タスク・アンビエント照明
タスク・アンビエント照明の基本的な考え⽅
1.照明の⽬的
照明の機能的な⾯での⽬的は、次の2つです。
(a)対象物が正しく、⼗分に⾒える
オフィス作業での書類や⼈の顔、⼯場の⼯作物や機械の操作部、店舗での商品など、視対象物(タスク)を照明することです。
(b) 周囲の環境や状況が分かる
天井・壁・床など作業者の周辺(アンビエント)を照明することで、安全性や快適性などに貢献します。
図1:従来照明⽅式とタスク・アンビエント照明
この⽬的を達成するため、従来の照明ではタスクとアンビエントの照明機能を分けて考えず、天井に均⼀に配した照明器具によってタスクに必要な照度を確保し、それによって得られる光でアンビエントの照明を兼ねていました。この従来照明⽅式に対して“タスク・アンビエント照明”とは、タスクとアンビエントそれぞれ専⽤の特性を有する照明設備を併⽤して照明する⽅式です。この⽅式はオフィスだけでなく、各分野で広く活⽤することができます。
2.作業環境の照明
従来、作業能率の向上は、作業動作の標準化や単純化により実現されてきました。しかし社会構造の複雑化やニーズの多様化など社会状況の変化や進展に伴い、作業環境も均⼀な集団に適したものだけではなく、それぞれの作業の⽬的や動作に適した環境づくりが必要とされてきています。したがってそこに望まれる照明は、
(a)作業形態の多様化に対応できること
すなわちオフィスの作業を例にとりますと、単に机を前にしての書類作成や他の作業者との打ち合わせだけでなく、OA機器を操作する作業(PCによる作業やCRTディスプレイの監視作業など)に対応できる照明です。
(b) 時間的な変化にきめ細かく対応できること
表1に例を⽰していますように、各施設において時間の推移ごとに作業や動作形態も変化しますので、それぞれの作業や動作形態に合わせた環境づくりができる照明です。
表1:時間推移に伴う変化
オフィス |
朝会→就業→昼⾷→就業→残業→終業など作業の変化。 会議や出張などの離席により⽣ずる必要空間の変化。 |
---|---|
⼯場 |
多品種少量⽣産により⽣ずる作業動作の変化。 ⾃動⽣産機械の定常稼働に対するチェック作業や機械保全作業への変化。 |
店舗 | 来店者数の多少や客層(年齢・性別)の変化 |
住宅 | くつろぎ、だんらん、⾷事、就寝など⽣活⾏為の変化。 |
これら、作業形態の多様化や時間的変化に対応できるよう、タスクとアンビエントそれぞれに専⽤の照明⼿段を駆使して作業に適した空間をつくるのが、“タスク・アンビエント照明”の基本的な考え⽅です。
タスク・アンビエント照明の具体的な照明⼿法
タスクライトの例としては図2のようなものがあります。
図2:タスクライト
アンビエントライトは、従来の天井取付器具(直接照明)の他に次のような⽅式があります。
- (a)直接・間接兼⽤照明(吊下型、床置型)
- (b)間接照明(天井付、吊下型、床置型、什器利⽤型)
これらのタスクライトとアンビエントライトの組み合わせが考えられ、⼀例を⽰します(図3)。
図3:タスクライトとアンビエントライトの組み合わせ例
タスク・アンビエント照明の適応分野
1.オフィス
「オフィスのタスク・アンビエント照明」で詳しくご説明します.
