旅人について

この企画ではワークプレイスの空間だけでなく、実際の使われ方を通して「場」がどのように育てられていくのか、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さんに、その新しい価値や視点をお聞きしながらさまざまな事例に触れていきます。

ナビゲーター・イラスト/西濱愛乃

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Vol.05
移動するフェーズフリーの
ワークプレイス

TOYOTA
「eXトレーラー(仮称)」

大塚商会
「次世代ハイブリッド
LPガス電源車」

必要なスペースを必要な時に必要な場所につくり出す

西濱今回、ご紹介するのは、必要な場所に移動してワークプレイスとしても利用できる「eXトレーラー(仮称)」。
トヨタ自動車株式会社が開発中のモビリティです。移動できるということは、災害があった時には、必要な場所に行って災害対策の空間としても使えるということ。これって、最近、良く聞く「フェーズフリー」ですよね。フェーズフリーとは、日常時と非常時を区別せず、普段使っている物やサービスを非常時にも役立てるという考え方。
【日常時】は、景色のよい場所で自然を満喫するワークプレイスを提供して、建設現場などでは生産性の高い執務空間を提供。また、【非常時】には災害対策本部となって、非常電源の供給や情報収集、情報提供も行えます。さらに、株式会社大塚商会の「次世代ハイブリッドLPガス電源車」との連携もご紹介します。
それでは、トヨタ自動車の伊藤 陽さん、eXトレーラーを開発されたいきさつをお聞かせください。

写真左から 余合さん、株式会社大塚商会 渡邊さん、トヨタ自動車株式会社 伊藤さん、仲先生、西濱。旅人のプロフィールは「旅人について をご覧ください。

伊藤さん最初に掲げたコンセプトは、「必要なスペースを必要な時に必要な場所へ」です。当社はモビリティカンパニーをめざしていて、人や物を運ぶだけではなく、空間を運んで新しいサービスを生み出し、新しい価値を提供しようとしています。その一つとして、快適な空間を運ぶために開発を始めたのがeXトレーラーです。 このトレーラーを使って、どんな人にどんなサービスを提供すると、どんな課題が解決できるか、新しい価値が提供できるかを、ここ数年、探究しています。当社の新規事業を興していく仕組みを用いて有償でお客様に提供することで、実証実験ではありますが、どのような価値が提供できるかを試しているところです。



西濱どういった場所での利用を想定されているのですか?

トヨタ自動車株式会社 新事業企画部 事業開発室 主幹 伊藤 陽さん

伊藤さん次の4つを主に想定しています。

1.建設現場の生産性向上と働き方改革
道路やトンネルなど広域にわたる工事現場。作業エリアが広いので快適な詰め所から最前線の現場に行くために時間がかかり、往復の時間も無駄になります。その最前線に移動オフィスをつくることで、移動時間を短縮してスキマ時間をつくることができます。

2.観光需給のブレ対応
観光周遊の結節点で、需要に応じたにぎわいの場をつくり出せます。持続可能な観光づくりのために、建物が建てられない場所や景観を守りたい場所で活用します。人流の変動に合わせて、必要な場所に電源車を移動することも可能です。

3.体験型テストマーケティング
さまざまな商品やサービスを五感で体験できる場所をつくれば、テストマーケティングの場としても使えるのではないかと思っています。
今春に開催された「蒲郡マリンフェスティバル」(2025年3月1〜2日)では、eXトレーラーの中で没入感のあるラリー映像を投影しています。
これには、余合さんのお力をお借りして、仲先生にも体験していただきました。

4.災害への備え
もしもの時に駆け付けることができるので、短時間で災害対策室が提供できます。何台かを並べて対策本部を構築することもできます。横に駐車されている大塚商会さんの次世代ハイブリッドLPガス電源車と合わせれば、電源の問題も解消できます。

没入映像体験ができるeXトレーラー「イマーシブモバイルベース」。背後のFCEV(燃料電池自動車)から電力を供給されています。

イマーシブ・デジサインを体験中の仲先生(マウスドラッグで視点を操作できます)

余合さんイマーシブ(没入感)・デジサインと呼んでいるのですが、車内の中心にレース用のRECARO株式会社製のシートを置き、その前面と左右に連続するスクリーンを配置して3台のプロジェクターで没入感映像を投影しました。音響にもこだわっています。
コンテンツはトヨタ自動車の会長がラリーカーを運転されている動画です。ラリーカーに360度カメラを搭載して録画した映像を、車内に投影することで、ラリーカーを運転しているような没入感のある環境をつくり出しました。
ラリーカーに乗っていただくのは難しいですが、通常では体感できないラリー体験が、この空間でご提供できたのではと思っています。

