Panasonic

美術館・博物館の照明

閉じる

美術館・博物館の照明の考え⽅

美術館・博物館などの展⽰スペースの照明は、展⽰内容によって照明⼿法が変わります。美術館であれば観賞が、博物館であれば観察・調査研究が主体となります。
観賞を⽬的とする場合は、展⽰物を好ましく表現することが望まれるのに対して、観察・調査研究を⽬的とする場合には、展⽰物の形、⾊、テクスチュアを正しく表現することに注意が必要となります。⽬的に合わせた快適な視環境を作るため、照度、視野内の輝度分布、不快グレア、反射グレア、影やモデリング、光源の光⾊と演⾊性などの検討が必要です。
また、美術館・博物館の照明は⼀般の照明と異なり、展⽰物の保護、損傷防⽌が重要となります。損傷は放射、光、温度、空気汚染などが原因で起こりますが、貴重な展⽰物の損傷を防⽌するため熱・放射の影響を⼗分に考慮した照度の決定が必要です。

1.照度

展⽰⾯の照度は、来館者が快適に疲れが少なく観賞、観察できる照明環境を作るように設定しますが、必要以上に照度を⾼くすることはグレアの原因となるばかりでなく、放射・熱により展⽰物に損傷を与えることになるため、控え⽬の値とします。屋内照明基準(JIS Z 9125-2023)(表1)、国際照明委員会(CIE)の基準(表2)がありますので、展示対象物により光・放射の影響を考えて照度を決定します。なお展示物表面の照度(lx)の上限値50 lx200 lxは、照度が50 lxに満たないと鑑賞に支障が生じ、200 lx以上に照度を上げても視覚的効果は劇的に高まらない、といった被験者実験のデータなどを根拠にして決められた値です。保全の点からは鑑賞に問題ないことが現場で確認できれば照度(lx)は極力落とした方が良いとされています。一方で、高齢者は若年者に比べると展示物を鑑賞するためには一般により高い照度が必要であり、展示物面照度50 lxというレベルでは鑑賞に支障を来す場合もありえます。そのような場合は、展示時間を減らして年間露光量の基準は満たすことにより、展示物面照度を鑑賞に支障のないレベルまで上げることを検討すると良いでしょう。

表1:屋内照明基準(博物館・美術館)1)

領域、作業又は活動の種類 推奨照度 () 演色性区分e)
入口ホール 100
ラウンジ 200 高C1
耐光性が高い展示品a) 高C3
耐光性が中程度の展示品b) 高C3
耐光性が低い展示品c) 高C3
耐光性はない展示品d) 高C3
映像 20 高C1
光利用展示部 20 高C1
ギャラリー全般 100 高C1
ホール 500 高C1
小集会室 500 高C1
教室 300 高C1
売店 300 高C1
食堂 300 高C1
喫茶室 100 高C1
研究室 750 高C1
調査室 750 高C1
収納庫、収蔵庫 100
洗面所 200 高C1
便所 200 高C1
廊下 100
階段 150

備考

  1. a)光に反応しない、変化しないマテリアルだけから作られているもの。
  2. b)僅かに光に反応する耐久性の高いマテリアルを含むもの。照度の上限は200 lxとする。
  3. c)かなり光に反応する変化に弱いマテリアルを含むもの。照度の上限は50 lxとする。
  4. d)光に強く反応すマテリアルを含むもの。照度の上限は50 lxとする。
  5. e)JIS Z 9112:2019の演色性の区分であり、普、高C1、高C2、高C3はそれぞれ、普通型、高演色クラス1、高演色クラス2及び高演色クラス3を表している。
  6. f)同屋内基準照明には、不快グレアについても規定されているが本資料からは割愛した。

表2:博物館収蔵品の光に対する応答度の分類と制限照度・限界露光量2)3)

カテゴリー
(材料分類)
説明 制限
照度
[lx]
限界
露光量
[lx・h/y]
1.応答度なし

全て不変の材料で構成され、光に対する応答度がないもの。例:ほとんどの⾦属、⽯、ほとんどのガラス、純粋な陶磁器、琺瑯、ほとんどの鉱物。

無制限 無制限
2.低応答度

光に対する応答度が低く、耐久性のある材料を含むもの。例:油彩画やテンペラ画、フレスコ画、染めていない⽪⾰や⽊、⾓、⾻、象⽛、ラッカー、幾つかのプラスチック。

200 600,000
3.中応答度

光に対する応答度が中程度である変質しやすい材料を含むもの。例:⾐装、⽔彩画、パステル画、タペストリー、印刷物や素描、原稿、模型、ディステンパー画(にかわによる絵)、壁紙、グワッシュ画(不透明⽔彩画)、染めた⽪⾰、植物標本や⽑⽪や⽻⽑を含むほとんどの歴史的天然物。

50 150,000
4.⾼応答度

光に対する応答度が⾼い材料を含むもの。例:絹、⾮常に変質しやすいとしられている⾊素、新聞。

50 15,000

表3:個別の重要文化財等の公開における留意事項4)