2.⼯場
⼯場でのタスク・アンビエント照明は、ファクトフリーや⼯作機⽤タスクライトがあります。
3.病院
病室での全般照明、処置灯、ベッドライトなどの考え⽅もタスク・アンビエント照明と⾔えます。
オフィスのタスク・アンビエント照明
本章では、オフィスのタスク・アンビエント照明について、その効果、留意点について述べます。
1.オフィスのタスクとアンビエント
主なタスクとアンビエントを表2に⽰します。作業形態の多様化や、時間的変化に対応できるよう、タスクとアンビエントそれぞれに専⽤の照明⼿段を駆使して、作業に適した空間をつくるタスク・アンビエント照明により以下の効果が得られます。
表2:オフィスの主なタスクとアンビエント
区分 | 例 |
---|---|
タスク | 机上の書類・紙⾯、キーボード、ディスプレイ、⼈の顔 |
アンビエント | 周壁(天井、壁など)、照明器具そのもの |
2.タスク・アンビエント照明の効果
(1)フレキシビリティ
業務に求められる内容が細分化し、各作業の照明要件が異なってきています。
⼀般的な書類作成のみでなく、カタログなどのように光沢のある印刷物を⾒る場合や、コンピュータ出⼒されたデータの検討など、視対象が⼩さい⽂字になることも多くなっています。
また、照明条件において作業者個⼈の好みというものが存在しますので、作業者が業務に合わせて⾃由に調光率や点灯姿勢を調整することができれば、視対象の⾒え⽅やその満⾜度も向上します。
(2)天井の輝度の確保も可能
従来の埋込型器具では、天井⾯の照度は机や床からの反射光だけで得られているため、あまり明るくすることができず、明るくするためには、作業⾯照度も付随して⾼くなっていました。タスク・アンビエント照明では、アンビエント照度をそれほど⾼くする必要がないため、天井⾯を専⽤に照明する照明器具を⽤い、天井⾯の好ましい照度(輝度)を確保しながら、その反射光により必要なアンビエント照度が確保できます。
また、タスクとアンビエントの併⽤器具の場合は、退出者がタスクライトを消灯した時でも、室内が暗くなって孤独な感じとなることを防ぐために、タスクライトとアンビエントライトを独⽴に点滅できるようにしておくことが望ましいといえます。
(3)省エネルギー
-
(a)
⼀般の作業においては、空間全体の状況を知ることよりも視対象をしっかりと視認することの⽅が重要なため、タスク照度をアンビエント照度より⾼くする必要があります。
従来のようにアンビエントとタスクの区別なしで全体を⾼い照度とする照明⽅式に⽐べ、タスク・アンビエント照明ではまずアンビエントとして必要な明るさを確保し、作業対象に対しては不⾜している照度を作業対象近接から専⽤の照明設備により照明し、必要なところへ必要な量の光を効率的に照射するため省エネとなります。また、離席者のタスクライトは消灯するなどの照明⼿法を採⽤することによって、更に省エネルギーが図れます。 -
(b)
パーティション使⽤時に効率的に光を確保
ここ最近、オープンな空間でコミュニケーションを重視する作業場と集中して作業を⾏う作業場の分離を⾏っているオフィスが⾒受けられます。集中するための準個室化された作業空間では、ローパーティションの採⽤を⾏うことが多く、その場合、パーティションにより光が遮られるという現象が起こります。
システム天井⽤器具を設置した空間(1m内側で平均照度750 lx設計)にローパーティションを設置した条件で机上⾯照度の低下について検討しました。シミュレーション条件を図4に、結果を図5に⽰します。ローパーテーションにより、アンビエント照明(全般照明)による光が遮断され、机上⾯照度が約40%〜85%に低下しています。アンビエント照明によりこの低下分を補うことを検討した場合、約1.2〜2.5倍の設備(光束)が必要となります。⼀⽅タスクライトであれば、近接から照明することで効率的に必要照度まで引き上げることが可能です。
図4:全般照明の配置、パーティションの位置
図5:ローパーティションによる照度低下
3.タスク・アンビエント照明の留意点
