月尾嘉男 氏

日本からの環境革命をめざして 東京大学名誉教授 月尾嘉男 氏 Tsukio Yoshio

広報誌掲載:2008年11月

2008年、石油や穀物の価格が急激な高騰を見せた。1972年のローマクラブが発表した『成長の限界』に記された資源・食料の枯渇や環境汚染の予測は、当時の社会に大きな衝撃を与えたが、その限界が現実のものとして実感できる状態になっている。くしくもこの年、環境問題を主要課題の一つに掲げた北海道洞爺湖サミットが開催された。環境問題への警鐘を鳴らし続けるとともに、地域振興と環境保護の活動を続けられている月尾氏に、グローバルな環境革命への可能性をたずねた。

急速に消費されつつある地球資源現在、私たちが直面している危機についてお教えください。

人類が現在どのような境遇にいるかを考えてみましょう。地球が誕生したのが約46億年前。しかし、人類は600万年の歴史しかありません。わかりやすく、地球の歴史を1年間に圧縮してみます。1月1日午前0時に地球が誕生し、現在が大晦日で1年の終わりだとします。地球に最初の生命が、海中に誕生したのが2月15日。長い間、生命は海中にしか生息することができず、初めて植物が地上に現れたのが11月の終わり頃、4億年前のことです。動物が陸に上がってきたのが12月の中頃、3億年前ですが、人類が登場したのは12月31日になってからです。最初の人類の遠い祖先である猿人の登場は16時、現在の人間と遺伝子的につながりのある新人が登場したのは大晦日の深夜23時58分のことなのです。地球の歴史に比べると、人間の存在はほんの短い時間でしかないのです。

私たちは様々な天然資源を用いて文明を築いてきましたが、そのなかの鉱物資源の大半は100年以下で枯渇します。金は15年、銀が20年、鉄は頑張っても200年程度です。もう一つ、私たちの生活を支えているのがエネルギー資源ですが、石油は数十年、天然ガスが7〜80年、ウランも7〜80年分くらいしかないと言われています。社会を支えている資源が100年のうちになくなるという状況の中で、私たちは危機感を持たずに生活しているという状況なのです。

それ以外の資源では、森林が大きな危機を迎えています。現在、地球上には39億5千万haもの森林がありますが、毎年750万haくらい減少しています。この傾向で減少すると、500年後には地球上に樹木が1本もなくなってしまいます。

地球がたどった1年の歴史のうち、ほんの2分前に登場した人類が爆発的に増殖して地球資源を消費し尽くし、地球環境を支えてきた森林までをも絶滅させようとしています。現在の生活を続けていると、100年を待たずに人類は衰退し、文明社会は維持できないということが、わかってきたのです。

先進の省エネ技術を投入して快適な生活をそういう状況の中で私たちは何をすればよいのでしょう。

やるべきことは3つあります。一つは新しい技術をどんどん投入することです。例えば、2012年に向けて政府は白熱電球の製造中止を発表しましたが、白熱電球を電球型蛍光灯、さらにはLED電球に置き換えれば大きな電力消費の削減になります。電球型蛍光灯は1/5、LED電球なら将来的には1/10のエネルギーで同じ明るさが得られます。

また、技術が進めば、環境問題に貢献できるだけでなく、利益も得られます。2000年と2006年の家電製品を比較すると、冷凍冷蔵庫の電力消費は50%、大型テレビが30%、さらに洗濯乾燥機なら28%にもなっているのです。6年前に購入した家電製品をすべて新しい製品に換えると電力消費が半分以下で済みます。一般的な家庭では、年間の電気代が20万円くらいですから、10万円以上も節約できるのです。5年もすれば、新しく購入した家電製品の代金のもとも取れ、CO2も大幅に削減できます。このように、環境の負荷を少なくしながら、快適な生活を維持することで利益も得られるということを、メーカーも消費者も考えていく必要があると思います。

非消費型の情報通信技術を活用

さらに効果的なものに情報通信技術の利用があります。

情報通信技術は、人間が手にした画期的な技術です。産業革命を起こした技術のほとんどに共通する特徴は、生活水準や利便性を向上させるのですが、同時にエネルギーも資源も使うという点です。自動車を例にとると、自動車は徒歩の20倍のスピードが出ますが、エネルギーも19倍必要とします。速く運んでくれる代償としてエネルギーも余分に使うのです。これに対して、情報通信技術は人間が手にした初めての、利便性とエネルギー消費が反比例する技術です。現在の新聞を電子新聞に変えると、1日あたりのエネルギー消費が1/20になるという試算があります。日本では紙の総使用量の約15%を新聞紙が占めているので、それだけ森林資源を使わなくてよいわけです。その上、常に新しい情報が取り出せ、モバイル環境があればどこでも最新情報が手に入ります。

私が委員長を務めた総務省の『地球温暖化問題への対応に向けたICT政策に関する研究会』では、今年4月に報告書をとりまとめました。そこでは、日本社会で徹底して情報通信技術を投入すれば、1990年に比べて2012年にはCO2を5.4%削減できるという結果を得ました。正確には、コンピュータの導入などで2.4%増えるので、結果として削減率は3%となります。京都議定書では、日本は2012年までに6%のCO2削減が求められており、その半分が情報通信技術の利用で達成できるのです。

