旅人について

この企画ではワークプレイスの空間だけでなく、実際の使われ方を通して「場」がどのように育てられていくのか、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さんに、その新しい価値や視点をお聞きしながらさまざまな事例に触れていきます。

ナビゲーター・イラスト/西濱愛乃

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Vol.03
多拠点を行き来する
働き方の可能性

「TORIKKA
TABLE & STAY」

まちと地方が混ざり合う
きっかけとなる場「TORIKKA」

西濱今日は皆さんに、私たち株式会社NINIが2023年に開業した「TORIKKA TABLE & STAY」にお越しいただきました。TORIKKAは兵庫県の淡路島、西海岸に位置するカフェレストラン併設の宿泊施設です。海辺ならではの食体験と、1日1組限定の宿泊体験をデザインしています。

今回、まずはTORIKKAを事業化するに至った経緯を少しお話しさせていただきます。ここはもともと洲本市の市営海水浴場で、TORIKKAはその海の家として使われていた建物です。夏の間は町内の人たちが有志で運営していたのですが高齢化で難しくなり、さらに新型コロナウイルスの影響で海水浴場は2020年に閉鎖、建物は取り壊しの計画が進んでいました。

一方で、町内の人たちは「愛着あるこの建物は残したい」、「信頼できる誰かに任せられないか」と運営者を探していたそうです。ちょうどその時期に私たちの父が、祖父の生まれ故郷であるこの地域に週末移住のような形で大阪から通っていたため、父を通じて京都で宿泊施設や場づくりをしている私たちに声がかかったのが始まりです。

1階のカフェ・レストラン「TORIKKA TABLE」。写真左から余合さん、仲先生、西濱。プロフィールは「旅人について をご覧ください。

当時の1階 当時の2階

仲先生すばらしい決断力だね。不安はなかったの。


西濱私たちとしても、やっとコロナ禍が落ち着いて京都で経営する宿泊施設(HOSTEL NINIROOM )が軌道に乗ってきた良いタイミングだったんです。また、祖父のお墓参りや海水浴に、小さい頃から来ていた思い入れある場所だったので、ここでなら頑張れそうと思いました。

もう一つ、コロナ禍の時期にNINIROOMで格安の長期滞在プランを販売したのですが、そのプランを使って、東京などからリモートワークとかオンライン授業になった人たちがたくさん来ていました。彼らが数週間、数ヶ月単位で京都に滞在し、仕事したり授業を受けたり、拠点が変わっても同じように過ごす様子を見て、こういう働き方も当たり前の選択肢になっていくんだなと感じたのもきっかけだったと思います。

2階には1日1組の宿「TORIKKA STAY」。広々としたリビングからは海だけが見え、まるで海に浮かぶような心地に。

海を眺めながら入るバスルーム。夕暮れには美しい夕日が目の前に。

寝室はツインベッドルームが4室。

バスルームとつながるテラスには薪式サウナ。

サウナの後は、水風呂と外気浴。そのままビーチへ駆け降りて海へダイブするゲストも。

余合さんコロナ禍で在宅勤務やリモートワークが凄く増えましたよね。今までリモートワークってなかなか信頼できなかったのですが、実際やってみるとちゃんとアウトプットが出てくるんです。

うちは上海に工場があって、何十年も毎月行っていましたが、コロナ禍の3年間は1度も行かなかった。でも、業績はそれまで以上に良くなったんです。信頼関係さえあれば、離れていてもいろんな場所でいろんな働き方ができるんだなというのはその時初めて良く分かった感じがしました。

仲先生多くの経営者は余合さんと同じで、オフィスに来ないと仕事は成立しないと思っていたのですが、コロナ禍で仕方なくやってみたらできたんです。今でも、リモートワークとオフィス出勤のハイブリットな働き方が増えているじゃないですか。その自由度を活かして自分が住んでいる場所とは異なる場所に長期滞在しながら働くというのは、選択肢の一つとしてとても魅力がありますよね。

一方で、自然豊かな地方に行くほど住んでいる人たちが保守的だったり、今の環境を守ろうとしたりするから、そこに入り込んでいくにはやっぱり時間がかかる。都会と田舎と分かれるのではなくて、混ざり合っていくのは健全な状態だし、楽しいと思うのですが。

