個と全体が響き合う住まい
集合住宅とはさまざまな住まい手やライフスタイルを受け入れる器である。
数多くの集合住宅を手がける伊藤博之氏は
個性豊かな住空間をどのようにまとめ上げているのだろうか。
「天神町place」の中庭。特有の薄暗さがむしろ心地よく感じられることを目指してデザインされた。その場に立つと、都会の喧騒から離れたかのような感覚が得られる
[写真=平林克己]
伊藤博之
Hiroyuki Ito 伊藤博之建築設計事務所1970年埼玉県生まれ。’93年東京大学工学部建築学科卒業。’95年東京大学大学院工学研究科修士課程修了。’95~’98年日建設計。’98年O.F.D.A.共同設立。’99年伊藤博之建築設計事務所設立。2019年より工学院大学建築学部建築デザイン学科教授。「天神町place」は2024グッドデザイン金賞を受賞、「ニシオギソウ」は日本建築学会作品選集2020に選出
ネガティブな要素を価値に変える
設計時にイメージしたのは、教会の廃墟だという。建物と植物が共存する静せい謐ひつな空間に、上から光が差し込む
“その場所にしかない価値”へと変えていく
私が設計を手がけることが多い都心の集合住宅では、事業性の担保や建設予算に加え、周辺に建物が立ち並び、法的制約も大きいなどの都心特有の課題が重なって、厳しい条件下での設計を余儀なくされることが多々あります。しかし、こうしたネガティブな要素に目を背けるのではなく、眺望や利便性といったポジティブな要素と併せてフラットに向き合い、“その場所にしかない価値”へと変えていく。私は、いつもそんな設計を目指しています。
その勝負の相手になることが多いのは、まず敷地です。「天神町place」の敷地は、間口が狭く、3方向を高層の集合住宅に囲まれ、しかも区画内で約10mもの高低差がある旗竿地。明るく風通しのよい住戸をつくることは到底難しいように思われました。しかし、粘り強くボリュームの形状やその配置の検討を重ねた結果、現状のような馬ば 蹄てい形にして中央に大きな吹抜けの空間を設ければ、周りの建物の隙間をぬって各住戸に光を届け、建物内外での通風が確保できることを発見しました。
「天神町place」の通り沿いには高層の集合住宅が立ち並ぶ。正面のファサードからは、独特の有機的な平面形状や、この奥に劇的な中庭の空間が広がっていることはまるで想像もつかない
構造も、その対象となることが多いですね。たとえば、敷地面積が60㎡の土地に容積率600%の細長い集合住宅を建てるような場合、30㎡ほどの住戸内に800mm角の柱が立ってしまうなど、住戸の狭さに対して構造体が巨大になるというアンバランスが生じることが多々あります。しかし、それを隠すような設計はしたくない。できる限り、空間にとって意味のある要素として扱い、住戸の魅力を増していきたいですね。「天神町place」では、梁下で空間の性格を分節したり、柱の間にベンチや机、収納を造り付けたりしています。外部にあらわれた構造体も、その壁厚を生かして室外機置場に利用しています。
こうしてネガティブな要素を魅力に変えていくと、独自性のある集合住宅が生まれます。私はそれをさらに、“同じ建物を共有し、誰かと共に住んでいることを感じられる設計”に還元したい。一般的な大型マンションには、住人の気配をまったく感じられないような共用部分もたくさん存在します。もちろん、誰もが交流を求めているわけではないし、プライバシーを保護する必要性も理解していますが、そんな共用部分がよいとも、やはり思えません。
「天神町place」では、その象徴が中庭と吹抜けでした。すべての住戸が中庭の景色や環境を共有することで、緩やかにつながりを感じられることを目指しました。
また、広い共用部分を確保するのが難しい場合も、目指す方向性は同じ。「ニシオギソウ」は、都内の住宅地に立つ、15戸からなる木造長屋の集合住宅ですが、敷地全体を910mmモジュールのグリッドで分割し、105mm角の柱を構造とするシンプルな在来軸組構法を採用することで、経済性を担保しました。しかし、各住戸まで羊よう羹かんを切るように真四角に区分してしまうと、空間体験がいずれも単調になってしまいます。そこで、3畳半あるいは4畳半といった小さなスペースをつないで住戸をつくり、同時に柱や梁などの構造体をあらわしにするデザインを採用しました。同じモジュールを共有しながら区画の境界を曖昧にし、共有する構造を強調することで、全体へのイメージを生み出そうと試みています。
多様性と統一感の共存
802号室。奥行きのある柱間や壁の曲線を積極的に活用し、洗面台や収納、ベンチテーブルを設えている。暮らしやすさと空間の魅力を同時に高める工夫
私たちの設計は、まさに『整える』作業といえます
集合住宅の設計において『整える』とは、“違いを受け入れながら統一感をつくっていく”こと、でしょうか。ただ多様なだけでは、相互の関係性が見いだしにくい。しかし統一感が強いと、単調でつまらないものになりやすい。個と全体を両義的に捉えながら、そのバランスを『整える』ことが大切です。
