人をもてなす手仕事と照明

人をもてなす手仕事と照明【建築を整える】Archi Design By Panasonic
2025年3月27日
#建築を整える #泊る

小嶋伸也氏、小嶋綾香氏は日本と中国を拠点に
数多くの宿泊施設の設計を手がけている。
素材の手触りや質感に強くこだわる2人は人工的な設備とどのように対峙しているのか。

アーキデザインの商品が採用された東京・日本橋のモダンホテル「Hotel Rakuragu」の客室。設計は小大建築設計事務所の小嶋伸也さんと小嶋綾香さん。

「Hotel Rakuragu」の9階スイートルーム。間口いっぱいの開口部からは光が十分に注ぎ込む。そのシーンを可能にする、2つの大きな鉄骨ブレースは白く塗装。気品を与えた
[写真=平林克己]

小嶋伸也

Shinya Kojima 小大建築設計事務所

1981年神奈川県生まれ。2004年東京理科大学理工学部建築学科卒業。’04~’07年中国大連にてフリーランスで活動(加藤諭氏と共同)。’08~’15年隈研吾建築都市設計事務所。’15年小大建築設計事務所設立。’22年東京理科大学創域理工学部非常勤講師、’24年東京理科大学工学部非常勤講師

小嶋綾香

Ayaka Kojima 小大建築設計事務所

1986年京都府生まれ。2009年TEXAS A&M University建築学科卒業。’12年SCI-ARC(南カリフォルニア建築大学)修了。’13~’15年隈研吾建築都市設計事務所。’15年小大建築設計事務所設立。’21年ICSカレッジオブアーツ非常勤講師

目次

地域の素材と手仕事を生かす

アーキデザインの商品が採用された中国にあるホテル「大山初里」の宿泊棟外観。

「大山初里」の宿泊棟外観。地元の方々の知恵を借り、土壁には小石を投げつけることで自然な風合いのなかで亀裂誘発目地の効果を実現。土壁や石積み壁、竹柵など、現地の自然素材をふんだんに採用した。あり合わせのもので新たにものを生み出す、“ブリコラージュ”としての建築表現
[写真=堀越圭晋]

しっかりとしたフレームを提示することで、
住まい手を自由にするような設計を心がけているのです。

小嶋綾香(以下、綾香)
宿泊施設を設計する際、私たちは最初にその地域を徹底的にリサーチします。現地に通い、地域の文化や伝統、民藝を生業とする方々に話を聞き、可能な限り自分たちもそれらを体験しながら、設計のヒントを探していきます。
いくらインターネットで世界中の景色が見られる時代になっても、その場所を実際に訪れ、五感を通して味わった感動には、やはり計り知れないものがありますよね。写真や動画では伝わらない、当地の大工さんや左官職人さんなど、1人ひとりの手仕事を通して丁寧につくられた建築も、きっと訪れた人の心を動かすことができる。私たちはそう信じながら、風合いを感じさせる素材や手仕事を取り入れる設計を心がけています。

小嶋伸也(以下、伸也)
独立当時、僕たちはまだ本当の意味で、手仕事の力に感動できていなかったように思います。しかし「大山初里」というプロジェクトを通して、風土を生かした素材や、心を込めた手仕事が、いかに訪れた人を感動させるのかを知りました。
「大山初里」は、中国浙江省の限界集落に宿泊施設を新築し、村を再生するプロジェクトです。上下水道などのインフラもままならないほどの不便な場所ですが、地元の土を使用した伝統的な土壁の技術がまだ生きていて、左官職人がその技術を使って建てた建築群が、自然と相まって美しい景観を形成していました。地元の自然素材や、長年受け継がれている職人の技術を生かすことと、宿泊者に新鮮な体験とともにやすらぎを提供できる空間とはどのようなものか。さらには地域社会に潤いが生まれるとは、どういうことなのか。まさに宿泊施設の本質的なあるべき姿に、一から向き合い直した経験だったように思います。

