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堀木エリ子氏
株式会社 堀木エリ子アンドアソシエイツ
代表取締役
1962年京都生まれ。
1987年SHIMUS設立。
2000年株式会社 堀木エリ子アンドアソシエイツ設立。
和紙と光で“うつろい”を演出
私は「建築空間に生きる和紙造形の創造」をテーマに、和紙を手で漉くところから建築への設置まで一貫した仕事を手掛けています。もともとは銀行に勤めていましたが、転職先である和紙の商品開発会社の仕事で訪れた越前和紙の工房で、黙々と作業をする職人さんの姿に衝撃と感動を受けたことが今の仕事の原点になりました。手漉き和紙にはふたつ特徴があります。ひとつは使えば使うほど質感が増すこと、もうひとつは長く使っても強度が衰えないことです。和紙は長く使ってこそ本当の良さが分かるものなのです。ラッピングやレターセットのように一度きりで捨てられてしまってはその良さが伝わらない。どうしたら1000年以上も連綿と続いた技術を現代において長く使ってもらえるか、この技術を未来へつなげなければと考え、建築・インテリアに取り込む発想にたどり着きました。
手漉き和紙は一般的に約1,800×900mmの「襖判」が最大のものです。現代建築の広い空間に合わせるには襖判では小さい。そこで約2,700×2,100mmの大型和紙が漉ける道具と技術を借りて、そこから何を表現するかを考えていきました。
現代では「窓があっても自然光が入らない」、あるいは「窓さえない」という環境が多く見られます。古くから受け継がれる日本家屋では和紙を貼った障子から入る光によって時間や季節の“うつろい”が感じられます。白木の細い桟が直交する緊張感と共に、障子を通して入る光や影。私はこの“うつろい”のある空気感を、自然光が入らない空間にも持ち込もうとしたのです。
そのような変化を演出できないかと思いながら職人さんの作業を見ていると、和紙は薄く均一に漉けるため漉き重ねができることに気が付きました。そしてデザインの異なる層を漉き重ねることや、和紙の背面から少しずつ光を当てて徐々に他の層のデザインを浮かび上がらせることに考えが至り、“うつろい”を演出できると気付きました。こうして活動の方向が明確に決まったのです。今思い返してみると、活動を始めた時から常に光と一緒に歩んできたことになります。
光を操り、和紙を操る
手漉き和紙は、完成形を予測しながら計画を立てます。しかし実際は「こうデザインしたい」と思ってもなかなかその通りにはいきません。良い作品は、意図や作為を基にしつつも偶然性を引き出したときに生まれます。想像通りにいかないこともあれば予想以上の効果が出ることもある。そこが手漉き和紙の醍醐味であり厳しさです。光についても同じです。漉く前から光が透過したイメージは必ず頭の中にあって、常に和紙と一体で考えています。
私たちには和紙一枚から自由にデザインできる強みがありますから、光ムラができそうだと分かっていればそのムラを予め漉き込むことができるのです。たとえば、和紙の継ぎ目や桟が入る部分は“密”に、他の部分は段階的に“粗”に糸や繊維を漉き込み、全体の巨大なグラデーションの中で光のムラを加減する。いわばマイナス要素を逆手に取る工夫がデザインに取り込まれており、時には新しい技術につながっていきます。
これまで照明に限らず様々な分野の専門家とのコラボレーションにより新しい和紙を創ってきました。和紙はこうだからできない、照明はこうだからできないと言って諦めてしまうのではなく、マイナス要素まで生かす逆の発想によって実現していくことが大事なのです。
未来を考え、挑戦し続ける
新しいものを取り入れていく姿勢、つまり挑戦することはとても大事だと考えています。ひとつの例を挙げると、クライアントからピンクや紫の色味を要望された場合、私はまず和紙をどう漉くかを考えます。ピンクや紫の光を使うことは考えません。そして和紙の内側に色を漉き込む。漉きあがった和紙は一見すると白い和紙ですが、光が透過した時に内側の色が現れます。つまり和紙側で色を操ることができるのです。手漉きの和紙だからこそできる表現を求め、その価値を認めていただけるように努めています。
照明ではLEDが日々進化していますね。LEDが出始めた頃は光の伸びが悪く、色温度の幅も狭かったのでとても使えませんでした。ところが今は種類が豊富なうえに新しいものや実験的なものが次々に出てきます。しかし良いものができても活かす人がいなければ発展はしません。まさしく私たちの和紙がそうでした。最初は「使ってみよう」という思いで和紙を採用してくれた方がいて、進化していくことができました。LEDに関しても新たなものを取り入れることで、お互いの業界が発展できるような挑戦を続けていきたいと思います。