西濱私の場合、TORIKKAの立ち上げのために2023年夏の4ヶ月間、まず子どもの保育園を確保して一時的な移住を決めました。保育園に通わせることで、旅行じゃなく、腹をくくってここで生活をしようとしているんだということが周りの人たちに伝わって、すんなりと受け入れてもらえたというのはあると思います。
息子と一緒だと、仕事だけではなくて、保育園や息子関係でも地域の方と知り合うスピードが速かったことも良かったですね。


仲先生ママ友って良いですね。同じ課題を抱えているから、共通の話題もいっぱいあるし。


西濱そうですね。この近所でいうとほぼ移住者第1号だった私たちでも、いろんな縁がありすんなり受け入れてもらえたように、TORIKKAが地域から信頼される拠点に育っていくと、そこに参加してくるゲストやコミュニティに地域も寛大になっていくのかなと思っています。

仲先生「TORIKKAにいる人なら良いよ」みたいなね。そういうのは、時間をかけてじっくりと関係を築く余裕がない人にとってはありがたい話だよね。

地方の高齢化は進んでいて、その価値観は当然ながら若い世代と違うわけですよ。徳島県神山町でのアーティスト・イン・レジデンスの取り組みでは、アーティストがそこに滞在して活動するので、地元の人たちと接する機会が自然と増えて交流が生まれる。地元のおじいちゃんおばあちゃんに、普段関わらないアーティストという存在を知ってもらい、新たな価値観に触れてもらうことも大きな目的の一つになっているらしいんです。さらに、地元の人と移住組をつなぐ役割の人が100人ぐらいいて、まずそこからつくったというのもなかなか戦略的だなと思います。

余合さんプラットホームというか、地域とゲストをつなぐ中継役のような役割ですよね。
移住者が田舎で享受するメリットみたいな点に目がいきがちですけど、まず移住者側から「危険分子じゃないよ、乱す存在じゃないよ」という安心を与えた後に、新しい価値観や良い影響を持ち込んで、地元の人も幸せになるみたいな視点もあるんですね。

日常から離れた場所に滞在することの効果

西濱オフィスに出社せずに働く働き方も増えてきていますが、日常と離れた場所に滞在して働くことの効果について先生はどういう風に考えておられますか。


仲先生まず、場所を変えるというのはクリエイティビティを刺激する良い方法なんです。場所ニューロンという考え方があって、場所には脳を刺激する力がある。最近はオフィスの中でも働く場所が選べるようになっているんだけど、さらにもうちょっと長期スパンでも十分機能するのではないかなと思います。TORIKKAみたいなところへ来て1週間がっつり仕事するとか、チームで来て1年の計画を練るとか。一方で僕は「ワーケーション」という言葉は、遊びに行ってついでに仕事をするみたいな感じがするから危険だと思っているんです。実はそうじゃなくて、本気で仕事に行くんだけど、状況を変えて仕事をすることで、1カ月考えても出なかったアイデアが2日で出てくるみたいな、そういうスタイルがあると良いなと思います。

西濱TORIKKAに来たゲストの中には、会社の同じ部署の何人かで来て、サウナを楽しんたりバーベキューをしたり、チームビルディングのような目的で来られたグループもありました。その時に、食材や調理にこだわる男性たちがキッチンで料理をして、女性たちがテラスでわいわいしながらそれを眺めて楽しむみたいな、オフィスの中では起こらなさそうなシーンが生まれていて、それも印象的でした。


仲先生組織学の第一人者であるダニエル・キムが、仕事の成果の大もとには関係の質があると言っています。組織の中の人間関係の質があって、行動変容が起きて、その結果としてアウトプットが起こる。関係の質の向上はオフィスの中でもできるんだけど、上司と部下みたいな関係性を拭うのはどうしても難しい。一方、オフィスを離れるとただの60歳と23歳の男性同士で本音の話ができて関係の質が上がる、そのスピードが全然違う。オフィスを離れることはチームメイクみたいな目的には最適ですよね。

「TORIKKA STAY」のテラスにて

複数拠点を行き来する
ライフスタイル

西濱私たちの父も大阪と淡路島の2拠点生活をしていますが、まちと地方など複数に拠点を持って、軽やかに行き来するというライフスタイルは今後、もっと増えてきそうだと思います。


余合さんそうですね。VR、ARの時代だからこそ、大自然とかリアルなものの懐に入って触れるというのは凄く重要になってくると思います。自由な移動を提供したいと考えるモビリティカンパニーの我々からすれば、そういうリアルなものに触れるための移動も一緒に重要になってくるということは、凄くやりがいのある視点です。複数拠点を行き来して働くことで向上するクリエイティビティが、移動することでも一緒につながってくるとうれしいと思います。

