坂本雄三 氏

ZEB(ゼロ・エネルギー・ビル)の実現に向けて 東京大学大学院 教授 坂本雄三 氏 Sakamoto Yuzo

広報誌掲載:2010年6月

わが国の最終エネルギー消費の推移を見ると、全体の3割以上を占める民生部門の中でも業務部門(オフィスビル、小売店舗、病院、学校)の増加が著しく、省エネ対策の強化が求められている。国際エネルギー機関(IEA)は、2008年洞爺湖サミット、2009年イタリア・ラクイラサミットにおいて、わが国にZEBへの取り組みを強化すべきだと勧告した。これを受け、経済産業省は2009年に「ZEBの実現と展開に関する研究会」を発足。2030年までに新築建物全体でZEB化実現というビジョンを探ることとなった。今回は、その研究会の委員長である坂本氏に、ZEBの実現に向けたビジョンと課題をたずねた。

建築環境工学の面から省エネ基準制定に携わる先生のご専門である建築環境工学についてお聞かせください。

建築環境には温湿度や空気の質、光、音などの要素がありますが、これらを扱うのが建築環境工学です。とくに、窓から入る光や風など自然の物理環境と、照明や空調など建築設備による人工的環境、この両者の組み合わせが重要です。そういう意味では、私が追求しているのは建築環境設備といった方がわかりやすいかもしれません。現在のビルにおいて空調が占めるエネルギーは大きく、30%以上を占めています。第一次オイルショックで省エネが問題になったときも、まず空調が課題になりました。以降、私は熱や空調設備を研究してきました。とくに、旧建設省の建築研究所にいましたので、省エネ基準制定などにも携わってきました。

ZEBはエネルギー消費量ネット・ゼロ・ビルZEBとはどのような建物なのでしょう。

ZEBの定義にあたって、まずその境界を考える必要があります。たとえば再生可能エネルギーとして太陽光発電が典型的ですが、その敷地内でエネルギーを確保できる(オンサイト)のか、他の場所で作られたグリーン電力なども購入できる(オフサイト)のかを定義する必要があります。日本では、ビルの敷地内またはビルに直接接続されている、オンサイトを基本としました。日本におけるZEBの定義としては「建築物における一次エネルギー消費量を、建築物・設備の省エネ性能の向上、エネルギーの面的利用、オンサイトでの再生可能エネルギーの活用などにより削減し、年間での一次エネルギー消費量が正味(ネット)でゼロまたは、おおむねゼロとなる建築物」としています。わが国では、狭い敷地に中高層のビルが密集して建てられていることを考えれば、太陽光発電などのオンサイトにおける再生可能エネルギーの導入には一定の限界があります。このため、省エネ性能を可能な限り高めることが重要なポイントとなります。

設計と運用面でZEBを捉えるZEBを実現するにはどのようにすればよいのでしょう。

ZEBを追求するためには、設計時と竣工後の運用時が考えられます。パッシブという側面からは、快適な環境を提供するための建築設計...躯体の断熱や日射遮蔽、自然光の利用、外気利用などがあります。また、設備設計という面では、空調、照明、太陽光発電などアクティブな手法があります。ZEBを実現するためには、光や風などの自然エネルギーを活用することで、設備機器の負荷を減らすなど、パッシブとアクティブを融合させることが重要で、総合的な設計や統合制御システムの導入に加えて、運用時の努力を重ねることが必要です。

断熱を考える場合、住宅とビルではその性格が異なります。住宅では断熱等級で評価し、ビルではPAL(年間熱負荷係数)で評価します。考え方は同じなのですが、住宅とビルの熱環境で異なるのは、住宅は居住エリアが外皮(エンベロープ)から近く、ビルでは外皮から遠い場所にインテリアゾーンがあるということです。このため、住宅の場合は外気温の影響を受けやすいため、断熱が重要になってくるのです。

逆にビルの場合、インテリアゾーンは外の影響を受けにくいのです。オフィスビルは住宅に比べると人員密度も高いので、パソコンや照明、人による発熱があります、結果として冷房負荷が大きくなります。一言でいうと、住宅は暖房主体で、ビルは冷房主体といえるでしょう。同時に、オフィスビルは人員密度が高いので機械換気が不可欠ですし、外光が入らないので照明設備も必要というように、消費電力も多様化します。ビルでは、冷房負荷を増やさないように、窓から日射熱を入れないことが重要です。最新のビルなら日射量にあわせたブラインド制御も行っています。また、夜には換気口を用いて建物内の熱を放出するナイトパージも検討すべきでしょう。

照明・コンセントの電力削減も重要照明の消費電力も大きいですね。

ビルの照明設備も消費電力の多くを占めています。高効率な照明器具やLED照明の効果的な導入も重要です。日本のオフィス照明は概して明るすぎると言われていますが、タスク・アンド・アンビエント照明で必要なところだけを明るくすることも効果的です。また、人感センサを用いた照明制御、スケジュールに沿ったタイマーによる調光制御、過剰な明るさを防ぐための初期照度補正も行うべきでしょう。さらに、入退室情報を用いた空調・照明制御も有効です。

最近ではパソコンなどのコンセント負荷も大きく、サーバなどの電力負荷も大きいため、インターネットを介してサーバを接続することで、建物内にハードを置かないクラウド・コンピューティングも検討されています。