用途を考えて車内外をフラットなデザインに

西濱eXトレーラーって可愛らしいけれど、割と平面的なデザインですね。



伊藤さんフラットな面が多いということは、ラッピングによる改装アレンジがしやすいのです。また、この面をPRにも使えます。オシャレなデザインにして建築現場におくだけで、アピールもできると思います。

内装も、さまざまな用途に使うことを想定していて、凹凸を減らした、大きさの割にはスッキリした空間です。車内の高さも約1.9mあるので、ほとんどの人は立ったまま入れ、圧迫感がありません。
什器を入れ換えると、オフィスやラウンジ、テストマーケティングの場、救護室など、色んな目的に使えます。
車内空間は縦横約3m×2mですが、牽引部分があるので、全長は約4.7m。大きさは駐車場に止められるサイズです。色んな場所で使っていただくには、駐車場が利用できるのは大きいと思っています。

exトレーラーの車内(縦横約3mx2m、高さ約1.9m)

中距離・短距離ならトレーラーとして牽引します。手で動かすこともできるので、設置場所の調整にも便利です。

長距離ならトラックに載せて移動します。(現在は、総重量が750kg以下なので牽引免許が必要)

モーターで移動させることもできるんです。

駐車場所も電動で固定できるのでラクですね。

トンネル工事現場のような前線基地に最適

西濱すでに有償で貸し出されていると伺いましたが、どのように利用されていますか?



伊藤さん建設現場が一番多く、自動車専用道路やトンネルがあります。トンネルには全長10kmを超えるものも多く、工事中は作業員さんが詰め所から最前線まで徒歩で入って行かなければなりません。いったん入ったら戻りたくないですよね。その最先端に置く、居心地の良い場所として利用していただいています。
それなら、ユニットハウスを置けば良いと思うでしょうが、現場の最前線は徐々に移動していきます。移動すると言っても一日に数mから長くても10m位なので、eXトレーラーなら手押しで進めます。

また、資材現場でできた隙間を利用して設置できるというメリットもあります。
今後の展開としては当社でできることと、さまざまなパートナーと組んでできることの両方があると思っています。
当社でできることとしては、クルマの技術を使ってより進化させること。
しかし、当社でできることにも限りがあるので、色んな方と協働することで、移動できる空間の価値を高めていくことができると思っています。

LPガスとガソリンのハイブリッドで動く電源車

株式会社大塚商会 営業本部トータルソリューショングループTSM課 上席執行役員 渡邊賢司さん

西濱eXトレーラーは日常時だけでなく非常時にも役立つことが、良く分かりました。今日は、非常時に電源を供給する「次世代ハイブリッドLPガス電源車」も大塚商会さんに運んでいただきました。上席執行役員の渡邊賢司さん、電源車を開発された経緯をお聞かせくださいますか。



渡邊さん4年前の2021年、当社の設立60周年で記念事業としてLPガス発電機と車載用のシャワー設備を14自治体に寄付させていただきました。寄贈式が終わった後に40の自治体から災害対策のご要望をお聞きする中で、「LPガス発電機は固定式が良いが、100カ所にもなる各避難所に1台約500万円もする発電機を設置する予算はないので、移動式発電機が欲しい」というお話をいただきました。
当初はガソリン車に発電機を載せて開発しようとしたのですが、災害時にガソリンがなくても動けるように、LPガスとガソリンのハイブリッドで動く電源車を開発しました。ガソリンがなくてもLPガスがあれば約400〜500kmは走れます。地方には、まだまだLPガスのタンクがたくさん残っているので、着いたら地元のガスタンクに接続すれば、発電し続けることができます。また、普通免許で誰でも運転できるように車種はトヨタ自動車製のハイエースを選びました。

ガソリンだけでなくLPガスでも移動・発電できます。

リアゲートを開けると発電機のコントロールができます。

西濱三相交流200Vまで対応しているってすごいですね。



渡邊さん全て、各自治体の要望を聞いて決定した仕様です。エレベーターや水圧ポンプ、エアコンが三相交流200Vなので、このクルマが行けば、止まったエレベーターが動かせ、水洗トイレも使えるようになります。
現在は、スターリンクを使った衛星通信や、避雷針によって周囲直径約50mの落雷を防ぐ新機能も追加しています。



