旅人について

この企画ではワークプレイスの空間だけでなく、実際の使われ方を通して「場」がどのように育てられていくのか、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さんに、その新しい価値や視点をお聞きしながらさまざまな事例に触れていきます。

ナビゲーター・イラスト/西濱愛乃

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Vol.02
モビリティとワークプレイスの可能性をさぐる
「LEXUSヨット」

トヨタがめざす
モビリティカンパニーへの変革

西濱今回はトヨタ自動車株式会社が100%出資する、中部エリア最大級のマリーナ「ラグナマリーナ」に来ました。まずはトヨタのマリン事業、およびこのラグナマリーナについての概要を中西さんからお話しいただけますか。

中西 勇太さん

中西さんラグナマリーナは1990年代に愛知県と蒲郡市が打ち出したラグーナ蒲郡地区の「海の軽井沢構想」をきっかけに98年にオープンしました。エリアは、マリーナやマンション、ホテルがある「海で憩う」「海に暮らす」ゾーン、遊園地や海浜緑地がある「海を遊ぶ」ゾーン、男子の中高一貫校やトヨタグループの研修所がある「海を学ぶ」ゾーンと大きく3つに分かれています。

開発はもう20年ぐらいしてきて、2023年からは全日本ラリー選手権の「RALLY三河湾」をここで開催しています。トヨタが今後、より「モビリティカンパニー」になっていく上で、陸のモビリティと海のモビリティ、そして将来は空のモビリティもここでつながっていくようになるんです。ちょうど対岸にLEXUSを生産している田原工場があるので、お客さんにここからLEXUSのボートに乗っていただいて、車の工場見学も実施しています。

ここには船の開発現場や、車で培った技術を船に応用するサービス工場もあります。今では携帯電話やスマートウォッチで操船できるような技術もあるんです。海では障害物が少ないので、自動運転など、車でまだまだ実用化が難しい技術も、船では先にできます。そういった意味でも我々がモビリティカンパニーに変わっていく上で不可欠な場所です。


※国内最高峰のラリー選手権。市販車に近いラリー車両で、舗装路・砂利道・泥道などさまざまな路面の公道を限界走行させる

仲先生ある研究で、移動量が多い人ほど幸せだという研究結果があるんですよ。そういう意味では、モビリティカンパニーは幸せな人を増やすカンパニーだなと思いました。

中西さん我々トヨタのミッションって、幸せの量産なんです。仰るように移動の距離が幸せの距離だという考え方もありますし、「Mobility for All(移動の可能性を、すべての人に)」という考えも持っています。船だけじゃなく空の領域もですし、歩行のリハビリをサポートするヘルスケアの領域もやったりしているんです。

仲先生僕はウインドサーフィンもやるので、海の領域にトヨタさんが出てきて、大自然の中で人の移動がもっと気楽にできるようになるのは素晴らしいことだなと思います。でも一方で、自然というのはやっぱり怖い。少しでも変な接し方をしてしまうと、場合によっては命の危険もあるので、「学び」もセットでされているのがとても良いですね。

クラブハウス

クラブハウス

ブランド価値の引き上げに挑む
フロントランナー、LEXUSヨット

西濱マリン事業としてはトヨタ内製に拘ったトヨタクルーザーPONAMから始まり、その後、2019年に発売したLEXUSヨットでは内製に拘らず、その領域のトップの職人技による徹底的な作り込みを実現されました。まずはLEXUSヨット開発に至る経緯を教えてください。

中西さんラグジュアリーヨットを開発したねらいは、お客様のライフスタイルを豊かにする、クルマに留まらないLEXUSの新たな提案です。同時に、トヨタマリンがこれまで蓄積してきた技術力を新たな分野でチャレンジしようと取り組みました。
さらに、ラグジュアリーライフスタイルブランドをめざすLEXUS が、海においてもお客様の期待を超え、感性を刺激する唯一無二の体験を提供するため、最新テクノロジーと匠の技を融合し細部までこだわり抜いてフラッグシップとして開発しました。

