特別インタビュー 水素社会の実現に向けて~水素基本戦略に見る水素産業の現状と課題~

一般社団法人 水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)事務局長 福島 洋 様

2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、次世代エネルギーとして注目を集める水素。
水素は使うときにCO2を排出しないことはもちろん、安定供給が可能で貯蔵や運搬にも対応できるという特長を備えています。2017年に世界で初めて水素の国家戦略として策定された「水素基本戦略」が2023年6月に改定されました。
今後、水素利用をどのように推し進め、水素社会を実現していくのか。乗り越えるべき課題は何か。
水素社会の課題を解決するために誕生した一般社団法人 水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)の福島洋事務局長にお話を伺いました。

電力から熱・燃料・原料まで拡がる水素の可能性

―はじめに、水素バリューチェーン推進協議会様の概要について、お聞かせください。

福島様:水素社会の構築を加速させるためには、業界横断的な取り組みが必要です。当協議会は任意団体として2020年12月に88社で発足し、2022年4月に一般社団法人として再スタートしました。2023年11月現在、413の企業・団体が会員として参加し、パナソニックを含む25企業が理事を務めています。

―カーボンニュートラルを実現するうえで、水素はどのような役割を果たすのでしょうか。

福島様:CO2排出の8割以上がエネルギー起源であり、その構成は電力分野が4割、非電力分野が6割です。電力分野とは発電に起因するもので、石炭ガス火力や天然ガス火力から、CO2を排出しない再生可能エネルギーに置き換えていく必要があります。水素は石炭や天然ガスと同様に燃やして発電することが可能で、しかもCO2を排出しません。そのため、天候の影響を受ける太陽光発電や風力発電などで需要を賄えないときの「調整電源」としての役割が期待されています。
一方、非電力分野とは産業・民生・運輸部門における熱や燃料によるものです。脱炭素化された電力による電化を進め、高温の熱が必要な産業など電化が難しい部門については、高温プロセスが可能な水素の活用が期待できます。燃料についても、水素を燃料とする燃料電池車(FCEV)であれば、CO2を排出しません。
さらにエネルギー以外の分野を付け加えると、例えば鉄はコークスという石炭の一種を使って酸化鉄から鉄に還元して製造するのですが、そのプロセスで多くのCO2を排出します。しかし、コークスの代わりに水素を使う水素還元製鉄ならCO2を排出しません。このように水素はエネルギー源として注目されることはもちろん、各種原料としても期待されています。

エネルギー3法の改正を皮切りに、水素活用のための法整備が進む

―世界中が水素に注目するなか、日本政府はどのような取り組みを進めているのでしょうか。

福島様:水素をエネルギー源として使っていくために、政府は2022年に「省エネ法」「高度化法」「JOGMEC法」のエネルギー3法を改正しました。
2023年4月施行の「改正省エネ法」では、エネルギーの使用合理化の対象に、化石エネルギーに加え太陽光・風力、そして水素などの非化石エネルギーも含めることになりました。さらに、工場等で使うエネルギーの非化石エネルギーへの転換を進めるため中長期的な計画の作成を求めています。
「高度化法」はエネルギーを販売する側に向けた法律で、電気小売事業者は2030年までに44%以上を非化石電力にすることが義務づけられています。今回の改正で水素・アンモニアを非化石エネルギー源として位置づけ、脱炭素燃料の利用を促進しています。
「JOGMEC法」では、JOGMEC(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)という組織がエネルギー関連事業の資金を出資・融資する際、従来は石油や天然ガスを支援していたのですが、水素とアンモニアが新たに加わりました。
3つの法律の改正は、水素を初めて非化石エネルギーとして位置付けたこと、次世代のエネルギーは水素とアンモニアであることを政府が明確に表明したものと受け取っています。

水素の特徴

●さまざまな資源からつくることができる
電気分解によって水から取り出したり(グリーン水素)、天然ガスなどの化石燃料から取り出したり、メタノールやエタノール、下水汚泥、廃プラスチックなど、さまざまな資源からつくることができます。
●長期貯蔵や運搬が容易
●エネルギーとして利用してもCO2を出さない
酸素と結びつけることで発電したり、燃焼させて熱エネルギーとして利用することができ、CO2を排出しません。