アーキデザインの商品が採用された中国にあるホテル「大山初里」の客室。

ダウンライトのような空間全体を均一に明るくするような照明は最小限にして、和紙を使った間接照明をさまざまな高さに配置した。つなぎ目のないシームレスな天井や壁に柔らかな光が当たり、陰影によって素材の質感が強調される
[写真=堀越圭晋]

アーキデザインの商品が採用された東京・日本橋のモダンホテル「Hotel Rakuragu」の外観。

約84㎡の敷地という狭小地に立つ「Hotel Rakuragu」の、周辺に存在する建物の形象から生まれたリズム感のあるファサード。隣接するビルとの距離感に合わせて、階ごとに自由な平面計画が可能になるよう、ブレース併用ラーメン構造を採用した
[写真=堀越圭晋]

一方の「Hotel Rakuragu」は、東京・日本橋の都会の隙間の狭小地に立つ都会のホテルです。一般的な住居ときらびやかな商業ビルが混在する雑多さは、東京という都市の魅力の1つ。「大山初里」のようなわかりやすい素材や手仕事の爪痕はなくても、その地域の本質的な特徴を設計に取り込んでいくという姿勢は変わりません。「Hotel Rakuragu」は、宿泊のみのシンプルなホテルです。そこで、宿泊者が心地よく眠りについて疲れを癒し、朝日とともに気持ちよく目覚められるような客室づくりに狙いを定め、光環境の設計に注力しました。隣接するビルとの距離や視線の抜け方といった、各階ごとの環境に合わせて開口部とバルコニーを設計し、都会の隙間ながらも、客室に自然光を多く取り入れられるようにしています。

綾香
ほかにも、空間を包み込むように壁の隅にアールをかけ、テクスチュアを感じさせる珪藻土壁紙を採用。取り入れた光が壁面をなめらかに滑り、空間全体に奥行きを感じさせるよう工夫しています。

“設備は一歩下がるべき”という意味

アーキデザインの商品が採用された東京・日本橋のモダンホテル「Hotel Rakuragu」の客室。601号室のベッド。

601号室内観。ベッドと壁の間には背もたれを造作。間接照明を仕込んで、下から柔らかく壁を照らすように設計した。ただし、端部まで照明器具を入れると光と影のバランスが美しく見えないので、端部からは200㎜程度以上はクリアランスを確保している
[写真=渡辺慎一]

アーキデザインの商品が採用された東京・日本橋のモダンホテル「Hotel Rakuragu」の客室。601号室の洗面台。

601号室の洗面台。部屋と一体的に設計されながらも、部分的に壁にアールをかけたことで、光が壁面を伝い、洗面の空間が柔らかに分節されている [写真=渡辺慎一]

設備はなるべく見せない、
主張しないようにデザインをしています。

綾香
自然素材を使った内装材や、手仕事でつくられた工芸品を採用したディテールを大切にする設計では、どうしても設備の素材が空間にうまく馴染まない場合もあります。そのため以前は、設備は隠してしまって、意匠を優先するべきだという考えが強かったんです。しかし今では、やはり設備の機能性を損なわず、誰もが使いやすい設計でなければならないと、考えをあらためました。たとえば、入口では照明のオン・オフができるのに、ベッドサイドでそれができないといったことがないよう、シンプルな回路設定をし、誰もがわかる場所にスイッチを設置しています。設備はなるべくマットな質感のものや、シンプルな形状のもの、また自然素材と相性がいいベージュ系のものを採用しながら、意匠との調和を試行錯誤していますね。
『整える』って、きちんと順位をつけることかな、と考えています。全部を際立たせようとしたり、同列に扱ったりするのではなく、一番見せたいものや場所をしっかりと定め、その他のものに対しては、適切な順番と居場所を与えていく。そんなイメージを抱いています。

伸也
やはり美しさと心地よさのバランスが大事ですね。いくら美しさのために設備を隠したり覆ったりしても、スイッチが押しづらかったり、リモコンの操作にうまく反応しなかったりするのなら、結局心地よい空間にはならないのです。ベッドから照明スイッチへ無理なく手が届くような、自然な所作が当たり前の空間の心地よさを、今は大切にしています。

