展示室では壁面展示ケースに日本刀が展示され、
ベース照明には3000Kのダウンライト、刀剣には3000Kの特注フード付高演色調光スポットライトが用いられている

LEDでは表現できないと言われてきた日本刀の『見え』を表現

刀剣博物館は、(公財)日本美術刀剣保存協会によって1968年に渋谷区代々木に開設されて以降、長きにわたって日本刀の保存・公開を担ってきたが、2011年の東日本大震災を機に建物の老朽化が課題となり移転計画が浮上し、墨田区横網に移転することとなった。
刀剣博物館の移転先とされたのは、墨田区旧安田庭園内。ここは元禄年間に築造されたと伝えられる汐入回遊式庭園で、明治維新後に安田善次郎の所有となった後、東京都から墨田区に移管された。敷地内にあった両国公会堂跡地に建設されたのが刀剣博物館で、1階には区民に開かれたカフェなども備え、2018年1月にオープンを迎えた。
そこで課題となっていたのは、刀剣博物館の照明だった。

池泉回遊式の庭園が残る旧安田庭園の一角にある、刀剣博物館

旧安田庭園の一角に建設された刀剣博物館

妥協が許されない、日本刀を鑑賞する照明環境

「2012年には白熱ランプ製造停止、2020年に蛍光ランプも製造終了とされており、計画段階から展示照明をLED化するための調査を始めた。
日本刀は他の美術品と比べて、個々の違いを認識することが難しい。したがって、展示でどれだけ見えるかは日本刀展示の生命線であり、新しい光源であるLEDでどこまで対応できるかが不安だった」と当時を振り返るのは学芸員の久保恭子さん。

「日本刀を鑑賞する際、地鉄の様相は天井光などのベース照明を当てて認識し、刃文や細部の景色はスポット照明の明かりを拾いながら、視点を移動させて見どころを捉えていく。美術館・博物館で展示する際にも、視点を移動してはじめて全体像が理解できる。いかに刀身の姿、地鉄の肌合いや刃文、刃境・刃中の微妙な景色を提供できるかが重要で、視覚に認識できなければ、ただの鉄の棒になってしまう。このため、スポット照明は、妥協が許されない要素だ」と語る。

初期のLED照明は採用できるレベルではなかった

「2013年から翌年にかけて、数社のLED照明を検討したが、意に沿う照明器具はなかった。作品損傷を抑え、長寿命・省エネによるランニングコスト削減、調光や分光特性を利用した繊細な演出などを考慮するとLED照明が優れていることは明らかだが、当時のLEDスポットライトを照射すると、どの刀も刀身全体にガソリンを撒いたようにギラギラ光って見えてしまう。本来の刃文は見えず、刃中・刃境の働きの景色も浮いて来ない。『見え』を考えるとLEDの採用は考えることはできなかった」と久保さん。

「自然に見える」ことにこだわったLED開発

2015年4月、照明学会は視覚・色・光環境分科会の下に「美術館・博物館の次世代照明基準に関する研究調査委員会」を発足させた。そのメンバーの一員として久保さんが選ばれ、各照明器具メーカーの担当者も名を連ねた。
そこで、刀剣博物館は調査委員を対象に実物を前にした説明を行った。この時、各メーカーはLEDスポットライトや有機EL器具を持参して日本刀への照射実験も行なった。

刀剣博物館での照射実験には、当社エンジアリングセンター照明デザイン部の發田隆治も立ち会っていた。
この時の課題は、従来光源(白熱電球)からLEDにすることで損なわれる『見え』を、いかにクリアするかにあった。白熱電球の分光分布はLEDとは根本的に異なる。LEDで同じ見え方を実現するのは困難だった。

