も人の顔が分かる小さい商店をできるだけ使ったり、個人で活動されている方と楽しそうなプロジェクトをやってみたり、地に足が付いたことを自分で選びながら生きるのは、とても人間らしいなと実感しています。
余合さんそこですよね。生き生きと今までどおりの働き方をしながら、家庭と仕事の両立や、自分の人間としてのパフォーマンスが上がっていくような世界が実現していくのがこれからの時代なんでしょうね。私としてはこういう働き方、生き方という世界に行き着くために足りないものは何なのかというのを見つけて、ソリューションをしていきたいですね。
仲先生最近は、いろいろなおもしろいイベントがたくさんあるじゃないですか。そういう所に行くと、会社の枠組みに全くとらわれてない人たちがいて一種のコミュニティになっているんです。業種業態も趣味も年齢も全然違うけど、価値観が似ているからか凄く仲良しで生き生きしているんです。そんな風に会社以外のコミュニティを持っている人って、会社にとっても凄く大事。そういう人が増えると、日本の会社ももっと元気になるんじゃないかという気がしますね。
西濱『ワークプレイスメイキングをめぐる旅』は、ワークプレイスの空間だけでなく、働き方を含めて生き方や、その新しい価値観を探っていく企画です。「場」をつくるだけでなく、どうアップデートしていくのか。その中で人と人とがどうつながって触れ合っていくのか。「場」や自然、人がどう関わり合っていくのかを旅をしながら探っていきます。次回もご期待ください。
生きる場プロジェクト
https://ikiruba-project.studio.site
滋賀県大津市南小松1095 - 20
宿泊施設「白汀苑」敷地内はなれ
■
1983年 東京理科大学大学院修士課程修了。PALインターナショナル一級建築士事務所。1984年 東京理科大学工学部助手。1994年 マサチューセッツ工科大学建築学部客員研究員。1997年 宮城大学事業構想学部デザイン情報学科専任講師。1998年 同大学助教授。2002年 京都工芸繊維大学デザイン経営工学科助教授。2007年 同大学教授。2023年 同大学名誉教授。
1992年 トヨタ自動車株式会社入社。2001年 東富士研究所研究員として次世代ハイブリッドや、モーター制御による車両運動コントロールを研究。2004年 製品企画リーダーとしてレクサスLS600hプロジェクトを牽引。2008年 トヨタ自動車を退社。2009年 余合ホーム&モビリティ代表取締役社長に就任。
京都工芸繊維大学デザイン経営工学科修了後、設計事務所でワークプレイスデザインに携わる。2017年に起業し、京都と淡路島の2拠点で宿泊施設を企画運営。
近年、働き方の多様化に伴い、ワークプレイスのあり方が変化してきました。在宅勤務が普及したものの、集まり、コミュニケーションを深める重要性が見直され、オフィスも再評価されています。オフィスではABWの考え方が広まり、働く場所を自分で決めるようになりました。これからの働く空間はどのようなものになるのかを考えました。この企画にあたって、タイトルに、「ワークプレイス」と、まちづくりで使われる「プレイスメイキング」を取り入れています。
これは、「人」を中心に「まち」を考え、つくり続けることと通じるからです。そして、ワークプレイスを什器やデスクのレベルから、「ワーク」と「ライフ」を分けないライフスタイル、そしてまちづくりのレベルまで広げ、さまざまな場所を訪れる計画を立てました。訪れるのは、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さん。ナビゲーターは京都と淡路島で宿泊施設を企画運営している西濱愛乃です。