2022年6月号 未来の電力供給にむけた新しい挑戦!
熱電変換による新しい発電を目指して。

  • 長谷川 靖洋様

    埼玉大学大学院理工学研究科
    環境システム工学系専攻
    准教授
    長谷川 靖洋

  • 村田 正行様

    国立研究開発法人産業技術総合研究所(AIST)エネルギー・環境領域
    省エネルギー研究部門 グループ付
    村田 正行

  • 廣瀬 美緒子様

    日本アイ・ビー・エム株式会社
    IBMコンサルティング事業本部
    戦略コンサルティング
    コンサルタント
    廣瀬 美緒子

2050年カーボンニュートラルに向けて、効率的で無駄の少ない一次エネルギーの活用と循環を実現するイノベーション(技術革新)が、今まさに求められています。エネルギーの生産、供給から消費に至るさまざまな領域で、環境・経済政策(税制改革)とイノベーションが、課題克服の両輪として期待されています。その中で、廃熱をエネルギーとして再利用する「熱電変換技術」が、いま注目を浴びています。埼玉大学の長谷川靖洋准教授の下で「熱電変換技術」を研究され、 現在は大手コンピュータ関連企業でコンサルタントを務める廣瀬美緒子様に、「熱電変換技術の現在と未来」について、長谷川准教授と、廣瀬様の同窓で現在も熱電変換技術の研究を続けておられるAISTの村田正行様へインタビューしていただき、産・学・官各々の立場でお話しいただきました。

熱を電気に、電気を熱に。
実用化が進む熱電変換技術

―廣瀬様:熱電変換技術は、電気工学を専門に学んだ人にも実はあまり知られていません。エネルギー産業においてはどのような位置づけなのか、まずは長谷川先生からお話しいただけますか?

長谷川様:熱電変換技術とは、「温度差のある物質の両端には電位差が生じる」という現象を利用して、熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換する技術のことです。発電方法は、水蒸気を発生させてタービンを回す方法(機械発電)とそれ以外のタービンを回さない方法(直接発電)に大別できます。タービンを回す方法では、①火力発電など化石燃料を燃やしCO2が発生する発電方法と②水力、原子力、風力、地熱による発電などCO2が発生しない発電方法があります。タービンを回さない発電方法では、太陽光発電や燃料電池などまだまだ少数派です。「熱電発電」はタービンを回さずに熱を電気に変換する材料や素子を使って発電するため、廃熱を利用することで未利用熱エネルギーの再利用ができることが大きな特徴です。熱電変換の原理そのものは19世紀の産業革命の時代に発見されていますが、温暖化対策が叫ばれる今、CO2を排出せずに直接発電できる方法として注目され、日本だけでなく世界中で研究が進められています。

―廣瀬様:熱電変換技術とはどのようなものなのか、現在も産業技術総合研究所(以下、産総研)で研究を続けておられる村田さんからもう少し詳しくご説明をいただけますか?

村田様:物質の両端に温度差を与えると、そこに電気が発生します。この効果を「ゼーベック効果」といいます。反対に電気を温度差に変換する現象を「ペルチェ効果」といいます。ゼーベック効果もペルチェ効果も金属や半導体で観測される現象であり、産総研では、高い効率で変換する材料やデバイスについて研究しています。

長谷川様:電気工事会社の方には、「熱電対」の温度センサーがいちばん馴染みがあるかもしれませんね。あれもゼーベック効果を利用したものです。光ファイバーの工事をされている方なら、半導体レーザーの温度制御に使われているので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

村田様:ペルチェ効果も、吸熱=冷却に応用され、いろいろなところで実用化されています。例えば車載用の温冷庫や小型冷蔵庫などがそうです。パナソニック製品なら、ナノイー搭載ドライヤーのナノイー吹き出し口にペルチェ素子が使われていますよね。また、最近よく耳にする機器ですと、PCR検査装置にも使われています。
フロンなどの冷媒を使わないため、オゾン層の破壊や地球温暖化への影轡が小さい点では、地球環境にやさしい冷却方法ともいえます。

熱電発電実現への課題は発電効率と評価法の確立

―廣瀬様:2020年12月に政府が発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、エネルギー問題に貢献するイノベーションが期待されています。熱電変換技術の研究がカーボンニュートラル社会に貢献するイノベーションにつながる可能性について、どのようにお考えですか?