LEXUSヨットのコンセプトは、「海のど真ん中に、自らを解放できる、隠れ家のような空間」。非日常的で、ラグジュアリーな空間と実用的な居住性を融合したフライブリッジクルーザーで、LEXUSらしい、優美で躍動感のある外観、洗練されたインテリアを実現しています。


※フライブリッジクルーザー:キャビンの上部に操船スペース(フライブリッジ)を備えたクルーザー

「コックピットパネル」はタッチパネルによる直感的な操作が可能。優れた操作性と性能を持つ。

西濱余合さんはトヨタ在籍時にLEXUSの設計に関わられたとお聞きしました。LEXUSのブランドの世界観をどう感じておられますか。


余合さんトヨタ車は、お客様が求めているものを第一として作っているので、いい意味でブランドが立っていないんですが、プレミアムブランドであるメルセデスやアウディは、自分たちの確たる価値観があって、この価値観を好きなら買ってくださいというスタンスですよね。

同じくプレミアムブランドであるLEXUSは、ときめくようなドライビングフィーリングと安らぎという相反する二律を双生する(両立する)という価値観を原点に持っています。普通は、ときめくと安らげない。この二律背反してしまうところを二律双生させてもっともっと移動の質を高めていく。モビリティのリーディングカンパニーとして、数あるヨーロッパのプレミアムブランドとは違うLEXUSならではの価値観がお客様にどこまで通用するのかという挑戦をしているんだと思います。

仲先生たとえば車でいうと、「Fun to Drive」を何しろ極めていくという気持ちがあるからこそ、トヨタの魅力があると思うんです。楽しく運転したいじゃないですか。単なるおもちゃでもないし、遊びだけれど本質的なところを重視しているのは大事な価値だと思います。

余合さん仰る通り、LEXUSは「極める」ことを大切にしているんです。我々がご提供するのはこういう価値観ですよというブランドを極めることになると思います。
たとえば「Fun to Drive」だけだったら、ポルシェやフェラーリが突き抜けているかもしれないけれど、LEXUSはドライバーだけじゃなく奥さんや子どもたちも安心して乗れる。運転する人はときめく走りがあるけれども、同乗者が安心して乗れることも極めている。そして極める時にも、破れたところに当て布をするような解決方法ではなく、物事の本質を探り源流から直す。源流から良くすることに拘り抜いているのがLEXUSだと思っています。

主寝室の壁には流れるような曲線のラインが施され、入り口から眺めた時に、実際よりも奥行きを感じるデザインに。直線、平面よりも技術的に難しいがこれも全て職人技。LEXUSが掲げるデザインフィロソフィーを実現している。

階段のステップやソファの形状、テーブルの支柱など、LEXUSの頭文字「L」がさまざまな場所に隠されている。

クローゼットの棚や食器が収まった引き出しなどにクローザーやキャッチ機構が装備され、
海上で揺れても飛び出さないよう工夫が施されています。

コーヒーメーカー、ワインクーラー、洗濯機&乾燥機などが収められた機能的な空間。

「VIPステート ルーム」には、緊急脱出できる天窓がついています。万が一の事があっても、外に出ることができます。

仕事の合間に「遊び」を
意識的に取り入れる働き方

西濱人間は「遊び」や「余白」でこそ進化していくという話がありますが、今の時代に「遊び」という分野を皆さんがどういう風に捉えておられるか教えてください。

仲先生以前、学生と一緒にした研究で、遊びを混ぜながら仕事をしたほうが生産性は高いという結果が出たんです。さらに、午前中は仕事、午後は遊びというふうにメリハリをつけるよりも、仕事の合間に遊びがちょこちょこ入ってくるのが一番生産性は高かったんです。

遊びは人間の気持ちにゆとりを与えてくれますし、仕事のクオリティを上げるための新しいクリエイションやアイデアは、ゆとりがないと生まれない。脳科学的にも心理学的にも、人間は余裕がないと自分を客観視できず、思考の枠を閉じてしまう。自然はその枠を外すのを手伝ってくれるような気がします。仕事をしつつちゃんと遊びを入れることによって、仕事時間は短くなるけれど、生産性は倍になるということも起き得るんじゃないかと思っています。

