石田東生 氏

「機能的」コンパクトシティをめざして 筑波大学 教授 石田東生 氏 Ishida Haruo

広報誌掲載:2011年6月

国土交通省の国土審議会長期展望委員会は、日本の少子高齢化がこのまま続いた場合、2050年には日本の居住地域のうち約2割が無人化(無居住化)すると発表した。戦後急速に伸びた経済成長に伴い道路・鉄道が整備されてきたが、今後は需要予測の激減に合わせた交通体系や街づくりが求められている。サステナブルな都市の交通はどのようにあるべきか、内閣府 環境未来都市構想有識者検討会委員の石田氏にたずねた。

モータリゼーションの進展による弊害日本における交通の特徴をお教えください。

第二次大戦以降、日本では急速なモータリゼーションが進展し、生活から産業に至るまで自動車に大きく依存することになりました。自動車が普及した理由はさまざまですが、最大の理由は自動車があれば自由に移動できることです。たとえば、人が歩いて移動できる速さは時速約5kmといわれていますが、自動車に乗れば一般道で1時間に30km移動でき、円の面積で比較すると行動範囲は36倍になります。さらに、時速80kmで移動できる高速道路を利用すると、その行動範囲は256倍にも達します。しかし、モータリゼーションの進展とともに市街地の過疎化や都市の郊外化など、さまざまな弊害が現れてきたのです。

交通事故被害者の多くが高齢者モータリゼーションの課題として交通事故がありますね。

交通事故において、日本と欧米で大きな差があります。その一つは、日本では交通事故者に高齢者が占める割合が多いことで、欧米の約2倍ほどあります。二つ目は歩行中や自転車に乗っている被害者が多いことです。欧米では自動車を運転している人が事故を起こして死亡するのが多いのに対し、日本では対人事故の被害者として死亡するケースが多いことです。二つの特徴を考えると、高齢者が自宅近くで歩行中や自転車に乗っているときに交通事故に巻き込まれるケースが多いと想定されます。このような事故をなくすためには、歩道と車道を分け、その間に自転車道を整備すればよいのですが、日本の道路は日本全体で道路延長は120万km程あるうち、歩道が整備されているのは13%。90万kmの道路は歩道もないような細い道路なのです。日本の道路の特徴として道路面積率(一定の面積の中で道路が占める割合)が低いことがあげられます。日本の道路面積率は霞ヶ関などの都心では約35%なのに対し、密集住宅地では約10%しかありません。ヨーロッパでは住宅地でも道路面積率が20数%くらいあり、道路の幅が広いのです。だから歩道も造れるし自転車レーンを設けることもできるのです。ところが、日本では道路面積率は低いですが、道路延長密度は高いのです。これは網の目状に細かく道路が走っているということです。この狭い道路をうまく使っていないので、道路は歩行者や利用者に快適・安全な空間ではなく、ここで高齢者の事故も起こっています。

シェアドスペースという逆転の発想狭い道路をうまく使う方法があるのですか。

日本の都市が成立したのはモータリゼーションが進展する前で、すでにあった人馬が通行する幅の狭い街道に大量の自動車が入ってきたのです。本来なら幹線道路から生活道路まで、階層的に道路を整備すべきですが、現状としてすでに網の目状にある道路を、知恵を出して使い分けしていく必要があるのです。

ヨーロッパで実験から本格導入に移ってきた新しい試みに『シェアドスペース』があります。これは空間を共有するという考え方です。多くの信号機をつけ、詳しい標識を整備するという発想を逆転して、できるだけ取り除いてみようという試みです。オランダのハンス・モンデルマン氏が小さい街で実験したところ、皆の不安に反して交通事故が減りました。それは、互いが注意して通行するようになったからです。路上で歩行者とドライバーや自転車に乗る人が手を振ったりアイコンタクトを交わすなど、小さなコミュニケーションを交わすようになり、事故が減って渋滞も少なくなりました。現在、EUの中ではこの動きが広がろうとしています。物流や自動車のために必要な道路はしっかり造り、それ以外の道路は自動車が遠慮するシェアドスペースとする試みは、90万kmにも及ぶ道路に自転車道どころか歩道さえない日本には、うってつけの考え方だと思います。

自動車を持つ人と持たない人の生活レベル格差自動車社会には様々な課題があるのですね。

限りある化石燃料を使用するというエネルギー問題やCO2の排出量増加だけでなく、自動車という交通手段が普及してしまうと、自動車を持たない人は買い物も不便になり、生活レベルに大きな差が生まれてしまいます。私はこのような問題を『モビリティ・デバイド』と呼んでいます。交通行動の調査から興味深い話があります。交通行動ではA地点からB地点まで移動することをトリップと呼んでいます。たとえば家から会社に行って戻ると2トリップと計算するわけです。トリップを年齢階層別に自動車のあるなしで計測したところ、自由になる自動車がある人は、前期・後期に関わらず高齢者も、若年層とトリップ数がほとんど変わらないことがわかりました。それに対して、トリップ数の差があるのは自動車を持たない高齢者です。若年層や自分の自動車を持っている後期高齢者は1日に2.2トリップしているのに対し、自動車を持たない後期高齢者は1を割り込んでいます。これは、2日に1度しか外出していないということです。このように、自動車は人の活動に対して大きな力を持っているので、自動車を持つ人と持たない人の生活レベルの格差をなくしていく必要があるのです。