村田様:熱電変換を利用すると、これまで捨てるだけだった廃熱を使えるという利点があります。わかりやすい例で言えば、自動車のエンジンから放出される高温の熱源に熱電変換素子を設置し、廃熱を利用して発電させ、回収した電気をモーターや車内エアコンなどに活用することで燃費を改善させようといった研究が盛んに行われています。ただ、今後ガソリン車が電気自動車(EV)に置き換わると、廃熱が少なくなるので、エネルギー回収の効果に大きな期待を持つのは難しいでしょう。熱電発電がカーボンニュートラルに貢献するためには、大きなエネルギーを持つ熱源へのアプリケーションの提案が求められます。

―廣瀬様:熱電変換はタービンのような発電するための機械を使わずに、材料の力だけで発電できるという点でも注目されていますよね。

村田様:現状、熱電発電が期待されているのは、環境発電などの低い温度での微小エネルギーの回収です。例えば野外で焚火から携帯電話を充電できるアウトドア用品や、薪ストーブの熱で発電してファンを回して部屋中に温風を届けるといった温風器、体温で充電できるスマートウォッチなど、ごく小さな発電装置はすでに実用化されています。いまのところ、熱電変換材料は、熱電変換効率が数パーセントしかなく、研究室レベルでも十数パーセント程度ですので、現状は補助電源としての活用です。
発電用途で熱エネルギーから大きな電力を回収するためには、発電効率を大幅に向上させる何か大きな発見やブレイクスルーが必要にはなってきます。

熱電変換技術を説明するデモンストレーション。板の右側に貼り付けた熱電変換モジュールに手のひらを当てると、体温により温度差が生まれ、電気が発生。その電気を利用して、左側のファンが回る。
熱電変換技術を説明するデモンストレーション。
板の右側に貼り付けた熱電変換モジュールに手のひらを当てると、体温により温度差が生まれ、電気が発生。その電気を利用して、左側のファンが回る。

―廣瀬様:とはいえ、世界をはじめ、日本国内にも熱電変換技術に取り組んでいる研究者はたくさんいらっしゃいます。熱電変換材料の変換効率を上げるためにみなさん研究を続けておられますよね。太陽光発電も十数年前には現在のような高い発電効率を得られるとは想像できませんでした。そう考えると、熱電変換効率が今後飛躍的に伸びる可能性は、大いにありますよね。

長谷川様:おっしゃる通りです。熱電発電の大きな課題として、発電効率を飛躍的に伸ばすことがあげられます。現在、我々も含めて多くの研究者がこの課題に取り組んでいて、日々努力をされています。
エネルギーの需給の問題について話をするとき、火力発電や原子力発電のように何百kWも発電するものと、太陽光発電のように数kWしか発電しないものを同列の課題と捉えてはいけないと考えています。社会がどの程度のエネルギー量を必要とするのかを知った上で、再生可能エネルギーなどのイノベーションを考えなくてはなりません。日本は資源が少ない島国で、主な電源として火力発電でタービンを回すにも、そのための燃料を海外から調達する必要があります。エネルギー供給の問題には地政学的な一面もあり、そこを踏まえなければイノベーションにはつながりません。イノベーションへの投資が長期的に行われることを、社会全体が理解し支えることが大切なのではないでしょうか。

「熱電変換技術」とは

温度差のある物質の両端に電位差が生じる現象を利用して、熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換する技術のこと。1821年にドイツの科学者ゼーベックが発見したことから、「ゼーベック効果」と呼ばれています。廃熱として捨てられていた未利用エネルギーを再利用できるため、エネルギー・リサイクルの要の技術として考えられています。ゼーベック効果とは逆に、電気エネルギーが熱エネルギーに変換される現象は、1834年にフランスのペルチェが発見し、「ペルチェ効果」と呼ばれています。

「熱電変換技術」とは
■熱電変換の概念図
長谷川研究室のHPより引用

カーボンニュートラルに向けて、熱電変換技術が貢献できること

―廣瀬様:今のお話を踏まえて、村田さんは熱電変換技術にイノベーションが起きたときに、エネルギー面でどのような位置づけになるとお考えですか?

