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Vol.11

石谷家住宅[鳥取県八頭郡智頭町]

山林経営の拠点となった大型近代和風住宅

因幡街道から見た石谷家住宅。主要な建物は主屋や7棟の蔵を含め20棟余。屋敷後方の山をはじめ、広大な山林を所有していた。

鳥取県八頭郡智頭町の石谷家住宅は、約3000坪の敷地に江戸~昭和期創建の20棟余の建物を有する大規模な邸宅。複数の建築様式が見られるほか、明治期以降に営んでいた林業に役立てるために多様な銘木を使用、優れた意匠の接客用座敷を持つなどの特徴がある。国指定重要文化財。

材木のショウルーム的な役割を担った土間。当時には珍しい明かり取りの光で巨大な梁がよく見える。
赤松やケヤキ、クリなど、良質な木肌が客の目に止まったであろう。
江戸期に上級武士の宿泊所だった家の格式を伝えるため、大正期に新築された総ケヤキの式台(本玄関)。
虫除けのために白太を削って八角形になった土間の梁。元はさらに太かったことになる。小屋組も見える。

石谷家住宅一帯は江戸期には因幡街道の智頭宿だった所で、鳥取藩主一行が参勤交代の際に止宿。大庄屋を務めていた石谷家は上級武士の宿となっていた。後に、大庄屋おおしょうや役を退いてからは主に宿場問屋を営んでおり、屋敷は街道に主屋が面する商家造りであった。明治中期になると石谷伝四郎が山林業を展開。県外に及ぶ広大な山林を所有し、山林王と呼ばれるほどに隆盛を極めた。

上客をもてなした江戸座敷は屋敷内で最も古く江戸末期創建。魔除けの意味を持つ猪目(いのめ)の書院障子が目を引く。
国登録記念物である池泉庭園の眺めが素晴らしい。

現在の屋敷構えは伝四郎が大正8(1919)年に着手し、約10年かけて行った新築・改築工事によるものである。建物を源氏塀で囲み、大門の奥に格式の高い式台をしつらえた姿は武家屋敷を思わせる。主屋は街道から奥まった所に新築、土間や田の字に並ぶ座敷を特徴とする豪農の屋敷の造りとなった。

新建座敷の床柱は笹杢(ささもく)の屋久杉、天井板には希少な春日杉を使うなど、各地から入手した銘木が見られる。
床脇の違い棚や地板は春慶塗、床壁は和紙の袋張りという趣向。

石谷家住宅には山林経営の拠点としての機能が見られるのも特徴である。土間の天井高は約14mあり、巨大な赤松の梁が見る者を圧倒する。1尺2寸(約36cm)の大黒柱や平物は地元産のケヤキ材、腰板には一枚板のクリ材を使用するなど、土間に面する囲炉裏の間で行われた商談の際にはショウルーム的な役割を担った。一般的に土間の梁は、くどや囲炉裏から上がるすすで黒ずむが、くど下に通した煙突で排気したり囲炉裏で薪の代わりに炭を燃やしたりして、銘木を美しく見せる工夫を凝らしている。

江戸座敷の面皮の長押。隅で面取り部分の幅を合わせた丁寧な仕事。
屋久杉の一枚板に桐の透かし彫りを施した新建座敷の欄間。
岡倉天心に才能を認められた智頭出身の仏師、国米泰石が手がけた。

主屋と畳廊下で結ばれた建物には特産の智頭杉を用いた応接や、江戸期創建で書院造りの江戸座敷、昭和16年頃に新築した新建座敷など、上客の接待用に技術の粋を集めてしつらえた部屋がある。50人以上いた山番の部屋や番頭が詰める店を含め、部屋数は40以上にのぼる。その規模と建築技術・意匠から高い評価を受ける近代建築である。

式台奥の応接には智頭杉を使用している。天井板は樹齢300年の材
来客用浴室のヒノキ材の天井。四隅に鶴のモチーフの湯気抜きがある。
来客用洗面所。網代組み天井と大理石の洗面台が特徴。
シオジ材のらせん階段。洋風の意匠は設計士の発案。
用語解説
【山番】
山の管理や木材の切り出しに従事する。
【袋張り】
壁紙の四辺にだけのりを付けて張る。壁紙の風合いが生きる。
【白太】
木材の樹皮に近い白い部分。腐りやすく、虫がつきやすい。

鳥取県八頭郡智頭町智頭396番地

協力
一般財団法人 因幡街道ふるさと振興財団
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