日々の営みが潤うオフィスの表情
適切な距離感や落ち着きを備え
働く人たちが自然に居心地のよさを感じられるオフィス空間を目指していると
FLOOAT・吉田裕美佳氏は話す。
こうしたデザイン思想はどのように培われたのだろうか。
「三井物産都市開発 本社オフィス」 のラウンジにて。奥がオフィス。ガラス壁を採用して空間全体の抜けは確保しつつ、足元には段差や玉砂利、間接照明を仕込んで境界を緩やかながら適切に区分する。梁に沿って一直線に設置された照明が連続することで、天井高の低い空間ながら奥行きを感じさせる
吉田裕美佳
Yumika Yoshida FLOOAT1976年生まれ。2011年FLOOAT設立。’15年「Liveable Office Award」にて、コマーシャルビジネスワークスペースデザイン部門優勝。’21年「KADOKAWA 所沢CAMPUS」にて日経ニューオフィス賞経済産業大臣賞、’23年「三井物産都市開発本社オフィス」にて、ニューオフィス推進賞を受賞
誰もが居心地よく振る舞えるように
ラウンジ内でも、カフェが近く打ち合わせに使用されることが多いエリアは、チーク材の床に200mmの段差をつけて緩やかにゾーニングしている
[写真=見学友宙]
枠下には既存の空調を納め直している。吹出し口を確保し、チーク材のカウンター状の覆いを造作
オフィスにおける居心地の重要性が見直された
「三井物産都市開発 本社オフィス」は、1983年に竣工した「日比谷セントラルビル」の3階の全面改修です。西側の3分の2をオフィスに、東側を誰もが利用可能なラウンジとして計画しています。
竣工してもう40年が経つ建物ですが、小さな連続窓が並ぶクラシックなこの建物の外観に、私はとても愛らしさを感じました。不動産の開発や運用を主業務とする依頼主が、あえて今、こうした築年数の経過したビルの中にオフィスを構えるとは、どういうことなのか。この建物がもつ独自の価値を引き出しながら、なおかつ現代の組織のあり方や働き方に適したオフィスをデザインすることが、私たちの課題となりました。
柱間の内窓。窓横のソファのファブリックも、落ち着いた色や雰囲気を基調に、時間ごとに変化する陰影がはっきりと出やすい素材を選んだ。柱の中間に設置した照明も、連続性を強調している。フローリングの朝鮮張りは、木目の柄はランダムにしながらも、細かく長さを調整して美しく納めた
全体としては、まずすべてをいったんスケルトンにしたうえで、この連続窓や、短いスパンで並び架けられた柱梁など、建築自体の構造やモジュールとその連続性に呼応することを意図しながら、インフィルを設計していきました。たとえば、柱間の内窓の枠を拡張して壁をふかし、あえて奥行きをもたせることで、連続窓の存在感やリズム感を改めて室内にも強調しています。フローリングや造作棚などにはチーク材を採用し、家具はベージュを基調としたシンプルなカラーリングでまとめました。日比谷という場所柄や、ビル自体が備える落ち着きのある雰囲気に相応しいインテリアを目指したのです。
ワークスペースも、現代の働き方に合うように一新。ラウンジの連続窓の傍らにはテーブルやソファを配置し、居心地のよい窓辺の環境を誰もが利用できるようにしました。各ワークスペースについても、ベンチソファや椅子など多様な種類の家具を用意し、島のように点在させることで、働く人がその都度自然体でいられる場所を自ら選びながら、お互いに心地よい距離感が生まれるよう計画しています。
長年変わらずに大切にしているのは、表層のデザイン以上に、働く人たちに心地よい居場所を自然にafford/アフォードするような場の作り方や動線計画を意識した設計です。かつてのオフィスは、窓際から序列に基づいて座席が指定され、十分とはいえないスペースをあてがわれるようなレイアウトが主流でした。しかし今となっては、ある程度の距離感や空間的なゆとりが確保されているという安心感がなければ、わざわざ出社して働こうとは、もはや誰も思わないはず。この数年、 ※Activity Based Working(ABW)アクティビティ・ベースド・ワーキングという言葉がよく使われているのも、まさにこうしたオフィスにおける居心地の重要性が見直されたからかもしれません。
※Activity Based Working(ABW)・・・仕事の内容や目的に合わせて、働き手が時間や場所を選択できる働き方のこと
意図を感じさせないよう『整える』
天井は、古いシステム天井を解体し、柱梁のモジュールに沿ってデザインした。空調は既存のものを再利用して埋め込み、両端のスリットでリターンを確保している。
ラウンジ内のシェルフとブース席も兼ねた間仕切り壁。同じラウンジ内でも、作業を目的としたエリアはグレージュ系のカラーを採用し、色によっても柔らかく空間の使い方を規定する
無意識な居心地のよさ
私たちの設計も、『整える』作業がその基本にあります。あまりデザインを盛っていくような手法は得意ではなく、今あるものを美しく『整える』ことによって全体のなじみをよくするような設計を、常に心がけていますね。
