モデリング
モデリングとは
快適な室内環境のためには、人の顔や立体の見え方が重要な影響を持っています。
従来は作業面上の平均照度が重視されていましたが、最近では視野内の輝度分布を重視するようになっています。しかしいずれの場合も、問題としている面上に到達するあるいは発散する光の量だけを取り扱って、光がその面に到達する過程、すなわちどの方向からどれだけの量の光が到達しているかというようなことについては、あまり考慮されていない場合が多かったといえます。しかし光の来る方向は、物の見え方を左右し、よい質の照明をする場合重要なものです。光の当り方によって立体がどのように見えるかの一例を図1 に示します。
立体が曇天下のように、ほとんどすべての方向からほぼ同じ強さの光を受けるとき、立体上に生じるハイライトとシャドウは非常に薄く、室内の雰囲気は平板的で陰うつなものとなります。(図1 (a))一方、立体が暗室内のスポットライトで照らされたように、強い方向性をもった光で照らされたとき、立体に生じるハイライトとシャドウは非常にどぎつく、室内の雰囲気は硬いものとなります。(図1 (b))
このように立体に生じるハイライトとシャドウの濃さは、室内の雰囲気に大きな影響を及ぼします。さらにハイライトとシャドウの生じる方向も非常に重要です。たとえば、人物の顔や像などを真下からだけの光で照明すると、奇怪な印象のものとなります。
従って好ましい雰囲気を得るためには、拡散性の光と、指向性の光が適切に混合され、しかも指向性の光の照射方向が適当な範囲にあることが必要です。(図1 (c))
照明によって立体を適切に表わすことを「モデリング」といいます。
図1:光の当り方による立体の見え方
(a)
(b)
(c)
モデリングの研究
1.ムーン・スペンサ(Moon Spencer)の研究1)
アメリカのムーン・スペンサは、それまでに発表されていたモーテンセン(Mortensen)2)の「人の顔の最もよい写真は、顔面の最大と最小の輝度比が4:1のとき得られる」という考えや、ハーモン(Harmon)3)の、「児童に立体の形を認めさせるためには、立体における輝度比は3:1以上7:1以下であるべきである」という意見をさらに発展させて研究を行ないました。
ムーンらは、室内に置いたゴルフボールおよび石膏像についての主観的評価実験の結果、最大と最小の比をモデリングレシオ(modeling ratio)と名付けて、それが2:1~6:1が受け入れられる範囲であり、その中でも3:1が最も好ましいことを明らかにしました。
なお、ムーンらは対象の立体に対する光の方向の影響については何も述べていません。
2.ヒュウイット(Hewitt)らの研究4)
人の顔の石膏像のモデリングについての主観的評価を検討しましたが、好ましいモデリングの定量的結果を得るには至りませんでした。
3.カトル(Cuttle)らの研究5)
カトルらは、人の頭部を対象にして主観的に好ましいモデリングの得られる実験を行ない、光の方向を表わす照明ベクトルと、指向性の光と拡散性の光の比率を表わすためのベクトル:スカラ比とを用いて定量的に表現しました。※
※注
- 照明ベクトル(Illumination Vector, )
- ある面における表面と裏面の照度の差が最大となる量と、この場合の明るい面から暗い面への方向
- スカラ照度(Scalar Illuminance, Es)
- ある点における小球の表面上の平均照度
- ベクトル:スカラ比(Vector:Scalar Ratio, /Es)
- 照明ベクトルの絶対値対スカラ照度の比
好ましいモデリングが得られる範囲
(1)照明ベクトルの方向
方位w=0º、180ºのときモデリングは好ましくありませんでした。w=30~120ºの範囲で好ましいモデリングが得られました。高度 α=15~45°の範囲が最も好ましく、 α=90ºが最も好ましくありませんでした。
(2)ベクトル:スカラ比
通常の室内では決定することはできないので、視線があちらこちらを向いた場合にも適用できるように、方位wが30º、60º、90º、120ºの各場合について求めた、ベクトル:スカラ比の好ましい範囲を重ね合わせた図を作成しました。(図2)
なお、カトルらは、以上の結果は比較的立体角の大きな光源を用いた照明に適用でき、点光源による照明については必ずしもあてはまらないとしました。
図2:モデリングの好ましい範囲(視線の方位は任意)
4.フィッシャ(Fischer)の研究6)
フィッシャは、多数の天井照明器具が取り付けられている大きな部屋では、作業を行なう場所に対して、上半球のほとんどすべての方向から光が入射するため、拡散性の光が多く、立体のモデリングがよくないので、これを除くため指向性の強い光を真上から与える照明が受け入れられるかどうかの検討を行ないました。