種類 照度条件
絵画 100 lx以下
版画 30日以内で50 lx以下
漆工品 100 lx以下
甲冑類 100 lx以下
染織物 80 lx以下
書籍・典籍・古文書 100 lx以下
近代の洋紙を利用した文書・典籍類、図面類、写真類 50 lx以下

2.照度均⻫度5)

照度むらのない展⽰をするためには、展⽰⾯の照度均⻫度(最低照度と最⾼照度の⽐)が0.75以上(床⾯などの反射光も含めて)となるように照度器具の配光、取り付け位置を検討します。

3.反射グレア

光沢のある画⾯、ガラス付の額縁やガラスケースに⼊った展⽰物では、光源が画⾯に正反射して映ったり、ガラス⾯に背景が映ったりして、観賞、観察の妨げとならないように、光源や展⽰物の位置を検討しなければなりません。
展⽰画⾯を観賞するときの画⾯からの視距離は、絵画の⻑辺の⻑さの1.5倍と⾔われています。⽇本⼈の⽬の⾼さの平均は約1.5mですから、光源の位置と視線との関係は図1となり、画⾯の上端で、正反射(10°の余裕を⾒込む)が起らない位置に光源を設置します。
この場合、光源の位置があまり画⾯に近づきすぎると、額縁の影を画⾯に落したり、図⾯の凹凸が⽬⽴ちすぎたりすることから、画⾯の下端から約20°以内に光源を設置することは避けなければなりません。
絵に対して低い⾓度で⼊射する光線は、絵の表⾯に影をつくり、正反射光が⼊る位置に光源があると、鑑賞者の⽬にまぶしさを与えます。したがって、光源は図1に⽰す範囲に設置します。なお、絵画の傾斜(t/r)は⼩型の絵画で0.15〜0.03程度、⼤型の絵画で0.03以下とします。

図1:光源の位置と視線の関係

4.展⽰物の保護と損傷防⽌

放射・光による損傷や変退⾊は、照射された光の量(照度×照射時間)に⽐例します。光源により損傷の度合いは異なりますが、図2に⽰す損傷の波⻑特性の通り300〜380nmの紫外線が95%、400〜780nmの可視光線が5%の損傷作⽤があると⾔われており、400nm以下の波⻑が特に有害です。表5に各種光源の損傷度を表わしますが、昼光に較べてLEDや蛍光灯の損傷度が低いことが解ります。中でも、⾼演⾊形直管LEDランプや紫外線吸収膜付蛍光灯(NUタイプ)は損傷度合が低く、美術館・博物館⽤として使⽤されます。しかし、紫外線吸収膜付蛍光灯を使⽤しても、⾼照度で⻑時間照明すれば損傷が起りますので、過度の照度を避け、照明する時間も短くすることに留意しなければなりません。
展⽰物の温度上昇は放射照度に⽐例します。表4に各種光源の単位照度当たりの放射照度を⽰しますが、この値が低いほど温度上昇を少なくすることができます。放射照度を低減させるには、⾚外線吸収フィルターを使⽤したり、光ファイバー照明を使⽤すると効果的です。LEDはこれらと同等レベルの効果が期待できます。

図2:損傷の分光特性の⼀例

表4:各種光源の単位照度当たりの放射照度

光源 単位照度当たり
の放射照度
〔mW/m2・lx〕
LED(⽩⾊) 3
シリカ電球(LW100) 57
ハイビーム電球(BS 100V 80W) 39
ミニハロゲン電球(JD 100V 150W/E) 56
ミニハロゲン電球・マルチレイア(JD 110V 85W・N/E) 45
ミニハロゲン電球・ダイクール(JD 100V 75W/E) 13
KTクリプトン電球(Lds 100V 75W・K・T) 55
蛍光灯(FL 40W) 10
蛍光⽔銀灯(HF 400X) 12
マルチハロゲン灯(MF 400) 10
太陽光(直射) 10