オフィスを『整える』際に、必ず毎回格闘するのが、天井と空調設備の納まりです。それで空間のすべてが決まるといっても過言ではなく、壁の位置が決まった後は、延々と設備図との睨めっこの日々が続きます(笑)。日本のオフィスビルは、天井高を最大限に確保するために、天井裏はダクトがぎりぎり納まる程度の空間しか確保されていない場合がほとんどです。やっと空調のダクトを美しく納めたのに、今度は照明やほかの機器が入らなくて最初からやり直す、ということも頻繁にあります。天井の表面をミニマムで美しく『整える』には、裏側の細かな調整が必要不可欠です。でも、そんな苦労が微塵も伝わることなく、無意識に居心地のよさを感じてもらえれば、それがなによりもうれしいですね。
一方、場所によっては“整えすぎない”ことも意識しています。もちろん統一感は大切にしていますが、完全に均質に仕上げるのではなく、あえて不均質さを取り入れてみる。たとえば木材をランダムに張って、木目をあえて揃えない仕上げにすることもあります。
塗装するにしても、少し骨材が入った塗料を採用したり、刷毛のむらを残したりして、陰影に変化が生まれるような工夫をします。感覚的ですが、仕上げや設えに関しては、場所ごとに揺らぎがある状態のほうがむしろ自然で心地よいし、そんなふうに整えたいと感じています。
長く使いたくなるオフィスデザイン
オフィスエリアのワークスペース。場所ごとにさまざまな種類の椅子やソファ、デスクを配置し、各自が環境を選べるように多様な居場所を用意している
[写真=見学友宙]
ベーシックで古びることのないオフィスをデザインしたい
6、7年ほど前、アメリカのIT企業のような、カラフルなスツールやハンモックが置かれた遊び心のあるオフィスデザインが、トレンドとして注目されましたよね。その当時、私たちにも同様のデザイン依頼がありました。私たちが考えるオフィス空間のあるべき姿と、求められている空間との間に大きな乖離を感じ、とても困惑したことを覚えています。でもそのとき、改めて「私たちはベーシックで古びることのないオフィスをデザインしたい」と再認識しました。それから、「見た目の派手さや斬新さではなく、何年経ってもずっとそこにあって居心地がよい空間のほうが、日本のオフィスにとっては正解じゃないでしょうか」とずっと伝え続けています。
今もまだ、日本のオフィス空間の寿命は短く、移転が繰り返されることも多いので、どうしてもつくって壊して……の世界のままなのです。せっかくデザインしたオフィスを長く使ってもらうために、私たちデザイナーが配慮すべき点の1つは、「長くこの場所に居たいよね」と思ってもらえるような設計をすること。時間が経過したとき、少しの汚れが気になるようなマテリアルを使用し、トレンドが過ぎ去って古びてしまうような設えをするのではなく、傷や汚れも味になり、何年経っても飽きがこないような空間デザインをしたいと考えています。
また、全部を壊さなくても場所ごとにフレキシブルに変えていける、互換性や普遍性を意識した設計も、ますます大切になってくるでしょう。何をデザインするうえでも同じだと思いますが、そのために為された小さな工夫の積み重ねが、社会のあり方や環境にもつながっていきますよね。オフィスを長い目で見るような姿勢を、今後もデザインとして提案していけたらいいなと思っています。
平面図[S=1:800]
三井物産都市開発 本社オフィス(内装)
| 所在地 | 東京都港区 |
|---|---|
| 施工 | 扶桑建設+ジェイピーディーエイチ |
| 延床面積 | 958.5㎡ |
設計者から
Archi
Designへのメッセージ
Designer's Insight for Archi Design
[写真=水谷綾子]
便利さと美しさ、心地よさを自然に共存させたい
オフィス空間は、たくさんの機械やシステム設備との共存が不可欠です。しかし、表に出る機械が増えれば増えるほど、それが空間全体のバランスや、インテリアデザインで表現したかった「人が根本的に心地よい空間」の邪魔をしてしまうことが多々あります。だからこそ、「Archi Design」のような、極力シンプルで“建築の背景に徹する”ような器具をつくるという思想には、非常に共感しました。便利なものを自然に使いながらも、居心地がよい状態も保たれる。そんな空間をつくっていけるといいですよね。
「実現してほしい器具は?」と言われて思い浮かぶのは、やはり電源関係です。他のビルディングタイプ以上に、オフィスと電源は切っても切り離せない関係にありますから。無線LANの登場で設計が簡単になった部分もありましたが、反対に、今まで以上にあらゆる場所に電源が必要になっています。至るところに配線がはみ出ているような状態はやはり美しくないし、隠すことにいつも苦心しています。こうした状況を解決できるようなプロダクトが登場すると、うれしいですね。
吉田裕美佳 FLOOAT