中西さんトヨタには、「全ての企業活動は誰かを幸せに、誰かを楽にするためにある」という考え方をベースにした、TPS(トヨタ生産方式:Toyota Production System)というものがあります。

これはいろんな会議や資料づくりといった仕事がどこでどれぐらいの時間、どういうフローで流れているのか、どこに無駄があるのかを明らかにするやり方です。TPSをしっかりすることによって効率化でき、余力ができるんですね。ものづくりという観点から見ると、効率化して生産性を上げようということなんですが、私はその余力で、ちょっと遊んだり、誰かと会って話をしたりしたら良いと思うんです。遊びができる、心のゆとりを持つ、そういう環境で仕事ができるようにしていくのは重要なことかなと思います。

PONAM-45で釣り人の気分

メンテナンス中のPONAM-31_Z Gradeを楽しむ

余合さんトヨタ自動車の東富士研究所時代にアメリカや日本の超一流のクリエイティブ会社を調査すると、どんなに多忙な足元の実務に追われていても、新しい価値を創造するための自由な時間を2割は確保しようとしていました。この2割の自由な、余白な、知的に遊べる時間がやっぱり凄く大切なんだなと思います。私も職場ではそんな自由な時間を2割は頑張って作ろうよと皆に言っています。

仲先生皆、忙しいから「やっている余裕がない」と言うんだけれど、クリエイティブな仕事というのは時間と成果が比例しないので、短くしちゃえばそれなりのことがやれますよね。そこを自分で作るのが大事です。社員の方々は「その余裕をくれない」とか言うんだけれど、それは自分で作るんだという気持ちが必要かなという気がするんです。

PONAM-31_Z Gradeの後方デッキのドリンクホルダーを備えたソファは、仮眠をとるベッドにもなる。
「船は1週間のうち1日動かしたとしても他の6日間はそのまま放置される。その間に、釣った魚の匂いなどが充満しやすいため、サロン内のエアコンにはナノイー発生機を搭載。使わない間に発生させておくと1週間後にはすっきり。」と林さん。

「遊びながら働く」場所が
人生や仕事におよぼす影響について

西濱ラグナマリーナも含めて、「遊び」に関わるような場所が実際の仕事や生活、人間関係におよぼす影響についてどのように考えておられますか。

仲先生僕は「外で働く」ということにこの5年ぐらいとても興味を持っているんです。外で自然と一体になって、五感を研ぎ澄まし、脳を元気にして仕事をするのと、環境が何も影響を与えないような状況で仕事するのとでは、生産性の高さがだいぶ違うんじゃないかなと思っています。だから、たとえば船に乗って外で働けるみたいな機会があったら、きっと最高だろうなと思います。そこで今後10年の計画を練るみたいなことをすると、夢のある計画が出てくるんじゃないか、環境が背中を押してくれるんじゃないかなという気がするんですよ。

余合さん大自然って、楽しい場所でもあるんだけれど、凄く厳しい場所だったりもしますよね。LEXUSでいうと、ときめきと安らぎの「二律双生」のように、ラグナマリーナやLEXUSヨットも、大自然の中で人間本来の力が湧いてくるような遊びのわくわくと、でも厳しい環境がある中での安らぎとが両立できると理想的なんだろうなと思います。厳しい環境の中でも安心して大自然を存分に取り入れられる場所というのが良いですよね。

中西さんうちのマリンのメンバーも2023年からここにオフィスを構えて、現場に近い所で海を見ながら仕事ができますし、グループの研修所も海が見える所にあるので、普段のオフィスよりも違う発想で、良いディスカッションができます。海に出ると何か気持ちもリフレッシュされますしね。

仲先生オフィスの中にいるとどうしても上司と部下みたいな関係が拭えないんですが、外へ出ると比較的そういう感じじゃない、仲間としての対話が始まりやすいなという気はします。

