一ノ瀬愛理
電気交渉人。この連載の主人公。名前の「愛理」は両親が「愛(あい)と理(ことわり)の両方を持った人に育ってほしい」という願いを込めて名付けられた。後輩の小林さんと田中さんの良き相談相手
電気交渉人。この連載の主人公。名前の「愛理」は両親が「愛(あい)と理(ことわり)の両方を持った人に育ってほしい」という願いを込めて名付けられた。後輩の小林さんと田中さんの良き相談相手
真面目で技術に優れているけれど人との関係が苦手
のんびり屋で明るく人から好かれるけれど段取りが苦手
今回は私の後輩に「バトナ」という交渉の考え方を教えています。もし相手が「どうしてもそれが欲しい」と考えていることがわかったら、交渉は有利に運ぶことができます。ちょうど競りで、どうしても欲しい者同士が、値段を吊り上げていく心理と同じです。
「バトナ」とは「交渉が決裂したときに、次にとる最善の選択肢」のことです。価格交渉では、この値段を割ったら撤退するという線引きのことです。撤退できるという選択肢がなければ、相手の要求にどこまでも引きずられていくでしょう。惚れた恋人の言うことに、別れてまで逆らえないのと同様です。
前回は、交渉の最初に提供する情報が、その後の交渉相手の判断を左右してしまう「アンカーリング」という考え方を学んだね。
相手に提供する情報で、相手の判断基準を誘導するということでした。
そして、田中君の話から、今回のテーマを「バトナ」と決めたんだったね。
そうです。すぐに着工しなければならない現場で、協力会社と値交渉もままならず、やや高めの発注をしてしまった話です。
もし、すぐに海外に移住するなどの理由で、自分の家を売ろうとする人がいて、売り急いでいたとしたら交渉はどうだろうか。
売り手に売らなければならない期限があれば、買い手の値引き要求に応じてでも、早く契約したいと思うでしょう。
買い手側が、売り手に期限があることがわかっていたら。
相場よりも安く、指値をしてくるかなぁ。
逆に買い手がその家を気に入ってしまって、どうしても欲しかったら。
今度は買い手は、多少高くても契約したいと思うでしょう。
売り手側が、買い手がとても気にいっていて、どうしても手に入れたいと望んでいることがわかっていたら。
相場よりも高い値段を言うだろうね。他にも買いたい人がいることを匂わせたりして…。
交渉では、選択肢が限られることは「交渉の弱み」になる。他の選択肢を持つことによって、相手の無茶な要求を避けることができるんだ。
たとえ選択肢がなくても、他にもあるようなそぶりが必要ということか。
ほんと彼女の気を引くために、もてる振りをするのも大変だなぁ~。
田中君、協力会社への発注の話では、交渉を不利にしないために、どうしたらよかったのだろう?
協力会社に「自分のところ1社しかいないぞ」と思わせないように、相見積りにしておくことです。それと、着工間近で交渉するのではなく、時間的に追い込まれないように、早く交渉を開始することです。
発注者に対しても、考え方は同じだよ。
工事が終了してから追加見積を出しても、なかなかもらえないですね。
「ない袖は振れない」とか言われてね。
早い段階、できれば追加工事着手前に交渉し、合意しておくことですね。それが無理でも、工事着手前ならば発注者はこちらの話を聞いてくれるし、追加予算の必要性を理解してもらえます。
早い段階ならば、発注者が追加予算を確保できないとわかれば、仕様変更等を代替案で出して、増減によって対応することができるかもしれない。
発注者から追加予算を獲得するという以外に、他の選択肢がまだあるということですね。
工事終了間近では、減額案もなくなってしまい対応できなくなる。
すべてが終わってしまってからでは、代替案なしということか。
資格試験間近になっては、手の打ちようがないということかぁ。
それは自分が怠けているせいだろう!
そうなんですけど…。
スコット・フィッツジェラルドの小説「グレート・ギャツビー」で、主人公ギャツビーが昔の恋人で、すでに結婚したデイジーにひたむきな愛を傾けます。デイジーの無責任と夫の嫉妬とで、最後は殺されてしまいます。恋は盲目というけれど、他に愛せる人ができてたら、こんな悲劇にならなかっただろうに…。
僕も彼女には振り回されてばかりいて、悲惨だけれどなぁ。
ところで、田中君と小林君はずいぶんと性格が違うね。性格の違う相手には、その性格に合ったアプローチが必要なんだ。ところが、同じアプローチしかしていないために、交渉がうまく進まないということも起こっている。次回は、タイプ別にみる対応方法を説明しよう。
著者:志村コンサルタント事務所 志村 満
イラスト:日暮里本社