能舞台を屋内にしつらえた炭鉱王の邸宅

畳や敷居は可動式で部屋は座敷としても使用できる。
Vol.12
能舞台を屋内にしつらえた炭鉱王の邸宅
佐賀県唐津市の旧高取邸は、明治~大正期の炭鉱開発で名をはせた高取伊好の邸宅。数寄屋風の邸内に能舞台があることや、併設された洋間に特徴があり、杉戸絵や欄間の意匠も秀逸である。能舞台は本格的な設備だが、座敷としても使用できる工夫が施されている。国指定重要文化財。
高取伊好は江戸末期に儒学者の家に生まれ、幼少期に高取家の養子となった。その後、九州の炭鉱の近代化に寄与し、多くの苦難に遭遇したが佐賀県の杵島炭鉱の成功などによって「肥前の炭鉱王」と評された。
旧高取邸の主な建物は明治38(1905)年竣工の大広間棟と大正7(1918)年に新築された居室棟で、部屋数は30以上にのぼる。
大広間は観能時の客席であり、本舞台に畳を敷くと合わせて30畳の大座敷になった。
欄間の「天香図」はモダンなデザインの動植物がモチーフ。
儒家出身の伊好は豊かな教養を持ち、能をたしなんだことから大広間棟内に能舞台を設け、炭鉱事業などの来賓や町内の人々に能を披露したという。能舞台は鏡板や橋掛り、後座、地謡座を備える本格的なもので、音響効果を高めるために板床下の地面をすり鉢状に掘り下げたり、被り物を着けた演者に配慮して鴨居を高めに設置したりする工夫も見られる。この部屋は宴会用座敷としても使用したが、畳を外し、鏡板を敷居ごと後方にずらすと本舞台や後座に変わる。鏡板裏面には「蘭亭曲水図」の杉戸絵が描かれ、部屋の用途に応じて見せる面を入れ替えた。
居室棟は家人の暮らしの場だが、大玄関横には漆喰天井※や壁紙を貼った壁※、アール・ヌーボー調のシャンデリアを特徴とする洋間応接室がある。また、和風の書斎にマントルピースを作るなど、巧みに西洋式を取り入れている。建築の近代化が進んでいた当時、資産家の間ではこうした和洋折衷様式が流行したという。
「蘭亭曲水図」をはじめとする72枚の杉戸絵の多くは円山・四条派の絵師、水野香圃の作で保存状態は良い。孔雀などの吉祥文をあしらった欄間も随所に見られ、意匠にも見応えがある。敷地内には家族湯殿や昭和初期創建のワイン貯蔵庫も残っており、当時の暮らしぶりを伝えている点でも貴重である。
佐賀県唐津市北城内5-40