情報通信技術には大きく通信と制御の2つの役割があります。通信を使えば、わざわざ人間が移動しなくてもよく、在宅勤務も可能になります。また、テレビジョン会議の普及が進むと商談などのムダな移動を減らすことができます。通信の重要な役割は移動を省くことができ、距離の障壁を取り去ってしまうことです。また、照明や空調などを制御し、ビルや住宅のエネルギーマネジメントシステムを効率的に運用することも重要です。環境負荷の少ない機器を導入し、これらを適切に制御することで、少ない環境負荷で質の高い空間をつくり出すことができます。この環境効率を評価するのがCASBEEで、これにより環境効率の高いビルや住宅の普及を促すことになります。

大量生産・消費型モデルを変え、リサイクル社会に

2番目は産業革命以降の社会構造を変えることです。これまで、産業社会の発展を支えたのは、大量生産・大量消費・大量廃棄というモデルでした。自動車を例にとると、モデルチェンジを繰り返し、ユーザーが買い換えないと時代遅れになる雰囲気を作ってきました。大量生産の大きな問題はすべての製品が購入され、使われるのではないということです。売れないものは不要として廃棄されるのです。そこで、最近増えてきたのが注文生産・一品製品・一品配達という考え方です。それで成功を収めたのが、インターネットで個人から受注した製品を一品だけ生産し、直接配送したデルコンピュータです。ムダなものを作らない仕組みは、製品在庫をゼロにし、工場から直接最終消費者のところに製品を配達することによって途中の流通経路を省略します。大量生産・大量廃棄モデルを変えて行かなくてはいけないのです。

次に、本格的なリサイクル社会にする必要があります。先ほど金や銅などの鉱物資源が有限だと言いましたが、これは無くなってしまうわけではなく、リサイクルされて社会に流通します。世界で一番品位の高い金鉱石は日本の鹿児島県にある住友金属の菱刈鉱山です。その金鉱石は1tから平均60gの金が取れるといわれています。ところが、携帯電話を1t集めると300gもの金が取れるのです。しかも、携帯電話にはレアメタルが大量に使われているので、それも回収することができます。1tのアルミのインゴットを製造するには85tのボーキサイトの原石が必要ですが、アルミ缶をリサイクルすれば、3.5tのアルミ缶で済みます。このように、もっと積極的にリサイクルすることを考えなくてはいけません。

また、都市の構造を変えることも必要です。現在、東京では都心で働く人たちが郊外に住んで、毎日数百万人が郊外と都心を移動しています。よく例に出されるのですが、ヨーロッパでは数百年かけてゲルマン民族の大移動が起き、数百万人が移動しました。しかし、現代都市では毎日ゲルマン民族の大移動に匹敵する移動が行われ、大量のエネルギーを消費しているのです。

これまで平面的・広域に広がっていた職住遊が集まり、垂直に集積する。これにより移動のエネルギーが減り、集中冷暖房などでエネルギー効率も図れる。このような社会構造に変えていくことも必要です。産業革命以降の大量消費型社会からリサイクル社会に変え、移動エネルギーを抑えた職住遊接近の都市に変えていく必要があるのです。

『もったいない』や『縮み志向』の文化を製品やサービスとして提供

3番目は、私たちの精神です。これまで、『増えることが正しい』社会をつくりだしてきました。しかし、資源は有限で、日本のように人口も増えないと、製品を作ることができず、作っても買う人がいません。量の拡大を目標としない新しい哲学を持ち、モノがなくても幸せに暮らせる豊かな社会を造って行かなくてはいけないのです。日本人は非常に素晴らしい哲学を持っています。たとえば、ワンガリ・マータイさんが盛んに宣伝してくれている「もったいない」です。「もったいない」は単にモノをムダにしないということをはるかに越えた意味を持ち、この言葉には作った人の心を推し量ることも含まれています。「もったいない」を英語に訳すと「What a waste !」で、「なんというムダ」という意味になります。ここには作った人への感謝やお天道様や神様のお恵みでできたものという気持ちまでは含まれていません。言葉がないということは、英語圏には「もったいない」という概念がないということです。

1982年に李 御寧(イー・オリョン)が「縮み志向の日本人」という本を書きました。そこでは、小さくしていって豊かさを得る文化を持っているのは世界で日本しかないと言っています。ちなみに、日本での究極のおもてなしの空間は、茶室だといわれています。中に生けられている花も一輪の花。茶道は縮み志向の究極の姿といえるでしょう。このように、日本では小さなところに凝縮する文化を持っています。これは小さくしたから貧しいというのではありません。ルイ14世は800haもの広さのベルサイユ宮殿の庭園で宇宙を表現しましたが、日本では数十坪の庭に小堀遠州が宇宙をつくり出しました。茶道はそれをもっと凝縮して一杯の抹茶茶碗の中に宇宙を表現しているのです。こういう小さな中に豊かさを見るという考え方は、世界の先住民族の中には普遍的に見られる考えですが、先進諸国の中でこのような考えが残っているのはおそらく、日本だけかと思います。私たちは自信を持って、「もったいない」という精神や「縮み志向の豊かさ」を産業や生活に反映して、世界に広めていく必要があるのだと思います。

グローバルとは西欧的なものに追従していくことではありません。緊急の課題が山積みになっている環境の時代に向けて、これまでとはまったく違う精神で作った製品やサービスを提供していくことが、グローバルな企業としての重要な哲学だと思います。

月尾嘉男 氏

月尾嘉男 氏
1942年 愛知県生まれ。1971年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。1978年 工学博士(東京大学)。1988年名古屋大学工学部建築学科教授。1996年 東京大学工学部産業機械工学科学科長。2002年 総務省総務審議官を経て、2003年より東京大学名誉教授。専攻はメディア政策、システム工学。地域振興と環境保護のため、知床半島塾、釧路湿原塾、羊蹄山麓塾、白馬仰山塾、宮川清流塾などを主宰。