この企画ではワークプレイスの空間だけでなく、実際の使われ方を通して「場」がどのように育てられていくのか、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さんに、その新しい価値や視点をお聞きしながらさまざまな事例に触れていきます。
ナビゲーター・イラスト/西濱愛乃
西濱今回、ご紹介するのは、大成建設株式会社が進めておられる「ウエルネス作業所」です。
これまでの工事現場事務所は、工事中の場所に建てられたプレハブ建築で、快適と言えないケースも多かったといいます。
大成建設さんは、作業所で働く人たちに、より魅力的な職場環境を提供して生産性を向上するために「ウエルネス作業所」を整備し、各地で運用されています。本日、訪問したのは、最新のウエルネス作業所(千葉県某所)です。
新しい「ウエルネス作業所」の企画から関わってこられた大成建設株式会社 関西支店 設計部長の小林浩さんにお話を伺いました。
小林さん「ウエルネス作業所」とは、建築・土木のものづくりの最前線である作業所を仮設型ワークプレイスと捉えた取り組みです。作業の負担軽減や作業環境の改善に加え、社員・作業員間のコミュニケーション促進と心身の健康増進にも配慮した空間づくりにより、現場における生産性向上を図ることを目的としています。ここには、近年のオフィスに導入されている、ABWやWELLといった、働き方に合わせたワークプレイス・デザインを取り入れてた「ウエルネスレシピ」を100種類用意して、作業所の所長が各現場に合った項目を選んでいます。
2020年から作業所ごとにカスタマイズして各地で運用を開始。2021年にはグッドデザイン賞を受賞しました。
https://www.taisei-design.jp/de/works/2020/wellness.html
私は、オフィスの設計を手がけ、ワークプレイスもデザインしてきましたが、お客様が求めているものを、エビデンスを持って提供できないかと、京都工芸繊維大学 名誉教授の仲 隆介先生の協力を得て取り組んだのが「ナッジデザイン」です。
「ナッジ」とは、行動をそっと後押しするという英語で、行動科学の知見によって、より良い選択ができるように手助けすることです。特定の目的を持った人の行動を促す一面と、目的を持たない人に特定の行動を取らせるという2つの側面があり、政治や経済学では良く使われている考え方ですが、建築の世界ではエビデンスとしてあまり使われていませんでした。一つの例を挙げると、社員食堂のメニューの最初に健康な食事を掲載することで、社員の健康づくりを促すためなどに用いられています。
この手法を建築設計に採用すると、「向かい合うより隣り合った方が仲間意識が生まれる」という心理効果を使って、隣り合ったりL型に座るレイアウトにしたり、企業文化を自然に共有したい場合には個人席の周りに他人の打ち合せが聞けるようなコーナーを設けるなどが考えられます。
ナッジデザインを使うとワークプレイスの設計段階でKPI※設定ができるので予測を立てて、効果を数値化するという、効果測定が可能になります。これにより、コミュニケーションは上がっているがイノベーションが足りない場合は、イノベーションが起きる要素を加えるというように、ピンポイントで効率的なリニューアルが可能になります。
今まで、別担当者が担当していた従来型の「ウエルネス作業所」に、新設計担当者の藤本・林と共に、ナッジデザインを入れてバージョンアップしたのが、今回ご覧いただいている新しい「ウエルネス作業所」です。
※KPI:「重要業績評価指標」(Key Performance Indicator)の略で、最終的な目標(KGI)を達成するための中間目標となる数値指標です。
西濱どのようにして設計されたのですか?
小林さん当社独自のヒアリング手法に「T-パレット」というのがあり、アンケートを取って課題を抽出し、その中から積極的に答えてくれた人に個人的なヒアリングをしてニーズを深掘りします。これを利用して関東全域の作業所で調査をすると「顧客に自慢できるような現場事務所でありたい」という声がありました。
そうして考えたコンセプトが『クラフトマンシップに火をつける「戻りたくなる現場事務所」』です。
一般の建築ならどのような設計も可能ですが、現場事務所は基本的にはリースで、いずれは解体するか移設するものなので、1.8m×1.8mというモジュールを設定し、全てをピースとして構成しています。その中でも特徴的なのは、半透明のポリカーボネート建材です。外壁を断熱パネルにすれば暗いし、ガラスを入れると単相なので寒い。ところがこれは、明るさも取れるし断熱性能もあります。天井も天井パネルを外すことで木製のスケルトン天井にしています。
1階のINSPIRE GARAGE。木製のスケルトン天井
1階の会議室
右側の外壁が半透明ポリカーボネート製なので明るく断熱性がある。
写真左から小林さん、余合さん、西濱、仲先生。プロフィールは「旅人について 」をご覧ください。
この作業所は少しゆとりを持たせ、先程お話ししたナッジデザインを取り入れて、コミュニケーションの不足を解消したり、心理的な安心感や創造的に集中できるスペースなども設けたりしています。
2階の会議室
CREATIVE STUDIO
CREATIVE STUDIOの右は階段の吹き抜け
吹き抜けに面したリフレッシュコーナーで談笑する4人
林さん僕はオフィスの設計をしているので、小林さんから声をかけていただいて「ウエルネス作業所」の設計に関わりました。現場事務所が暑かったり寒かったりして、快適で綺麗じゃないと戻って来たくないですよね。こうして、決まったコンセプトが「戻りたくなる現場事務所」です。
現場事務所はお客様の費用で作るので華美なデザインは好まれません。だから、基本的には現場に良くある素材を使ってデザインをしています。たとえば仮設で良く使う単管のパイプで構成し、サインは黄色と黒の虎柄テープをモチーフにしています。
空間にはグリーンを使ってバイオフィリックを感じさせるとともに、心理学的にリフレッシュ効果を与えるようにしました。
特徴的なのは、建設業に女性の進出が増えてきたので、女性更衣室にパウダーカウンターを設けるなど、女性に配慮した設計になっている点です。
また、アンケートで多かった要望に「WEB会議にも利用できる個室」があったので、集中できるスペースとして3つの個室を設けています。
階段の手すりは単管のパイプで構成
2階への階段の壁面アートは林さんのご友人の作品
サインは黄色と黒の虎柄テープをモチーフに
グリーンを使って、心理学的にリフレッシュ効果を
女性更衣室に設けられたパウダーカウンター
WEB会議にも利用できる個室
西濱建設現場以外での用途も考えられていますか?