照明ベクトルの方向が次の3種類
の場合について、人の顔およびいくつかの静物(花・テニスボール・白熱電球)について、主観的評価実験を行ない、次の点を明らかにしました。
- 人の顔については、前方からの照明が最もよいと判断されました。この理由は、人の顔の両側面の輝度が、対称的であることが好ましいとされたからであると考えられました。従って、正面からの照明の場合の方が、好ましいベクトル:スカラ比は大きくなりました。(図3(a))
- 静物については、側方からの照明が好ましいとされました。一般的にいえば、人の顔より静物の方がドラマティックな照明が受け入れられるようでした。(図3(b))
- 人の顔の場合も、静物の場合も、上方からの照明に対する好ましさの程度は、前方からの照明のそれと、側方からの照明のそれとの中間でした。この場合、最も好ましいベクトル:スカラ比は、人の顔に対して約1.5、静物に対して約2.0でした。
図3:人の顔(a)および静物(b)に対する3種のベクトル方向についてのモデリングの主観的評価
5.まとめ
このうちで、ヒュウイットのものは好ましいモデリングインデックスの範囲を設定するに至りませんでした。ムーンのモデリングレシオは、非常に簡単で便利な方法ですが、ムーンらは光の方向については何も述べませんでした。
カトルの研究とフィッシャの研究では、人の顔に対する好ましい照明ベクトルの方位が一致していません。
照明設計への応用
「モデリングの研究」3で述べたように、カトルらは真上からの照明は好ましくないとしました。一方、フィッシャは好ましくないとはしていません。従って、真上からの照明は一概に悪いとはいえません。
実際の室内での現行の照明設備は、天井に照明器具が規則正しく配置される場合が多いといえます。このような真上からの照明において、少しでも好ましいモデリングが得られるよう照明設計を行なうことが必要です。このような場合に対する、上記の照明ベクトル、スカラ照度の条件を得るための設計法を述べます7)。
照明器具が普通に配置され、障害物の置かれていない部屋でのスカラ照度は、理論的に次式で求められます。
Es=Eh(K+0.5ρf)
ここで
Eh:平均水平面照度
ρf:作業面の等価的反射率
K :照明器具の配光、室指数、室内各面の反射率により決まる定数
図4:Kの値
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Kを相互反射の理論によって計算したものを図4に示します。
また、照明ベクトルは次式で求めます。
よってベクトル:スカラ比は
で与えられます。
計算によれば、光の強さに対してρfの値は照明設備の配光より、はるかに大きく影響しています。
- a.
ρf<0.15の場合にはモデリングはどぎつくなりすぎます。
- b.
ρf=0.15程度の場合は、配光分類BZ5~6の光でよい結果が得られます。
- c.
ρf=0.25~0.3の場合は、配光分類BZ7~10の光を除くと大体よいモデリングが得られます。
- d.
ρf=0.35の場合は、BZ番号の小さいものでないとよいモデリングが得られません。
- e.
ρf>0.4の場合は、モデリングは平板すぎます。
モデリングは、現象としては古くから理解されてきていますが、定量的取り扱いについての研究はまだ結論には達していないというべきで、将来に問題が残されています。
(参考文献)
- 1)Moon,P.and Spencer, D.:Modeling with light, Jour. Franklin Institute, 251(1951)453
- 2)Mortensen,W.: Flash,San Francisco, Camera Craft Pub.Co(., 1947)134
- 3)Harmon,D.B.:The Coordinated Clossroom,Grond Rapids,Mich.,Am. Seating Co(., 1949)31
- 4)Hewitt,H.et al:. Lighting and the environment,Trans Illum Engng Soc.,30(1965)91
- 5)Cuttle,C.et al:. Beyond the working plane,Proc.CIE,P-67.12(1967)
- 6)Fischer,D.:The European approach to the integration of lighting and air conditioning,Lighting Res.and Technology 2(1970)150
- 7)Cuttle,C.:Lighting patterns and the flow of light,Lighting Res. and Technology 3(1971)171