電気交渉人 一之瀬愛理の人を動かすスキルアップ講座電気交渉人 一之瀬愛理の人を動かすスキルアップ講座

登場人物紹介

  • 一ノ瀬愛理

    一ノ瀬愛理

    電気交渉人。この連載の主人公。名前の「愛理」は両親が「愛(あい)と理(ことわり)の両方を持った人に育ってほしい」という願いを込めて名付けられた。後輩の小林さんと田中さんの良き相談相手

  • 田中さん

    田中さん

    真面目で技術に優れているけれど人との関係が苦手

  • 小林さん

    小林さん

    のんびり屋で明るく人から好かれるけれど段取りが苦手

第3回
交渉は「トレード」によりWIN-WINを目指す

電気交渉人 一之瀬愛理

今回は私の後輩に「トレード」という考え方について教えています。
一方的にこちらの理屈を説明したり、「お願いします!」<(_ _)>と懇願したりしても、相手の負担のうえで成り立つ交渉であれば、相手は受け入れないか、受け入れても不満は残ります。その後の仕事を円滑に進めるためにも、交渉はお互いにメリットがある形になるようにします。相手の立場やメリットも考えてあげることで、相手も自分も満足できるように交渉を進めます。
友人同士の場合には、このような交渉をしているはずです。「何が食べたいの?」と聞いて、自分が食べたいものと調整しながら、食事をする店を選んでいるのではないでしょうか。

技術に優れているけれど人との関係が苦手な田中君と、明るく人から好かれるけれど段取りがうまくない小林君と、交渉の基本を学んでいきます。

愛理
愛理

前回は、交渉は相手との信頼関係がベースになるという話をしたね。相手との信頼関係を続けるためには、相手の立場やメリットも考えて交渉することが大切だ。

田中
田中

交渉というと「こちらの意見を通すために、相手を説得する」というイメージがあるんですが…。

愛理
愛理

相手と意見が同じならば、交渉は必要ない。相手と意見が異なるから交渉が必要になる。しかし、「相手の意見を変えること」にとらわれてしまうと、お互いに対立して交渉はうまく進まない。

小林
小林

もう少しやさしく話してくれませんか。

愛理
愛理

姉妹が一つのオレンジを奪い合う話があるんだ。「自分がオレンジをもらいたい」と、どちらも言い争っている姉妹喧嘩だ。

田中
田中

オレンジを半分ずつ分けたらいいのに。

愛理
愛理

それも一つの解決策だね。この話では、「自分がオレンジをもらいたい」という意見ではなく、「なぜ欲しいのか」を話し合ったんだ。姉はマーマレードを作りたいから、妹はオレンジジュースを作りたいからということで、姉はオレンジの皮をもらい、妹はオレンジの中身をもらったんだ。この話はあくまでたとえ話で、どちらかの意見を押し通すのではなく、お互いにメリットのある解決策もあり得ることを示しているんだ。

小林
小林

僕がカレーを食べたくて、彼女がケーキを食べたいときに、カレー味のケーキを選ぶようなものかなぁ。

田中
田中

それとはちょっと違うと思うけれど…。

愛理
愛理

もし、姉が一方的に「言うことを聞きなさい!」とオレンジを取ってしまえば、姉が「勝者」で妹は「敗者」になり、妹は不満になる。姉が「しょうがないわね」とオレンジをあきらめたとすれば、妹は「勝者」になれるが、姉は「敗者」になって残念な気持ちになる。両者にメリットがある解決策が選べたことで、姉も「勝者」、妹も「勝者」になれたんだ。交渉では、お互いに「勝者」になること、「WIN-WINの関係」を目指すことが大切なんだよ。

愛理
愛理

人が価値を置いているものは、人それぞれ異なる。トランプで言えば、ある人は「スペードのエース」を、ある人は「ダイヤのキング」を欲しがる。だから、交渉によって、「スペードのエース」と「ダイヤのキング」を交換(トレード)するんだ。それによって両者が満足できる。1枚のカードを奪い合っては交渉にならない。

田中
田中

この間、営業担当がけっこう厳しい工期の現場を受注したんです。受注の経緯を聞くと、見積段階では競合A社に2割負けていたそうです。そこで工期を1ヵ月短縮する提案をしたところ、発注者は当社に決めたということです。発注者にとって、店が1ヵ月早くオープンできることが、2割原価が高いことよりも価値があったということですね。

小林
小林

実は最近ある発注者からご指名をいただいたんです。「君の仕事はほどほどだけれど、君といるとなんか楽しいから」ということらしいんです。これも「トレード」ですよね。

愛理
愛理

コストが少し高い程度ならば、「対応の良さ」を選ぶ発注者もいるね。

田中
田中

現場監督が発注者に工程変更をお願いするときに、自分の仕事のやりやすさばかり話すけれど、全体工程が短縮できるとか他業者との連携がうまくいくとか、発注者のメリットを伝えて交渉したほうがいいということかな。

愛理
愛理

発注者側が自分のメリットに気づいていないことも多いので、こちらで発注者のメリットを考えて提案すると、発注者も受け入れやすくなる。

小林
小林

こちらの要望をお願いするときに、相手のメリットを考えた交渉カードを準備しておくということですね。

交渉はWIN-WINの関係を目指す
田中
田中

交渉相手が何に価値を置いているのかを知ることが重要ですね。トマス・ハリスの「羊たちの沈黙」という小説で、主人公の女性FBI訓練生クラリスが、精神病棟に収監されている元精神科医レクターに、連続猟奇殺人事件の事件解決のヒントをもらいに行きます。最初は拒絶されていましたが、クラリスの私的な過去の記憶や話と引き換えに、アドバイスをもらうことができました。人が価値を置くものって、さまざまなんですね。

小林
小林

僕も面白い話にはかなり価値を置いているよ。

愛理
愛理

「トレード」は、交渉を進めるときの基本的な考え方の一つだ。交渉をどう進めたらいいのかを考えるときに、「アンカーリング」という考え方も知っておくと有利なので、次回は「アンカーリング」についてお話しよう。

give and take

著者:志村コンサルタント事務所 志村 満
イラスト:日暮里本社

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