村田様:2050年に温室効果ガス排出量ゼロを目指すカーボンニュートラルですが、実はここ数年、日本国内の温室効果ガス排出量は目標に向けて着実に減少しています。主な要因は、コロナ禍により飛行機が減便したり、工場の稼働が止まったりしたこと、加えて、照明のLED化が進んだこと、と言われています。しかし、LED化はある程度進めば置き換えスピードが鈍化しますので、「そこから先をどうするか」が課題になっていくでしょう。国内のエネルギーの大きな割合が住宅やビルで消費されており、その中で「熱」に関するエネルギー消費量が大部分を占めています。カーボンニュートラルの実現には、ここでの使用量を減らさなくてはなりません。そこでエアコン・給湯器などをどのような技術で置き換えていくかを考えたときに、期待されているのが熱電変換技術です。エアコンのエネルギー消費効率(COP)は3から5ぐらいですが、熱電変換は現状2に達しないぐらいです。ここにエアコンに匹敵するぐらいの変換材料が登場すれば、技術の置き換えが進む可能性があります。熱電変換素子は小型化が可能であることから分散型の空調が実現すればエネルギー消費量を大きく削減することができます。熱電変換技術がカーボンニュートラルに貢献できる可能性がいちばん高い分野は、これら空調や給湯器の分野ではないかと私は考えています。さらには、この技術が色々な商品に活用され、エネルギー使用の合理化で省エネ化が進むと思われます。

日本におけるエネルギーフロー

―廣瀬様:現段階では熱電発電だけではなく熱電変換材料にも目を向け、ペルチェ効果も含めて、さまざまなかたちでカーボンニュートラルに貢献できる可能性があるということですね。

村田様:私が現在、産総研で研究していることが将来的に実用化すれば、従来に比べてはるかに簡単な構造のデバイスを実現でき、製造コストを大幅に削減できる可能性があります。それにより、いろいろなところで使いやすい熱電変換素子を作り出せるのではないかと考えています。

長谷川様:熱電変換は、近年これまで見えなかった部分が見えつつあります。イノベーションにつながる可能性は大いにあります。

村田様:今、地球温暖化問題が年々大きく取り上げられ、問題意識を持った若い人たちが増えてきています。その中からこの分野の研究に進もうという人たちがどんどん生まれて、新しい発想や研究の潮流が大きくなればなるほど、イノベーションは大きく加速されると思います。

―廣瀬様:熱電変換技術の研究者は世界中に多数いますが、日本は特に多いですよね。

村田様:国際会議などに行くと、日本の研究者はすごく多いですね。企業にも多く在籍されています。
使われていない熱を少しでも再利用してエネルギーとして電力に変換するという考え方は日本的な視点かもしれません。

長谷川様:やはりオイルショックを経た日本企業は、エネルギー問題に関する社会貢献意識が高いからでしょう。実際、太陽光発電、蓄電池、水素燃料電池あるいはハイブリッド車、電気自動車の分野でも常に先行して商品開発をしてきました。国や企業などに社会基盤とエネルギーへの危機意識を考える理念が、継承されているようにも思います。

未利用熱エネルギーの活用により想定される市場創出効果

住宅設備の省エネ化で、パナソニックが果たす役割

―廣瀬様:パナソニックへのコメントもいただけますか?

村田様:住宅はCO2排出量の中でも大きな割合を占めており、住宅設備の省エネ化は非常に強く求められている分野です。住宅設備と熱エネルギーは非常に関連が深い部分ですので、熱電変換技術との相性が良いと思います。住宅設備での使用に関してどのような性能が求められているのか、どの程度の耐久性が必要なのか、アプリケーションに向けた課題を教えていただきたいです。

長谷川様:私がパナソニックでいちばん認識しているのは、100V用200V用も含めたコンセント類です。パナソニックのコンセントは素晴らしく作りがいい。電気災害やトラッキングの報道も散見されますが、安全性も含めて、あのクオリティが普通に存在していることは日本の品質ならではです。ただ単に安いものではなく、製品評価されたものが普通に供給されていることがいかに有難いかを実感しています。

―廣瀬様:最後に全国の電気工事会社様へメッセージをお願いします。

長谷川様:オール電化住宅の普及により、家庭用の分電盤やヒューズに変化が起きていますよね。多くの方はコンセントにプラグを差したら電気を使えるのが当たり前と思っておられますが、実はそれは当たり前ではないと私は思っています。電気設備をきちんと理解されている電気工事会社の方々が設置してくださるから、私たちは安全に電気を使用して暮らせているわけで、電気工事会社の方々には普段から大変感謝しています。ちなみに、私は分電盤を開けたときに配線が美しいとテンションが上がります(笑)。これからも電気設備の進化にご対応いただき、私たちの暮らしやインフラ、そして日本の未来を支えていただきたいです。

長谷川研究室の実験室にて。長谷川様(右)が村田様(左)と廣瀬様(中央)に半導体材料の評価方法を説明している様子。
長谷川研究室の実験室にて。
長谷川様(右)が村田様(左)と廣瀬様(中央)に半導体材料の評価方法を説明している様子。

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