中西さんここって音楽や車のイベント、あと、ラリーのイベントだったり、いろんな方々が集う場所なので、多様な人たちとの出会いが起き、様々な文化や価値観に触れることができるんです。そんな出会いや会話の中で、新しい考え方や価値観がつながったり掛け合わさったりする。我々も仕事をする上で多様性のある価値観や考え方の商品を作っていかなければいけないので、あえてこういった場所に身を置いて、自分の仕事のクオリティを上げていくことは凄く重要かなと思います。

仲先生僕の経験上、仕事に遊びが交ざってくると、家族をどんどん巻き込んでいくんですよね。遊びがあるから一緒に行く頻度が少しずつ増えて、家族もその地域の人たちと接し出したり。そこでまた新しい関係性が生まれたりするのも結構おもしろいんです。

これまでは仕事と遊びはメリハリをつけて、交ぜないという考え方が基本だったと思うんですが、それによって分けられ過ぎてしまった感じがします。別に分けることや効率を重視することはいけないことではないんだけれど、やり過ぎた感はある。今はまた次の違う展開のために、もう一回、改めて交ぜてみるようなことが大事な流れになっているんじゃないかと思います。

西濱「旅するワークプレイスメイキング」では、ワークプレイスの空間だけでなく、働き方を含めて生き方や、その新しい価値観を探っていく企画です。「場」をつくるだけでなく、どうアップデートしていくのか。その中で人と人とがどうつながって触れ合っていくのか。「場」や自然、人がどう関わり合っていくのか、旅をしながら探っていきます。次回もご期待ください。

ラグナマリーナ
https://www.lagunamarina.co.jp

愛知県蒲郡市海陽町2丁目1


あと描き - IDEA MEMO -

Next preview
次回予告

Vol.03
多拠点居住という働き方の可能性
「TORIKKA TABLE & STAY」

ご期待ください。


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旅人について

仲 隆介

オフィス研究の第一人者
仲 隆介

合同会社Naka Lab.代表
京都工芸繊維大学 名誉教授

1983年 東京理科大学大学院修士課程修了。PALインターナショナル一級建築士事務所。1984年 東京理科大学工学部助手。1994年 マサチューセッツ工科大学建築学部客員研究員。1997年 宮城大学事業構想学部デザイン情報学科専任講師。1998年 同大学助教授。2002年 京都工芸繊維大学デザイン経営工学科助教授。2007年 同大学教授。2023年 同大学名誉教授。

余合 繁一

新しい生活空間の創出を事業に
余合 繁一

余合ホーム&モビリティ株式会社
代表取締役社長

1992年 トヨタ自動車株式会社入社。2001年 東富士研究所研究員として次世代ハイブリッドや、モーター制御による車両運動コントロールを研究。2004年 製品企画リーダーとしてLEXUSLS600hプロジェクトを牽引。2008年 トヨタ自動車を退社。2009年 余合ホーム&モビリティ代表取締役社長に就任。

西濱 愛乃

ナビゲーター
西濱 愛乃

株式会社NINI
共同代表

京都工芸繊維大学デザイン経営工学科修了後、設計事務所でワークプレイスデザインに携わる。2017年に起業し、京都と淡路島の2拠点で宿泊施設を企画運営。

テーマイラスト

近年、働き方の多様化に伴い、ワークプレイスのあり方が変化してきました。在宅勤務が普及したものの、集まり、コミュニケーションを深める重要性が見直され、オフィスも再評価されています。オフィスではABWの考え方が広まり、働く場所を自分で決めるようになりました。これからの働く空間はどのようなものになるのかを考えました。この企画にあたって、タイトルに、「ワークプレイス」と、まちづくりで使われる「プレイスメイキング」を取り入れています。

これは、「人」を中心に「まち」を考え、つくり続けることと通じるからです。そして、ワークプレイスを什器やデスクのレベルから、「ワーク」と「ライフ」を分けないライフスタイル、そしてまちづくりのレベルまで広げ、さまざまな場所を訪れる計画を立てました。訪れるのは、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さん。ナビゲーターは京都と淡路島で宿泊施設を企画運営している西濱愛乃です。


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