もてなす心を代弁する照明

アーキデザインの商品が採用された東京・日本橋のモダンホテル「Hotel Rakuragu」の玄関。
アーキデザインの商品が採用された東京・日本橋のモダンホテル「Hotel Rakuragu」の玄関。

小嶋さんが「おかえりなさい照明」と呼んでいる「一畳十間はじまりの家」の玄関照明。人感センサーと組み合わせて調光対応にすることで光がだんだん強くなり、それがおもてなしの雰囲気を生み出している
[写真=堀越圭晋]

“宿泊施設の照明機器は、女将さんを代弁するものだ”

綾香
私たちは、“宿泊施設の照明機器は、女将さんを代弁するものだ”と考えています。客室の扉を開けたときや、夜中にお手洗いに向かうときに明かりが優しく点灯すると、「おかえりなさい」「おつかれさま」「こちらですよ」と、迎えたり導いたりしてくれているのだ、という気持ちになれますよね。宿泊先の不慣れな空間でも、滞在する人が心地よく過ごせるように設えられた明かりは、そんなおもてなしや気配りを代弁してくれるものだと思うのです。そういうときに、明かりの強さや柔らかさ、灯るタイミングを適切に設計すれば、照明設備はさらにその人に寄り添うことができるはず。経済面を考えて全部LED照明を採用してほしい、という要望のほうが多いのですが、お手洗いなど、ここぞという場所には、白熱灯とセンサーを組み合わせた、アナログ(手仕事に近い感覚)の照明をお薦めしています。

伸也
やはり、特に宿泊施設では照明計画に力が入ります。ホテルの客室は、視覚的に壁面が占める面積がとても広いですよね。その壁をどのように照らすか、あるいはあえて照らさずにベッドやサイドテーブルを照らすのか。ダウンライトと間接照明をどのようなイメージで多重的に組み合わせるのか。それぞれの空間に合わせて考えていきます。照明って、本当に奥が深い。建材みたいな動かないものとは対照的に、自然光は時間ごとに移り変わるし、人工照明は調光次第でさまざまな動きを出せる。非日常を楽しむ宿泊施設だからこそ、照明の探究には終わりがないし、僕たち自身が、毎回とてもやりがいを感じている部分だと思います。

小大建築設計事務所の小嶋伸也さんと小嶋綾香さんが設計した東京・日本橋のモダンホテル「Hotel Rakuragu」9階の図面。

平面図[S=1:200]

Hotel Rakuragu

所在地 東京都中央区
構造・階数 鉄骨造(ブレース併用ラーメン構造)・地上9階
施工 日向興発
延床面積 441.62㎡

設計者から
Archi Designへのメッセージ

Designer's Insight for Archi Design

小大建築設計事務所の小嶋伸也さんと小嶋綾香さん。

[写真=渡辺慎一]

地道な作業に立ち返る姿勢に共感

私たちは、設計のなかでリノベーションを手がける機会も多くあります。今後、さらに空き家は増加していき、あらゆる面で更新作業が必要になるのは明らかですよね。そのとき、「Archi Design」がコンセプトに掲げているように、電気設備が普遍性・永続性、互換性・更新性を備え、長く使えるものはそのままに、必要な箇所だけ部分的に更新することができれば、設計は飛躍的に効率化すると思います。

家電や設備器具、電設資材と、幅広い製品を手がける一大メーカーが、こうした一気通貫した試みに挑戦してくれるのは、設計者として心強いですね。目に見えない施工性の向上や、モジュールに基づいた地道なデザインなど、1つひとつのコンセプトは派手ではありませんが、こうしたところに立ち返り、愚直に取り組んでいこうという姿勢にこそ、強く共感します。
スイッチ・コンセント類は選択肢が格段に増えてきましたが、空調や給湯器の操作パネルなどは、今も光を反射する艶のあるものがほとんど。色のバリエーションも少ないため、今後選択の幅が広がることを期待しています。

小嶋伸也・小嶋綾香 小大建築設計事務所

Archi Design(アーキデザイン)。電気設備を建築視点で考えるパナソニックの思想。

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