西濱今回のeXトレーラーと電源車をつなげば、【日常時】【非常時】ともに、もっと多様な可能性が広がりますね。

仲先生移動とカスタマイズという、可変の価値が世の中全体で高まっていると思います。それは社会が変革の時代になっているためです。企業や組織が変わるということは、行動も変わります。しかし、空間だけはそう簡単に変われません。変えるためには、移動とか仮設という価値が上がってくるのではないでしょうか。
トレーラーハウスの意義は、電源・空調・Wi-Fiなどのインフラを提供する移動型の拠点として機能することにあります。これにより、都市の中でも郊外でも「場」を生み出すことが可能になります。都市の空き地に可変オフィスを構築したり、タープを使って木陰でソトワーク空間を展開することも可能。これにより、移動型の企業研修や合宿用オフィスも実現できます。
「建築と都市の関係性を再構築」する媒介装置としての可能性があるのです。

余合さん自動車メーカーは、駐車場に合わせた大きさでクルマのサイズを決めていくことが大原則なのですが、そのためにどうしても室内空間が狭くなってしまいます。
その解決として、壁を映像スクリーンとして世界中と繫がる仮想大空間になったりオープンカーのように壁が開きその壁が床となって開放的なオープンデッキになったり住宅やオフィスに接続することを考えても良いかもしれません。書斎が家から離れて移動して、違う場所の建物に接続するとか。



伊藤さんそうですね、拡張性に関してはトレーラーを連結する構想はあるのですが、他の物と連結することも考えてみたいと思います。



仲先生余合さんが仰っているものはぜひ実現して欲しいのですが。
家の書斎が自由に動き回ることができれば最高ですね。書斎は自分にとって最高の居心地の良い場所です。それを湖畔や海辺に移動させて仕事ができたら良いですね。夢が広がりますね。

西濱「旅するワークプレイスメイキング」では、ワークプレイスの空間だけでなく、働き方を含めて生き方や、その新しい価値観を探っていく企画です。「場」をつくるだけでなく、どうアップデートしていくのか。その中で人と人とがどうつながって触れ合っていくのか。「場」や自然、人がどう関わり合っていくのか、旅をしながら探っていきます。次回もご期待ください。


あと描き - IDEA MEMO -

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次回予告


ゲンバをWell-Beingな空間に
大成建設「ウェルネス作業所」

ご期待ください。


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旅人について

仲 隆介

オフィス研究の第一人者
仲 隆介

合同会社Naka Lab.代表
京都工芸繊維大学 名誉教授

1983年 東京理科大学大学院修士課程修了。PALインターナショナル一級建築士事務所。1984年 東京理科大学工学部助手。1994年 マサチューセッツ工科大学建築学部客員研究員。1997年 宮城大学事業構想学部デザイン情報学科専任講師。1998年 同大学助教授。2002年 京都工芸繊維大学デザイン経営工学科助教授。2007年 同大学教授。2023年 同大学名誉教授。

余合 繁一

新しい生活空間の創出を事業に
余合 繁一

余合ホーム&モビリティ株式会社
代表取締役社長

1992年 トヨタ自動車株式会社入社。2001年 東富士研究所研究員として次世代ハイブリッドや、モーター制御による車両運動コントロールを研究。2004年 製品企画リーダーとしてLEXUSLS600hプロジェクトを牽引。2008年 トヨタ自動車を退社。2009年 余合ホーム&モビリティ代表取締役社長に就任。

西濱 愛乃

ナビゲーター
西濱 愛乃

株式会社NINI
共同代表

京都工芸繊維大学デザイン経営工学科にて仲研究室を卒業後、設計事務所でワークプレイスデザインに携わる。2017年に株式会社NINIを設立し、京都に「HOSTEL NINIROOM」淡路島に「TORIKKA TABLE & STAY」を企画運営。

テーマイラスト

近年、働き方の多様化に伴い、ワークプレイスのあり方が変化してきました。在宅勤務が普及したものの、集まり、コミュニケーションを深める重要性が見直され、オフィスも再評価されています。オフィスではABWの考え方が広まり、働く場所を自分で決めるようになりました。これからの働く空間はどのようなものになるのかを考えました。この企画にあたって、タイトルに、「ワークプレイス」と、まちづくりで使われる「プレイスメイキング」を取り入れています。

これは、「人」を中心に「まち」を考え、つくり続けることと通じるからです。そして、ワークプレイスを什器やデスクのレベルから、「ワーク」と「ライフ」を分けないライフスタイル、そしてまちづくりのレベルまで広げ、さまざまな場所を訪れる計画を立てました。訪れるのは、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さん。ナビゲーターは京都と淡路島で宿泊施設を企画運営している西濱愛乃です。


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