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Vol.20

国森家住宅
[山口県柳井市]

防火対策と機能性を備えた油商の大店おおだな

蔀帳を全開し、営業中のしつらえにしたみせ。客は通りからみせに上がったり、みせ先に腰をかけたりした。跳ね上げた蔀帳には軽い物なら載せられた(犬矢来は後世のもの)。

山口県柳井市柳井津は江戸期には岩国藩の御納戸(商都)として栄えた土地で、国森家住宅はその中心に建つ油商の大店。建物は商家としての機能性に優れ、また、当時、柳井津が4度の火災に遭った経験から随所に防火対策を講じている点にも特徴がある。国指定重要文化財。

国森家住宅は白壁の町並み(重要伝統的建造物群保存地区)の中心に建っている。正面のひさしも高さがそろい、美しい。
漆喰仕上げの土戸。隙間なく閉じて火を防いだ。
蔀帳の中・下段は柱の溝にはめ込み、跳ね上げ式の上段はつり金具を外して閉じた。戸締まりの済んだ夜のみせは使用人の寝所となった。

国森家住宅は、1768年(明和5)に柳井津でおきた大火の直後に国森家の前身・守田家が創建したと推測されている。守田家は江戸期に手船商や反物商を家業とした後、灯し油などを扱う油商も営み、柳井津の舟運の利便性を背景に広く九州~大坂を商圏として財をなした。その後、分家した国森家が建物を買い取り、現在に至っている。

みせの奥にあるよこざは主人の仕事場。八百万の神を祭ったという神棚がある。右手は主人夫婦の寝所兼なんど。
隠し階段の扉は白い壁のように見える。階段はここにしかなかった。

敷地は奥行きが長い短冊形。裏は柳井川に通じ、小舟で沖に停泊する本船へ荷を運んだ。建物1階には通りに面したみせから順に奥へ、どま沿いに5間がある。みせ正面に見られる建具は蔀帳といい、それぞれが上中下の3枚仕立て。営業中は最上部を屋内へ跳ね上げて使用人の布団置き場とし、残り2枚は取り外して収納した。みせを間口一杯に開き、
広々と使うための工夫である。商品や貴重品を保管した厨子二階は、強盗の際に家人の逃げ場にもなったため、唯一の階段には壁のように見える扉を付けて隠し階段にしている。

床の間、床脇を備えたざしき。ここで大切な来客を接待した。天井板や縁側の板戸は貴重な屋久杉材である。壁は土壁に襖紙を貼ったもので、汚れた時に貼り替えやすいようにした。

建物を土蔵造、本瓦葺としたのは類焼防止の配慮でもある。屋根は編んだ女竹の上に土を盛り、その上に瓦を葺いてさらに防火性能を高めた。また、建物正面を土戸で閉じる仕組みもある。土戸は板戸に土や漆喰を塗り重ねたもので、火災時は1本引きの溝に数枚の土戸をはめ、隙間に味噌を塗って密閉。もらい火を防いだという。

厨子二階。二重梁と太い4本の柱で屋根の荷重を受けている。民家では珍しい。柱は1階よこざの4柱と同じ位置にあり、四天柱のようなたたずまい。

防火対策によって屋根が重くなるため、二重梁式和小屋組にしているのも特徴。梁を支える2階の4本の柱は1階よこざの四隅の柱と同じ位置にあり、通し柱に近い構造である。1階の柱は礎石に載せただけであり、この構造で耐震性を高めたともいわれる。
国森家住宅はこうした特徴を良く残し、近世の商家の史料として貴重である。

用語解説
【蔀帳】
蔀戸しとみど。雨や日除けのための板戸の一種。柱間にはめ込む。
【二重梁】
大小の梁を上下二重に架け渡した梁組。
【和小屋組】
屋根を支える屋根裏の骨組みの一種。
【四天柱】
堂塔の中心に設けられた4本の柱。

(2015年撮影)

山口県柳井市柳井津金屋467

協力
国森家住宅8代目当主 國森重彦氏

現在は外からの見学のみとなっています。

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