脱炭素社会実現に向けて10年間で150兆円の投資が必要

福島様:さらに2023年5月、2030年温室効果ガス排出量46%削減、2050年カーボンニュートラルを達成するために「GX推進法」が成立しました。この中で、政府は今後10年間で官民併せて150兆円の投資が必要であること、うち20兆円は政府がGX経済移行債を発行して調達し、全体の呼び水とすること、そして20兆円の債券の償還方法は、CO2排出量に応じた化石燃料賦課金の徴収や、発電事業者を対象としたCO2排出量の取引制度の導入により賄うことを示しました。こうした資金の一部は、もちろん水素に割り当てられると考えています。
同じく6月には「水素基本戦略」が改定されました。「水素基本戦略」とは、2017年に世界で初めて水素の国家戦略として策定されたものです。現在100円/Nm3の水素のコストを、2030年に30円/Nm3、2050年には20円/Nm3まで削減することを目標としています。水素の供給量についても、現在は約200万トンですが、2030年に300万トン、2040年には1,200万トン、2050年に2,000万トンへの拡大を目指します。水素をつくる側にも新たに低炭素目標を設定し、CO2を排出するグレー水素から、排出しないグリーン水素へと誘導する道筋を示しました。

※Nm3(ノルマルリューベ)…圧力や温湿度に影響されない気体量を指す単位。

水素の需要を増やすことが普及に向けた最重要事項

―政府がさまざまな法律を整備し、巨額の資金を用意して、水素活用推進に本気で取り組んでいることがよくわかりました。現時点で水素活用の課題はなんでしょうか。

福島様:いちばんの課題はコストの高さです。水素は現状の他のエネルギー源に比べて、圧倒的にコストが高い。前述の「水素基本戦略」にもあるとおり、政府も水素のコスト削減を目指しており、天然ガスとの価格差補填も視野に入れています。コストを下げるためには、何よりも需要を増やすことです。水素を大量につくって貯蔵することができれば、単位体積あたりのコストは当然下がります。コストが天然ガスよりも下がれば、市場原理で水素を選ぶ事業者が増え、さらにコストは下がるはずです。
前述の「水素基本戦略」で政府は2050年時点の水素供給量を2,000万トンに設定しましたが、当協議会で会員企業の水素需要を積算して試算したところ、6,945万トンの潜在需要があるという結果になりました。つまり、実際の水素の需要は政府の想定を大幅に上回る可能性があると言えます。
需要と供給の話はまるで「卵が先か、ニワトリが先か」の議論のようですが、水素に関しては需要を増やすことが世界的にも急務と考えられています。そのため、政府も当初はグレー水素でスタートすることを認め、需要を増やしながら、徐々にグリーン水素へと移行していく図式を描いています。

―具体的に、どのように需要を増やしていけばよいのでしょうか。

福島様:政府が「水素基本戦略」で示しているのは、①発電分野で水素と天然ガスの混焼を進め、徐々に水素の混焼率を上げて専焼を目指す、②燃料電池車だけでなく、鉄道、船舶、航空機など、さまざまなモビリティに活用する、③鉄鋼など、中・高温域の熱需要に活用する、④エネファームなど家庭用への普及を促進する、などの方策です。①の発電分野で混焼が進めば、低コスト化やCO2排出量削減が進みます。③の鉄鋼分野にも期待しています。大量の水素需要を生みますし、将来的に欧州がCO2を排出する鉄に高い関税をかけようとする動きもあるため、いち早く水素へ移行したいところです。
もちろん、コスト以外に水素インフラの整備も課題です。水素インフラについては世界が初めて挑む試みです。コストと安全面が解決できたら、 「水素を使ってカーボンニュートラルにしたい」と、考えておられる事業者も多いと思います。