仲先生僕も京都と琵琶湖に働く場所があって、とても居心地が良いですよ。それでもやっぱり遠いなと思う時はありますね。そこを超えられるぐらいの魅力が両方にないと、きっと成立しない。そのポイントの一つは、そこに知り合いがいるか、というのは結構大きいと思う。僕は東京でもシェアハウスみたいなのを借りているんですが、そこには僕のことを知っているスタッフの人たちがいる。それだけでも大分違います。所有でなくシェアでも、そこに知り合いがいてくれると、よりちゃんと有効利用するだろうなという気はします。あとはお金の問題。場所を管理し続けることと、その間を移動することで、ダブルでコストが発生することになる。その辺に何かうまい仕組みがないと、金持ちだけの世界になっちゃうのでつまらないと思います。

余合さん私も別荘は持ってみたい。夢です。自分が大阪で勤めていたとしたら、このTORIKKAを借りて、どんな素敵な週末があるんだろうとわくわくします。外資系ホテルグループが運営するコンドミニアムのタイムシェアシステムもありますが、その値段ってやっぱり凄く高いです。全く無理。あの仕組みをもっと普通の人の手が届く価格で実現できる世の中になったら良いなと心底思いました。新しい生活空間を創造していきたい我々はその時に活用してもらえるようなモビリティ、移動の手段もつくっていかなきゃいけないですね。

西濱「旅するワークプレイスメイキング」では、ワークプレイスの空間だけでなく、働き方を含めて生き方や、その新しい価値観を探っていく企画です。「場」をつくるだけでなく、どうアップデートしていくのか。その中で人と人とがどうつながって触れ合っていくのか。「場」や自然、人がどう関わり合っていくのか、旅をしながら探っていきます。次回もご期待ください。

「TORIKKA TABLE & STAY」
https://torikka.jp

兵庫県洲本市五色町鳥飼浦2547


あと描き - IDEA MEMO -


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旅人について

仲 隆介

オフィス研究の第一人者
仲 隆介

合同会社Naka Lab.代表
京都工芸繊維大学 名誉教授

1983年 東京理科大学大学院修士課程修了。PALインターナショナル一級建築士事務所。1984年 東京理科大学工学部助手。1994年 マサチューセッツ工科大学建築学部客員研究員。1997年 宮城大学事業構想学部デザイン情報学科専任講師。1998年 同大学助教授。2002年 京都工芸繊維大学デザイン経営工学科助教授。2007年 同大学教授。2023年 同大学名誉教授。

余合 繁一

新しい生活空間の創出を事業に
余合 繁一

余合ホーム&モビリティ株式会社
代表取締役社長

1992年 トヨタ自動車株式会社入社。2001年 東富士研究所研究員として次世代ハイブリッドや、モーター制御による車両運動コントロールを研究。2004年 製品企画リーダーとしてLEXUSLS600hプロジェクトを牽引。2008年 トヨタ自動車を退社。2009年 余合ホーム&モビリティ代表取締役社長に就任。

西濱 愛乃

ナビゲーター
西濱 愛乃

株式会社NINI
共同代表

京都工芸繊維大学デザイン経営工学科にて仲研究室を卒業後、設計事務所でワークプレイスデザインに携わる。2017年に株式会社NINIを設立し、京都に「HOSTEL NINIROOM」淡路島に「TORIKKA TABLE & STAY」を企画運営。

テーマイラスト

近年、働き方の多様化に伴い、ワークプレイスのあり方が変化してきました。在宅勤務が普及したものの、集まり、コミュニケーションを深める重要性が見直され、オフィスも再評価されています。オフィスではABWの考え方が広まり、働く場所を自分で決めるようになりました。これからの働く空間はどのようなものになるのかを考えました。この企画にあたって、タイトルに、「ワークプレイス」と、まちづくりで使われる「プレイスメイキング」を取り入れています。

これは、「人」を中心に「まち」を考え、つくり続けることと通じるからです。そして、ワークプレイスを什器やデスクのレベルから、「ワーク」と「ライフ」を分けないライフスタイル、そしてまちづくりのレベルまで広げ、さまざまな場所を訪れる計画を立てました。訪れるのは、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さん。ナビゲーターは京都と淡路島で宿泊施設を企画運営している西濱愛乃です。


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