旅の記憶を彩る額縁としての宿

旅の記憶を彩る額縁としての宿【建築を整える】Archi Design By Panasonic
2026年3月2日
#建築を整える #泊る

日常から離れて出合う旅先の景色を美しく引き立たせる宿泊施設とは。
心地よい非日常の時間のために設備に求められることとは。
佐々木達郎氏にうかがった。

アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」の客室棟2階にあるギャラリーラウンジ。設計は佐々木達郎建築設計事務所の佐々木達郎さん

「Kikka Hirado」の客室棟2階にあるギャラリーラウンジ。客室と同様、大きな出窓にはソファが設えられ、ここに腰掛けた誰もが、平戸の風景の一部となる。
[写真=嶋井紀博]

佐々木達郎

Tatsuro Sasaki 佐々木達郎建築設計事務所

1979年北海道生まれ。2002年千葉工業大学工業デザイン学科卒業。’04年千葉工業大学大学院修士課程修了。’04~’13年東環境・建築研究所。’13年佐々木達郎建築設計事務所設立。「場所と対話する建築」をテーマに掲げ、地域固有の豊かさを顕在化する空間づくりに取り組んでいる。
「BEB5軽井沢 by 星野リゾート」で’20年度長野県建築文化賞/最優秀賞〈県知事賞〉など、「OMO5 熊本 by 星野リゾート」で2024グッドデザイン賞など、受賞歴多数

目次

土地の潜在的な魅力を抽出する

アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」

共用棟テラスからの眺望。前庭、ファイヤープレイスの先に平戸瀬戸が広がる。

アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」のギャラリーラウンジ

ギャラリーラウンジでは企画展やイベントなども開催され、宿泊者以外も使用できる。ステンドグラスは「Kikka Hirado」のロゴのデザイン。

“場所と対話する”ような気持ちで、
その土地の潜在的な魅力を探していきます

長崎県の平戸は16世紀以降、交易を通して日本と西洋の文化が融合し、独自の発展を遂げてきました。寺院と教会が重なる景色は、まさにそんな歴史から生まれたものです。また、自然もとても豊かな地域で、初めてこの地を訪れた日に見た美しい海の景色は、今も私の心に強く残っていますね。

宿泊施設を設計するとき、私はいつも“場所と対話する”ような気持ちで、その土地の潜在的な魅力を探していきます。地元の皆さんが、“何の変哲もない、当たり前のもの”だと考えている街並みや文化、営みのなかから、魅力を発掘して可視化していくわけです。それはむしろ、外からやってきた、私たちのような第三者にこそできる仕事ではないでしょうか。環境を損なわないように建築をつくるという消極的な姿勢ではなく、むしろ建築があることによってその場所の力が引き出され、地域のなかでもその魅力が再発見される。いつも、そんな設計ができるように心がけています。

「Kikka Hirado」は、平戸島と九州本土の間の平戸瀬戸と呼ばれる海に面した、客室5室の小さなホテルです。歴史ある平戸の場所性を意識して、ダイニングやラウンジのある共用棟は木造平屋に、一方で客室棟はRC造として、和洋いずれの雰囲気にもなじむような設えとしました。また共用棟は、あえて敷地を区切るように三つ又の形状にして配置し、場所ごとに山、海、庭と、それぞれの景色を特徴的に見せる工夫をしています。

一言で“宿泊施設”といっても、そこにはたくさんの用途やコンセプトの宿が含まれます。「Kikka Hirado」はリトリート、つまり都会の喧騒やせわしい日常生活から離れて、自分と向き合い直すための時間や体験を提供する場所。平戸の悠然とした自然環境のなかにただ身を置き、特別なことをせずに風景を眺めているだけでも、心が休まり、違う自分を発見できるはずです。

記憶に刻まれるシーンを

アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」の共用棟ダイニング・ラウンジ

共用棟のダイニング・ラウンジは、大開口越しに海とのつながりが強く感じられるよう、奥行きのある形状となっている。切妻の天井は黒く染色した羽目板で仕上げ、ダウンライトなどの電気設備も黒色とした。高級感を出すとともに、空間のボリュームを適度に抑え、視線を水平方向に誘導。

アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」の2階スイートルーム

2階のスイートルーム。テーブル上、ソファサイドや足元など、必要な箇所に合わせて局所照明を設置し、照度を調整している。

建築という額縁によって、
誰かの記憶をより特別で鮮明なものに

建築の良し悪しによって、旅から生まれる“記憶”の強度は大きく変わるともいえるでしょう。旅先では、日常から離れたことで感度が高まり、窓を開けるといった何気ない所作でさえ、特別な行為のように感じられることがありますよね。こうしたささやかな記憶を積み重ねていく体験こそ、宿がゲストに提供すべきもののように思います。だからこそ、記憶のなかに切り取られる1つひとつのシーンの印象が、とても重要になってくる。ふと手を伸ばしたテーブルの位置や高さ、ソファのファブリックの手触り、壁に投影される陰影といった、細やかな部分にまで気を配りながら、設計をしています。