水素の潜在需要予測

●協議会では、政府グリーン成長戦略における目標値も参考としながらも、会員企業とともに水素の潜在需要を推計。
● モビリティ分野では、FCV・FCバス、現在開発中の大型および小型トラックに加えて、中型・準中型トラックも対象とした。農機・建機についても試算対象と設定。
●船舶では、内航船に加えて外航船の国内給油分や漁船分も対象とした。鉄道、航空機についても試算対象と設定。
●e-fuel分としては、合成燃料の製造に必要な水素量を試算。

優れた水素技術でグローバル競争に打ち勝つ

―エネルギーの安全保障面での水素については、どのようにお考えですか。

福島様:ウクライナ情勢などを考えるとエネルギーの自給率を高めたいのは当然で、政府も国内製造の水素を増やしていきたいと考えています。この点に関しては官も民も同じ思いでしょう。
ただ、現時点では世界的にも水素製造は化石燃料からつくるグレー水素が圧倒的に多いといわれています。水の電気分解から水素をつくる実証実験も国内外で多数行われていますが、まだ社会実装には至っていません。また、日本は海外に比べて電気代が高いため、海外の割安な電気でつくられた水素を日本に運び、利用しようと考えている人が多いようです。その際、水素を液化して運ぶ技術が必要ですが、その点で日本は世界をリードしています。
ちなみに、陸続きの欧米では既存の天然ガスのパイプラインを水素に置き換えることを考えているようです。常温常圧であれば、現在のパイプラインもおおむね水素に利用できますので。例えば、都市ガスの代わりに水素が流通するようになれば、エネファームも都市ガスから水素を取り出す必要がなくなりますね。

―水素技術において、日本が海外をリードしているのはどのような分野でしょうか。

福島様:パナソニックは世界で初めてエネファームを量産化しました。燃料電池車もトヨタ自動車が最初に量産化しており、日本は技術力も商品化力もリードしています。インフラに関しても、川崎重工が世界初の液化水素運搬船を開発・建造しましたし、三菱重工は水素発電技術を現在実証実験中です。今後、水素をめぐっては熾烈なグローバル競争が待っているでしょうが、日本も決して不利な立場ではありません。
私たちは水素が日本企業の成長のきっかけになってほしいと願っています。各分野で各企業が技術力を高めて海外勢との競争に勝つ手助けを協議会がさせていただきたいと考えています。

官民、民民、国際間で協調し、水素社会の構築へ

―ここまでお聞きした課題に対して、貴協議会ではどのような取り組みを行っておられますか。

福島様:基本的に需要と供給を拡大していくのは個々の民間事業者の取り組みですが、現時点では官民が協力して水素社会を創り上げていく必要があります。
そんななか、私たち協議会の役割は、①民間企業と国の橋渡し、②会員企業間の橋渡し、③海外との橋渡し、と考えています。水素は新しい技術ですから、つくる側も使う側もわからないことが少なくありません。そのため、民間企業のさまざまな声を国に伝え、時には解決策を提案し、支援や制度の用意を促すことが必要ですし、会員企業間でも情報交換の場をつくり、民間企業同士をつなげていく予定です。さらに、水素社会は国内だけで完結するものではありませんので、海外との協調が必要です。海外にも私たちのような水素の協議会は数多くありますので、順次、協力協定を結んでいく計画です。
水素社会を創り上げていくためには、国内的にも国際的にもルール作りが必要です。そのような1企業ではできないことをサポートするのが私たちの役割だと考えています。

―水素社会のどの部分に、これからの電気工事業界のビジネスチャンスがあるとお考えですか。

福島様:今後のカーボンニュートラルへの道のりで、政府はまず省エネを徹底させ、次に再生可能エネルギーの主力電源化、非電力部門の可能な限りの電化を目指しています。ですから、電気工事は間違いなく増えます。省エネや再エネのプロセスでも電気を使いますし、各種機械を替えれば、当然そこに電気工事が発生します。おそらく新規工事も更新工事も増えていくでしょう。
加えて、水素の需要が増えれば、「水素を電気にかえる」「水素ステーションをつくる」など、さらに電気の需要が増え、電気工事も増えるはずです。電気工事業界の皆様にはぜひ人材を確保し、ビジネスチャンスの増大に備えていただきたいと思います。

他の記事一覧へ

パナソニックの電気設備のSNSアカウント