小林さんそうですね、災害時の防災拠点にも使うと思います。また、住宅地などで工事がある時に、殺伐とした作業所ではなく、こういう施設を地域の皆さんと一緒に使いながら気持ち良く建設工事が進められたら良いですね。
仲先生キャンプ用品のメーカーが本社を官庁街からキャンプ場に移しました。そういう環境の中にいる方がクリエイティビティが発揮できるし、やる気も出てくる。臨場感を感じながら働いた方が結果が出ると思うんですよね。建築設計も前段階から現場に居着いて設計できたらより良い発想ができるような気がしますがどうでしょう。
小林さん私はなるべく何度も現地に通うようにしていますが、そこだけに居るより色んなところを転々としながら仕事ができたら良いなと思います。
前回(Vol.05)のeXトレーラーで移動して、到着したウエルネス作業所と接続することによってコンテンツだけでなく景色が完成するということがあっても良いのでは…。
仲先生eXトレーラーが10台とハイブリッドLPガス電源車が来て、ウエルネス作業所に接続すれば、パワフルかもしれませんね。
余合さん長期にわたって使用する作業所だけでなく、短工期の現場や移動する現場もあるようなので、ウエルネス作業所とeXトレーラーが協力すると、よりきめ細かなサービスが提供できるのではと思いました。eXトレーラーに関しては、トヨタさんをサポートする形で、もっとウエルネスを追求していきたいと思います。
西濱何か、ワクワクしてきますね。ありがとうございました。
vol.05 移動するフェーズフリーのワークプレイス TOYOTA「eXトレーラー(仮称)」+ 大塚商会「次世代ハイブリッドLPガス電源車」
西濱「旅するワークプレイスメイキング」では、ワークプレイスの空間だけでなく、働き方を含めて生き方や、その新しい価値観を探っていく企画です。「場」をつくるだけでなく、どうアップデートしていくのか。その中で人と人とがどうつながって触れ合っていくのか。「場」や自然、人がどう関わり合っていくのか、旅をしながら探っていきます。次回もご期待ください。
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ご期待ください。
1983年 東京理科大学大学院修士課程修了。PALインターナショナル一級建築士事務所。1984年 東京理科大学工学部助手。1994年 マサチューセッツ工科大学建築学部客員研究員。1997年 宮城大学事業構想学部デザイン情報学科専任講師。1998年 同大学助教授。2002年 京都工芸繊維大学デザイン経営工学科助教授。2007年 同大学教授。2023年 同大学名誉教授。
1992年 トヨタ自動車株式会社入社。2001年 東富士研究所研究員として次世代ハイブリッドや、モーター制御による車両運動コントロールを研究。2004年 製品企画リーダーとしてLEXUSLS600hプロジェクトを牽引。2008年 トヨタ自動車を退社。2009年 余合ホーム&モビリティ代表取締役社長に就任。
京都工芸繊維大学デザイン経営工学科にて仲研究室を卒業後、設計事務所でワークプレイスデザインに携わる。2017年に株式会社NINIを設立し、京都に「HOSTEL NINIROOM」淡路島に「TORIKKA TABLE & STAY」を企画運営。
近年、働き方の多様化に伴い、ワークプレイスのあり方が変化してきました。在宅勤務が普及したものの、集まり、コミュニケーションを深める重要性が見直され、オフィスも再評価されています。オフィスではABWの考え方が広まり、働く場所を自分で決めるようになりました。これからの働く空間はどのようなものになるのかを考えました。この企画にあたって、タイトルに、「ワークプレイス」と、まちづくりで使われる「プレイスメイキング」を取り入れています。
これは、「人」を中心に「まち」を考え、つくり続けることと通じるからです。そして、ワークプレイスを什器やデスクのレベルから、「ワーク」と「ライフ」を分けないライフスタイル、そしてまちづくりのレベルまで広げ、さまざまな場所を訪れる計画を立てました。訪れるのは、オフィス研究の第一人者である仲隆介先生と、住まいやモビリティなど新しい生活空間の創出を事業にされている余合繁一さん。ナビゲーターは京都と淡路島で宿泊施設を企画運営している西濱愛乃です。