そもそも集合住宅は、同じ間取り、あるいは基準階の反復で設計するのが1つのセオリーです。しかし、私が設計する集合住宅では、住戸の間取りが重複することはほとんどありません。それはやはり、さまざまな住まい手がいるにもかかわらず、マンションの住戸がすべて同じプランであることには違和感をおぼえるから。集合住宅こそ、多様な家族のかたちや暮らし方を受け入れるものであるべきです。それに、同じ建物内だとしても、場所によって日射や眺望は当然異なります。その1つひとつの環境に応答し丁寧に設計をしていけば、必然的に間取りが重複することはなくなります。
こうした多様性は、きちんとしたフォーマットがあるからこそ展開できるとも思います。それぞれの違いを受け入れながら全体としてまとめていく私たちの設計は、まさに『整える』作業といえますよね。
理想は空間に貢献する設備
「ニシオギソウ」の一室。2,730mmピッチで配される150mm角の柱と敷居をあらわしにし、またフローリングの向きを変えることでグリッドを視覚化している。採用したペンダントライトはコードをたっぷり残して、住まい手が位置や高さを調節できる余地を確保した
[写真=阿野太一]
エントランスを見る。建物内部の曲面壁のテクスチュアは、フラットな外側のファサードとは対照的だ。スギなどの非流通材を型枠に使用し、木材の粗々しい質感を転写しながらランダムに凹凸をつけた。反射する光によって陰影が刻々と変化し、建物の表情を豊かに見せる
設備には“空間に貢献してほしい”と思うのです
多様性と統一感のバランスは、設備の導入においても重要な考え方です。というのも、設備は、人の行動を強く規定する場合があるからです。いくら多様な間取りを用意しても、照明の位置が固定されていれば、誰だってその下で食事や仕事をしますよね。だからこそ、設備においても多様性は担保したい。しかし、集合住宅では大量の設備を扱うため、設備を住戸ごとに個別に選択するのも現実的に難しい。
そういうとき、やはりライティングレールは自由度が高くて便利ですよね。「天神町place」をはじめ、さまざまな物件で採用しています。一方、「ニシオギソウ」ではペンダントライトを採用しました。機器自体は一般的な製品ですが、ケーブルをあえて普通よりも長い状態で残しています。照明を低く設置してローテーブルと組み合わせたり、フックを使って好きな場所に移動させたりして、限りある空間のなかでも、シーンによって居場所を変えられるよう設計しました。
こうやって説明すると論理的になってしまうけれど、何よりペンダントライトがある風景って、それだけでとてもチャーミングですよね。設備には“空間に貢献してほしい”と思うのです。きちんとデザインされた設備機器は、必ず“図と地”を兼ねてくれるものです。空間に溶け込んで“地”にもなり、1つのシーンをつくる重要な“図”にもなる。設備と空間がこんな関係を結べたとき、私はとてもうれしく感じます。
平面図[S=1:300]
ニシオギソウ
| 所在地 | 東京都杉並区 |
|---|---|
| 構造・階数 | 木造・地上2階 |
| 施工 | サンオアシス |
| 延床面積 | 369.3㎡ |
平面図[S=1:400]
天神町place
| 所在地 | 東京都文京区 |
|---|---|
| 構造・階数 | RC造・地上8階+地下1階 |
| 施工 | サンユー建設 |
| 延床面積 | 2,448.6㎡ |
設計者から
Archi
Designへのメッセージ
Designer's Insight for Archi Design
[写真=平林克己]
統一感のなかで溢れ出す個性も大切に
「Archi Design」のような設備器具の登場を待っていました。道のりは長く、とても時間を要すると思いますが、ぜひ1つでも多くの設備器具が、こうした同じ思想のもとで製品化されていくことを楽しみにしています。
抽象的な表現ですが、設計者の仕事とは、さまざまな要素をできるだけたくさん取り込みながら、それを1つの建築や1つの空間に収斂させていくことだと、私は考えています。決して全部を完全にコントロールするというわけではなく、個別の差異を受け入れながら、それぞれに求められている機能性や必要性といったものを、全体のなかで際立たせていくことも大切ですよね。「Archi Design」は、設備において、こうした統一性と多様性の共存を模索し、実現するような試みだと感じます。
まずは今までバラバラだったものを整理していこうという段階だと思いますが、完全に統一することは、やはりかなわないでしょう。しかし、その結果として表出する差異のようなものも、ぜひ設計に生かしていただきたい。そんなふうに、私は思っています。
伊藤博之 伊藤博之建築設計事務所