表5:単位照度当たりの損傷係数

種別 種類 ⾊温度
(K)
平均演⾊評価数
(Ra)
損傷係数
(D/E)
※相対値
(%)
⾃然光 天空光(天頂光⻘空) 11,000 - 0.480 100.0
天空光(曇天光) 6,400 - 0.152 31.7
太陽光(直射光) 5,300 - 0.079 16.5
直管LED
ランプ
⼀般形 5,000 84 0.009 1.9
⾼演⾊形 5,000 95 0.009 1.9
4,000 95 0.007 1.5
3,000 95 0.005 1.0
電球 シリカ電球(100形) 2,800 100 0.015 3.1
ハイビーム電球(100形) 2,750 100 0.010 2.1
レフ電球(屋内⽤100形) 2,750 100 0.008 1.7
ハロゲン
電 球
⼀般形・両⼝⾦(500形) 3,000 100 0.017 3.5
ミニハロゲン ⼀般形(100形) 2,850 100 0.013 2.7
マルチレイア(100形) 2,850 100 0.008 1.7
マルチレイアPRO(150形) 2,900 100 0.010 2.1
ダイクロビーム φ50(12V50W) 3,000 100 0.011 2.3
φ50(110V75W) 3,000 100 0.011 2.3
φ50(110V65W) 3,000 100 0.008 1.7
蛍光灯 ⼀般⾊ ⽩⾊(W) 4,200 61 0.025 5.2
⽩⾊・紫外線吸収膜付(W-NU) 4,200 61 0.010 2.1
昼⽩⾊(N) 5,000 72 0.032 6.7
昼光⾊(D) 6,500 74 0.033 6.9
⾃然⾊ 演⾊AA⽩⾊(W-SDL) 4,500 91 0.026 5.4
演⾊AA昼⽩⾊(N-SDL) 5,000 92 0.029 6.0
演⾊AA昼光⾊(D-SDL) 6,500 94 0.025 5.2
⾼演⾊ 演⾊AAA電球⾊(L-EDL) 2,700 95 0.007 1.5
演⾊AAA昼⽩⾊(N-EDL) 5,000 99 0.020 4.2
美術・
博物館⽤
⼀般形 演⾊AAA電球⾊・紫外線吸収膜付(L-EDL・NU) 3,000 95 0.006 1.3
演⾊AA⽩⾊・紫外線吸収膜付(W-SDL・NU) 4,500 91 0.013 2.7
演⾊AAA昼⽩⾊・紫外線吸収膜付(N-EDL・NU) 5,000 99 0.012 2.5
Hf形 演⾊AAA電球⾊・紫外線吸収膜付(L-EDL・NU) 3,000 95 0.008 1.7
演⾊AA⽩⾊・紫外線吸収膜付(W-SDL・NU) 4,000 98 0.010 2.1
演⾊AAA昼⽩⾊・紫外線吸収膜付(N-EDL・NU) 5,000 99 0.012 2.5
HIDランプ ⾼圧ナトリウム灯 効率本位形 直管形 2,050 25 0.007 1.5
両口径形 2,100 25 0.012 2.5
マルチハロゲン灯 標準形 Lタイプ 透明形 4,700 65 0.079 16.5
蛍光形 4,300 70 0.056 11.7
Sタイプ 透明形 5,500 65 0.120 25.0
蛍光形 5,000 70 0.094 19.6
SC形 Lタイプ 透明形 4,000 65 0.100 20.8
蛍光形 3,800 70 0.080 16.7
Sタイプ 透明形 4,200 65 0.060 12.5
蛍光形 4,000 70 0.038 7.9
⽔銀灯 透明形 5,800 14 0.182 37.9
蛍光形 3,900 40 0.103 21.5
LED 屋内ダウンライト・スポットライト用 電球色タイプ 約2,700 約92 0.004 0.9
白色タイプ 約4,000 約85 0.009 1.9

※LEDは当社測定結果に基づく計算値であり、公称値ではありません。※LED照明器具の種類、構造などにより、厳密には値が異なります。

※相対値(%)は、⾃然光(天頂光⻘空)との⽐較です。

5.光⾊と演⾊性

展⽰室に利⽤される昼光は、天窓または⾼い側窓(仰⾓45°以上)の天空光で⾊温度の範囲は6,000〜10,000Kです。これに対し使⽤される⼈⼯光は昼光の光⾊に近いものよりも、むしろ⾊温度の低い暖かみのある光⾊が好まれます。これはフランスのICOM(International Council of Museum)においても、展⽰物に対する推奨照度と併せて使⽤光源の⾊温度の推奨値も定めており、許容照度が低い展⽰物の照明には⾊温度約2,900Kのランプの使⽤を推奨しています。
昼光または⼈⼯照明によって照明される展⽰物の⾊は正しく再現されなければなりません。昼光の場合は、特別に紫外線や⾚外線をカットするフィルターを使⽤したりしないかぎり、⾊は忠実に再現されます。⼈⼯照明の光源の演⾊性は、可視波⻑領域の分光分布により決まります。平均演⾊評価数の⾼い光源(Ra=90以上の光源を使⽤することが望ましい)を使⽤するだけでなく、特殊演⾊評価数もできるだけ⾼い値の光源を使⽤することをお奨めします。

(参考文献)

  1. 1)屋内照明基準 JIS Z 9125 (2023)
  2. 2)国際照明委員会技術報告書(CIE-157-2004)Control of Damage to Museum Objects by Optical Radiation.
  3. 3)日本照明委員会:博物館展示物の光放射による損傷の抑制(CIE-157-2004:日本語訳)
  4. 4)文化庁 国宝・重要文化財の公開に関する取扱要項(2018)
  5. 5)美術館・博物館の照明技術指針 JIEG-012 (2021)

パナソニックの電気設備のSNSアカウント