タスク・アンビエント照明の留意点としては、次の事項が挙げられます。
(1)アンビエント照明の照度確保
タスクさえ明るければアンビエントは暗くしてもよいと考えられがちですが、視野内の明暗が⼤きすぎる場合、⽬は疲労しやすく、⼼理的にも好ましくありません。
また在室者の顔の⾒え⽅も⼤切です。オフィスにおいて、タスク照度ごとに必要とされるアンビエント照度の推奨値を表3に⽰します。
表3:作業⾯照度に対する各⾯の所要照度1)
〔単位:lx〕
カテゴリー | 作業⾯照度 | 照度 | ||
---|---|---|---|---|
周辺の机 | 壁 | 作業⾯照度 | ||
Ⅰ | 300 | 300 | 220 | 370 |
500 | 430 | 290 | 470 | |
700 | 540 | 350 | 560 | |
1,000 | 690 | 430 | 680 | |
Ⅱ | 300 | 120 | 100 | 100 |
500 | 160 | 130 | 130 | |
700 | 210 | 160 | 150 | |
1,000 | 260 | 190 | 180 |
- カテゴリーⅠちょうどよい明るさ。
- カテゴリーⅡこれ以下に暗くすると我慢できない下限の明るさ。
(2)空間の明るさ感の確保
ただ単にアンビエント照度を下げてしまうと空間の明るさ感が損なわれ、陰鬱な空間となるため好ましくありません。オフィスにおいて、どの程度の明るさ感であれば許容出来るのか、当社にて、評価実験を実施しました。以下の図6のような空間で明るさ感を変化させて、暗さが気にならないか、また好ましい明るさ感かどうかを評価してもらいました。その結果、オフィスでは空間の明るさ感評価指標であるFeu値が8以上必要という結論を得ました(図6)。例えば⼀般の器具でアンビエント照度を300 lxまで下げてしまうと、Feu値8を下回ってしまいます。そのためアンビエント照度を確保しつつ天井⾯を明るくすることができる器具を利⽤することや、壁⾯を明るくする器具を併⽤することによって明るさ感を確保することが推奨されます(図7)。
図6:空間の明るさ感に対する主観評価実験
図7:空間の明るさ感が違う部屋の⽐較と明るさ感向上器具の例
⼀般の照明器具 | Feuアップ照明器具 | |
⼤きな部屋の場合 (天井⾯を明るくする) |
照度:300 lx Feu:6 |
照度:300 lx Feu:8 |
⼩さな部屋の場合 (壁⾯を明るくする) |
照度:300 lx Feu:6 |
照度:300 lx Feu:8 |
パネル付きLEDベースライト
下⾯にパネルを設置し、反射光により天井⾯を明るく照らすことで明るさ感アップ。
吊下型LEDペンダント
天井への光の広がりが良くFeuアップ効果が⾼い。天井の⾼い場所におすすめ。
LEDウォールウォッシャ
壁⾯を照射することで明るさ感アップ。天井際までしっかりと照らすことで暗がりをなくす。
(3)天井⾯の明るさのバランス
アンビエントライトとして間接照明が⽤いられることがありますが、天井⾯に極端な明るさの明暗が⽣じないようにすることが⼤切です。天井⾯に光ムラがあると、明暗差が⼤きいため煩わしく、不快感を⽣じる場合があります。当社にて、どの程度の明暗差であれば許容出来るのかを探るために以下のような実験を実施しました。図8のような空間にて器具直上と器具間の輝度⽐を変更し、器具間の暗さが気にならないか、天井の明るさのムラが気にならないか、また、天井⾯が好ましいか好ましくないかを評価してもらいました。それら全てにおいて許容限界を満⾜するためには、輝度⽐が器具直上:器具間=10:1未満であればよいという結論が得られました(図8)2)。
図8:天井の輝度ムラに対する主観評価実験
条件 | 輝度⽐ | 輝度(cd/m2) | |
---|---|---|---|
器具直上 | 器具間 | ||
1 | 300:1 | 3,000 | 10 |
2 | 100:1 | 1,000 | 10 |
3 | 50:1 | 570 | 11 |
4 | 30:1 | 400 | 13 |