運用の基本は「見える化」竣工後の運用はどのようにすればよいのでしょう。

エネルギー消費量は設計によって最低値が決められますが、運用しだいで容易に増大してしまいます。運用にあたって重要なのは、エネルギー消費の実態を把握し『見える化』すること、これが基本です。これにより省エネ意識を芽生えさせ、運用を見直し、設備改修に反映させていくことが可能になります。

計測・制御システムがあれば省エネチューニングの効果はより大きくなります。既存ビルでも、地道なチューニングを行えば省エネ効果が期待できます。実施にあたっては、Plan(計画)、Do(改善実施)、Check(効果検証)、Action(見直し)のサイクルを回しながら運用改善を継続的に行い、用途別消費量や設備効率を把握し、原単位を管理していくことが重要となります。

さらに、ワークスタイルの見直しや働く人の意識改革も必要です。しかし、それが苦痛になっては本末転倒です。きめ細かな省エネを助けてくれるのが、センシングと制御の技術なのです。

新しいエネルギーの活用太陽光や風力以外に利用できるエネルギーはないのですか。

ZEB実現のために、未利用エネルギーの活用が挙げられています。建築物の空調熱源として重要な役割を果たしている熱回収ヒートポンプでは、大気熱の他に河川熱、下水熱、ビルや清掃工場からの排熱を利用することで、格段に効率が上がるとされており、立地が許せばそれを積極的に活用すべきです。大規模業務用建築物における事例としては、名古屋のクオリティライフ21城北のビル排熱、足利赤十字病院の地中熱利用が挙げられています。また、敷地が狭いというわが国の業務ビルの特性を考えると、個々のビルをZEB化することに加え、複数のビル群をネットワークしたZEB化もめざすべきでしょう。エネルギーの面的利用については、同一地域内の既存ビル間がエネルギー施設を共有したり、複数の地域冷暖房をネットワーク化する動きも始まっています。

インセンティブと規制が必要ZEBを普及させるためにはどのような仕組みが必要なのでしょう。

投資回収年数の長いZEB化を進めるためには、規制や優遇税制などの強いインセンティブが必要でしょう。しかし、省エネだけでなく居住空間の質を向上させる視点は欠かせません。これまでも、天井高や照度、OA機器の増大という、負荷が増大する要因をクリアしながら、わが国では全体の効率向上を進めてきました。快適さを追求しながら省CO2を図ることが重要なのです。

また、税制や補助金制度などの支援策に加え、ラベリング制度を通じて省エネ性能に優れたビルを『見える化』し、その不動産価値を高めることも必要です。設計に対する評価も重要なのですが、1年・2年使ってみて、運用も含めたかたちで評価する...このようなラベリング制度も検討されているようです。CASBEEなどの環境性能評価のツールもいくつか存在しており、これらを充実・活用することも求められています。欧米ではすでに建物の省エネ性能に特化したラベリング制度が運用されており、ラベル取得が不動産価値の上昇につながっているという報告もあります。

省エネ法における建築物の現行基準は平成11年に策定され、すでに約10年が経過しています。この間に建築設備の省エネ性能は格段に向上しており、現在ではほとんどの新築ビルがこの基準をクリアしています。このため、ZEB化に向けた現行基準の引き上げが検討されています。基準強化にあたっては、それぞれの建築設備の省エネ性能を個別に評価するのではなく、建物全体のエネルギー消費量を総合化した評価にするとされています。

困難なハードルをクリアするために海外でのZEBの取り組みはどのような状況なのでしょう。

欧米諸国では、すでにZEBの実現に向けた取り組みが本格化しつつあります。とくに、英国と米国では数年前から新築建築物のZEB化の目標年次を定め、これを法律に位置づけ、ロードマップを提示しています。さらに、両国ではこれまで約3年ごとに建築物の省エネ基準を定期的に強化するなど、ZEBに向けた歩みを着実に進めています。わが国でも、2009年4月、建築物のZEB化を加速させ、2030年までに新築公共建築物での実現をめざした開発などを進めると発表しました。わが国の一次エネルギー消費量原単位の標準的な値は、住宅が500MJ/m²/年であるのに対し、業務ビルは2,400MJ/m²/年と高く、ゼロ・エミッション・ハウスと比較してZEBの技術的なハードルは、はるかに高いのです。さらに、狭い敷地というオンサイトにおける再生可能エネルギー利用の制限があることを考えれば、より条件は厳しくなります。しかし、わが国の建築・設備技術には世界的にもトップランナーとなっているものが多く、ポテンシャルは高いと思います。現段階の技術では高層のZEBは困難で、低層でなければ成立しません。まず、学校など比較的低層階で、自然採光や自然換気を採用しやすい建築物を対象にZEBの実績を積み上げ、目標へ近づけていく必要があるでしょう。

ZEBというのは、省エネと創エネが車の両輪で実現している建物で、これからのビルのあるべき姿を示すシンボルだと思います。ZEBの思想を理解された上で、皆さんがその実現に積極的に取り組まれることを期待しています。

坂本雄三 氏

坂本雄三 氏
1978年東京大学大学院建築学専攻博士課程修了。同年建設省(現国土交通省)建築研究所入所。1990年名古屋大学工学部建築学科助教授。1994年東京大学大学院建築学専攻助教授を経て1997年より教授。建築環境工学、特に熱環境、空調システムを研究。

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