「モビリティ・デバイド」をなくす超小型モビリティそのモビリティ・デバイドを解消するためにはどうすれば良いのでしょうか。

戦後急速に増加してきたガソリン車への依存度を減らしていき、事故が無く環境に優しい快適な交通システムを創っていくことが課題です。このためには多様な交通手段が求められています。その中で現在のガソリン車の代替として登場したのが、環境に負荷をかけない電気自動車やプラグインハイブリッド車、燃料電池車です。電気自動車はCO2削減や日本の産業振興という面でも欠かせないものです。さらに、今後高齢者が社会参画を進めていくためには、自由になる移動手段が必要です。それが、自動車メーカー各社が開発を競っている超小型モビリティです。これは一人用の乗り物で、運転がとても簡単なのが特長です。全長2m幅1.2mのコンセプトカーやジョイスティックで簡単に操作できるものも開発されています。筑波大学の山海嘉之先生が研究されている外骨格型のロボットスーツは、人間の身体機能を拡張・増幅するもので、歩行が困難なお年寄りが着ると、思うように歩くことも可能です。課題は、これらの新しいモビリティには免許制度がなく、公の空間を走行できないことです。これらを交通体系に組み込んでいく必要があるのです。超小型モビリティにGPSなどの位置特定システムを用いて速度を出せる場所と出せない場所を識別させれば、歩道上では4km/hの歩道走行、車道上では30km/hというように安全な走行が可能になります。さらに、年々大型化するショッピングセンターでは、中での移動に用いることも可能です。このように使うためには、実際に製品化して社会で利用できるようにすることが大切です。日本の技術イノベーションは優れていますが、往々にして研究所や企業の中だけで留まりがちです。この技術を製品化して、社会に展開していくことが重要なのです。

公共交通である鉄道の盛衰公共交通はどのような状況でしょうか。

日本の大都市は世界に冠たる鉄道大国です。JR東日本が1日で運んでいる人員はドイツの人口に匹敵するといいます。日本には鉄道に関して誇るべきことがいくつかあります。その一つは鉄道を中心にした街づくりを100年前から行っていたことです。最初に始めたのは阪急電鉄の小林一三氏で、そのモデルを東京では東急、東武、西武、小田急が導入し、その結果非常にコンパクトな都市圏が形成されました。東京では都心三区に通勤しているサラリーマンの90%以上が鉄道を利用しています。東京の都市構造は「手のひらと指」に例えられるように、山手線が手のひらで、そこから放射状に鉄道が延び、それに沿って市街地が形成されています。その結果、コンパクトでエネルギー消費の少ない都市構造が形成されました。しかし、関西圏は阪神淡路大震災以降、軒並み乗車率が下がっています。東京も人口減少があり、近い将来鉄道は厳しい経営環境になってくると思います。地方に行くとさらに厳しく、JRの線路として残っている路線はまだしも、JR民営化で切り離された赤字ローカル線では存続が大きな課題になっています。そういう意味で、先進的な取り組みをされているのが富山市です。森市長が発明した言葉に「団子と串の都市構造」があります。駅周辺の市街地を団子と捉え、鉄道や路面電車、バスを串とした都市構造を構成し、駅周辺にコンパクトに住むという考え方です。ここでは、駅から交通機関を利用して中心市街地に来たときにそこにどのような都市機能を持たせるかが大切で、市街地の再開発も同時に考えた計画が必要です。

機能的なコンパクトシティの提案都市の構造と交通は大きく関係しているのですね。

超高齢化が進む中で、国も集約型都市構造(コンパクトシティ)を提唱しています。しかし、昔からある市街地をコンパクトシティに造り直すには膨大な投資が必要となります。私が提唱するのは、都市経営のコストと負荷を下げて都市をサステナブルにする「機能的なコンパクトシティ」です。具体的な方法を説明すると、現在使用しているガソリン車を電気自動車に転換し、近隣への移動には自転車を利用すると、環境負荷は減少します。それと同時に、住民の外出や活動を保障する、より安全で簡単な移動手段として超小型モビリティを提供できれば、高齢者も活動的な生活を送り、介護の必要も少なくなると考えます。住んでいるところは郊外の人口密度が低いところだけれど、移動するための負荷(健康や安全)を小さくすることができれば機能的なコンパクトシティが実現できるのです。

今後、人口の減少とともに都市内における空間への需要は減っていきます。皆が安全・快適に暮らせる街なら資産価値は下がりませんが、独居老人のみが多いと活気もなく、住みたい街として評価されずに資産価値も下がります。大手デベロッパーの中には街を育てて、年月を経ても資産価値が上がる街づくりをされているところもあります。若年層と高齢者の人口構成が偏らない、人口分布のポートフォリオを考えた健全な街を追求する必要があるのです。そうすると、次の世代も住むようになり、街の人口構成も健全な姿となって、資産価値も上がります。このような街づくりを多様な関係者とともに進めるには、完成した街の姿が皮膚感覚で理解できるVR(ヴァーチャル・リアリティ)の手法は最適だと考えています。

戦後各地で展開された大規模ニュータウンは自動車を都市交通のインフラと想定したものでした。しかしそこで暮らす人が高齢化して自動車を運転できなくなると、生活の基盤が崩壊してしまいます。これを解決するには、自動車や交通だけでなく、まちの構造から考え直す必要があるのです。この問題を解決するために、様々な試みが日本で進んでいます。今後、高齢化社会やエネルギー問題、公共交通のあり方など、都市を取り巻く課題は、中国を始めとして各国でもっと大きな問題となるでしょう。そういう意味でも、日本がこれらの問題を解決し、そのソリューションをパッケージとして輸出し、世界に貢献できるように期待しています。

石田東生 氏

石田東生 氏
1951年 大阪生まれ。1976年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。1989年 筑波大学社会工学系助教授、1996年 教授を経て、現在、筑波大学大学院システム情報工学研究科教授。2009年から筑波大学学長補佐。専門分野は、国土計画・都市計画・交通計画。