「Kikka Hirado」の客室で最も特徴的な空間は、ソファを設えた大きな出窓です。美しい平戸の海の景色を切り取る、絵画の額縁をイメージしました。その絵画は、ただ景色を切り取った風景画なのではなく、ゲストがここに座って平戸の“風景に参加する”ことによって完成する。旅先の景色に参加するという非日常的な体験が、宿泊者の記憶に刻まれることを願って、デザインしています。

たとえるならその感覚は、19世紀中頃に、モネやルノワールなどの印象派と呼ばれる画家たちが、アトリエを出て屋外で光の移ろいを感じながら、その瞬間の風景の美しさを絵にしていたときのものに近いのかもしれません。光や影などの自然の美しさもあれば、にぎわいのような日常風景の美しさもあり、絵画として切り取られる瞬間はさまざまです。建築という額縁によって、誰かの記憶をより特別で鮮明なものにできたら、といつも思っています。

記憶の美しさに関わる設備とは

アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」のスイッチ
アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」のスイッチ
アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」のスイッチ
アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」のダウンライト

客室内のスイッチやダウンライト、感知器など、電気設備はすベてブラックで統一されている。スイッチにはマットなブラックの「SO-STYLE」を採用。どのスイッチかが一目でわかるよう、プレートにはユニバーサルなピクトサインがシルクスクリーンで印刷されている。
※スイッチプレートへのサイン印刷は設計者・施工者側で独自に実施。

アーキデザインの商品が採用された「Kikka Hirado」のベッドまわり

ベッド廻りも、設備設計の考え方は同じ。スイッチやコンセント類は、こちらもマットなブラックの「SO-STYLE」を使用している。

建築や設備は、あくまで額縁として存在すべき

居慣れない宿泊施設では、ネガティブな体験は、たとえ些細なことでもゲストに強い不快感を与えてしまう可能性があります。たとえば、眠っている際に空調の吹出し口と顔の位置が重なる、温度や湿度が気になって落ち着かないといった事態が起こらないよう、空気や温熱に関する環境設備は、より丁寧に設計することが求められます。そこがきちんと整っていなければ、いくらお金を使って空間を美しく設えても、ゲストが心地よく過ごせる空間にはなりえません。

光環境も、毎回知恵を絞るポイントですね。暗すぎると安全上の問題が生まれるし、明るすぎても空間の雰囲気が損なわれてしまう。また、事前に施主と空間の明暗の雰囲気やイメージを共有することも難しく、実際の空間で確認してみないと分からないことも多々あります。そのため、私は基本的には局部照明を採用し、テーブル、棚の展示物やアメニティ、足元や段差など、必要な場所に必要な照度を確保していくようなかたちで設計を進め、“光と影のバランスを整えていく”ことが多いですね。また、自分で設計したホテルには、必ず事前に泊まってみることしています。実際に空間を体験すると、気づかされることが本当にたくさんあるものです。そのときに気づいたことや使い勝手の体験をもとにして、完成後も引き続き検証し、安全のために照明を追加したり、雰囲気を出すために照明の位置を変更したりする場合もあります。それくらい、とても気を遣っている部分でもあります。

私は“設備を徹底的に隠したい”と考えているわけではありませんが、「設備は見えないけれど、快適な空間に整っている」状態は、設計者にとっては究極の理想のようにも思っています。当然ながら、心地よさとは決して環境面だけで成立することではないですよね。壁一面が美しく見えている必要がある場所に、スイッチプレートや点検口が設置されている状況は、やはり“心地よく整っている”状態とはいえないと思います。その状態を回避するためであれば、設備を限りなく目立たないように設計する必要もあるでしょう。主役はあくまでキャンバスに描かれる旅人たち。建築や設備は、あくまで額縁として存在すべきでしょう。

佐々木達郎建築設計事務所の佐々木達郎さんが設計した「Kikka Hirado」の図面

平面図[S=1:600]

Kikka Hirado

所在地 長崎県平戸市
構造・階数 共用棟=地上1階・木造
客室棟=地上2階・RC造
施工 日本エコネット
延床面積 647.8㎡

設計者から
Archi Designへのメッセージ

Designer's Insight for Archi Design

佐々木達郎建築設計事務所の佐々木達郎さん

[写真=嶋井紀博]

デザインと性能を備える器具を期待

これまで、細部にまで統一感をもってデザインされた設備器具が存在しなかったことが、設計を難しくしていた側面もあると思います。私はあらゆる寸法を1つずつこだわって設計するタイプですが、さまざまな事情でそれが難しいという設計者だって、たくさんいるはず。「Archi Design」のような、“これさえ使っておけば大丈夫”というプロダクトが登場したことで、光環境や空間そのもののクオリティは格段に向上するのではないでしょうか。

「Archi Design」で実現してほしい器具は、とてもたくさんありますね。たとえば、外径の寸法やモジュールを統一した照明や感知器、スピーカー、センサーなどを実現してほしいと思います。また、それだけではなく、ぜひ機能性にも踏み込んでほしい。できるだけ多様な光環境をつくりだすことができるように、配光や照度、演色性、色温度などを自由に選定できるような器具のバリエーションがあると、うれしく思います。今後、「Archi Design」のデザインで実現することを、期待しています。

佐々木達郎 佐々木達郎建築設計事務所

Archi Design(アーキデザイン)。電気設備を建築視点で考えるパナソニックの思想。

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