既存白熱電球スポットライトの分光分布
既存白熱電球スポットライトの分光分布

2015年実験青色励起LEDスポットライトの分光分布
2015年実験青色励起LEDスポットライトの分光分布

『照明学会誌』 第101巻 第12号より

その場は器具選定会として開催されたわけではなかったが「今回実験に用いたLEDは、どのメーカーのものも以前より進化しているが、十分満足できるものではない」というのが、刀剣博物館の全学芸員の評価だった。
「開発当時、演色性では紫色励起LED※1、省エネ性や寿命では青色励起LED※2が優勢とされていたが、当社が採用しているのは青色励起LED。当初持ち込んだのは、『見え』の評価指標とも言える平均演色評価数Ra95で、当時最新のLEDとして美術館・博物館で採用されていたもの。この照射実験の後、より自然に見えるLEDとしてRa95以上で、どの色も自然に見えるLEDの開発に取り組んだ」と發田は語る。

  • 1 紫色励起LED:光源が紫色ダイオードのLED。赤色の演色性に優れる。
  • 2 青色励起LED:光源が青色ダイオードのLED。高効率・長寿命。

すべての学芸員が青色励起LEDの「自然な光」を選んだ

そして、数年をかけた器具選定も最終選定を迎えた。当日は最終二社に絞られた。
一社は紫色励起LEDを採用した器具、当社は当時未発売だったビーム角22度の青色励起LEDスポットライトを持ち込んだ。「LEDの開発にあたって数値だけでなく自分たちの目で見た感覚を重視した。実は、数値的に優れているLEDがもう一つあったが、自分たちの目で見て確かめた際に、こちらだと選んで持ち込んだ。また、日本刀本体がより引き立つ配光制御を目指し、背景部分への余分な照射光をカットし、暗闇に日本刀が浮かび上がる光を追求した」と發田は当時を語る。
その結果採択されたのは、当社のスポットライトだった。

刀身の地鉄はベース照明による面照射、刃文、地刃・羽境・刃中の微妙な景色はスポットライトで表現

刀身の地鉄はベース照明による面照射、刃文、刃境・刃中の微妙な景色はスポットライトで表現

ケース外から特注フード付高演色調光スポットライトで刀剣を照射

ケース外から特注フード付高演色調光スポットライトで刀剣を照射

「長い間、日本刀展示へのスポット照明は『見え』に関して言えば白熱ランプの光が最適だと信じ、演色性を考えると紫色励起白色LEDに期待を寄せるしかないと考えていた。しかし、予想を覆す結果となった。しかも年齢差のある5名の学芸員すべてが『自然な光だった』と判断した。Raに関してはどちらの器具もさして変わらない。自然さとは何か。これまでの評価軸とは異なる指標があるのではないか。
『美術館・博物館の次世代照明基準に関する研究調査委員会』の指針がもうすぐまとめられる。そこでは、LEDに関する新しい評価基準も提示されるという。
当館は日本刀を専門とする博物館であり、したがって照明選定のコンセプトは明確で妥協は許されないということから、このような選定に至った。
現在は、刀剣女子の増加など、これまでになかった層や多くの人に来館いただけるようになった。ここで、日本刀の本当の美しさを提示することにより、関心を持つ方が広がる一助になりたい」と久保さんは期待を込めて語る。

庭園を背景に、刀剣博物館 学芸員の久保恭子さん(左)と語らう当社エンジアリングセンター照明デザイン部の發田隆治。(右)

旧安田庭園を背景に刀剣博物館一階のカフェで、刀剣博物館 学芸員の久保恭子さん(左)から
次の展示企画に対する要望を伺う当社エンジアリングセンター照明デザイン部の發田隆治(右)


※この記事は2020年3月時点の情報です

刀剣博物館

刀剣博物館

■概要
所在地/東京都墨田区横網
施主/公益財団法人 日本美術刀剣保存協会
設計/株式会社槇総合計画事務所
施工/株式会社戸田建設
電気工事/ダイダン株式会社
ケース工事/コクヨ株式会社
竣工/2018年1月

主な設備

● 特注フード付高演色調光スポットライト ● 特注アッパーライト ● ダウンライト

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