5 | 10:1 | 210 | 21 |
6 | 5:1 | 150 | 30 |
7 | 1:1 | 55 | 55 |
(4)タスクライトの推奨配置
-
(a)
通常、タスクライトを紙⾯の前⽅に取り付けることが、照度分布が均⼀になりやすくて好ましいといえます。しかし、カタログなどのように正反射特性が⾼い紙⾯の場合は、反射グレアが⽣じがちです。したがって、反射グレアを防⽌する⾒地で、やや照度分布の均⼀性は損なわれますが、可動型のタスクライトを⽤いて、灯部を紙⾯の側⽅に動かすことにより対処できます。
したがって、紙⾯の反射特性に応じて、可動アームなどによって灯具の取り付け位置が⾃在に変えられることが望まれます。 - (b)視対象の⽂字が⼩さかったり、⾼齢者の⽅では照度が通常の1.5倍程度、必要な場合があります。
図9:タスクライト設置例
(5)タスクエリアの照度分布3)
タスクのエリア内で、照度に明暗の差がありすぎると、暗い側でものの⾒え⽅が損なわれ、また⽬も疲れやすくなるので、照度均⻫度をある範囲内におさえることが⼤切です。弊社で⾏った実験結果を以下に⽰します。図10に⽰すような側⽅照明のタスクライトにおいて、タスクのエリアを設定し、エリア内の最⼩照度を固定して、あるカテゴリーになるよう最⼤照度を調整する主観評価実験を⾏いました。タスクエリア内の照度均⻫度の推奨値を表4(a)(b)に⽰します。
図10:実験設備概要3)
表4:タスクの照度分布
- (a)第⼀エリアの照度均⻫度(最⼩照度固定)
最⼩照度 (lx) |
カテゴリー別最⼤照度(lx) | 照度均⻫度(最⼤照度/最⼩照度) | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
よい | ややよい | 限界 | よい | ややよい | 限界 | |
300 | 430 | 590 | 835 | 1.4 | 2.0 | 2.8 |
500 | 685 | 910 | 1,200 | 1.4 | 1.8 | 2.4 |
750 | 1,020 | 1,270 | 1,405 | 1.4 | 1.7 | 1.9 |
-
○
第⼀エリア
書類を想定した少し狭い範囲
360×310mm(A3サイズに近い)
- (b)第⼆エリアの照度均⻫度(最⼩照度固定)
最⼩照度 (lx) |
カテゴリー別最⼤照度(lx) | 照度均⻫度(最⼤照度/最⼩照度) | |||
---|---|---|---|---|---|
よい | ややよい | 限界 | よい | ややよい | |
300 | 570 | 900 | 1,300 | 1.9 | 3.0 |
500 | 975 | 1,350 | 1,720 | 2.0 | 2.7 |
750 | 1,270 | 1,720 | 1,950 | 1.7 | 2.3 |
-
○
第⼆エリア
机上⾯を想定した少し広い範囲
810×550mm(新聞紙⾒開きサイズ)
(6)タスクライトのちらつき防⽌
現在、LEDを⽤いたタスクライトが普及し始めていますが、100%点灯時にはちらついていなくとも、調光時にちらつくものがありますので注意が必要です。
(7)タスクライトの演⾊性
先に述べた通り、昨今LEDタスクライトが普及し始めていますが、中には平均演⾊評価数Raが低く、⾊が忠実に⾒えない器具が存在するので注意が必要です。照明基準総則(JIS Z 9110-2010)4)において事務所における推奨Raは80となっており、Ra80以上の器具を選択することが推奨されます。
(参考文献)
- 1)⽥淵義彦ほか:事務所照明における視作業対象と環境の好ましい照度バランスに関する研究,電気関係学会関⻄⽀部連⼤G13-13(昭57)
- 2)藤野,⽮澤,⻄村:オフィスにおけるタスク・アンビエント照明に関する検討,平成23年度(第44回)照明学会全国⼤会,5-17(2011)
- 3)松島公嗣,⽥淵義彦:机上⾯の書類の視作業における照度均⻫度の評価実験,電気関係学会関⻄⽀部連⼤G13-9(昭61)
- 4)照明基準総則(JIS Z 9110-2010)