脱炭素でWell-beingウェルビーイングなまちづくりのすすめ~先端技術・ICTを起点としたスマートシティによる横断的な課題解決~

  • 荒牧 敬次様

    公益財団法人 九州先端科学技術研究所(ISIT)
    専務理事・副所長
    九州大学 客員教授
    荒牧 敬次

人々の生活の中には、医療、少子高齢化、教育、環境・エネルギー問題、交通、自然災害など、多岐にわたる社会課題が存在します。近年、こうした地域における社会課題を、ICTを用いて解決をはかる取り組みがあります。
AIやIoTなどのデジタル技術やデータの活用によって、基礎インフラと生活インフラ・サービスを効率的に管理・運営し、環境に配慮しながら、人々の生活の質を高め、継続的な経済発展を目的とした「スマートシティ」の取り組みは、持続可能なまちづくりの実現、SDGsの達成に大きく寄与するものとして、いま改めて注目されています。
「スマートシティ」の可能性と課題について、九州地域で実証実験等を通じて長年研究をされている九州先端科学技術研究所 専務理事・副所長/九州大学 客員教授の荒牧敬次様にお話を伺いました。

いま注目されている「Well-beingウェルビーイング」と関係が深い
「スマートシティ」「スマートグリッド」

―スマートシティ構想は、日本では10年以上前から注目され、いくつかの都市で実証実験が行われています。改めて、スマートシティとは何か、ご説明ください。

荒牧様:スマートシティとは、一言でいえば、「都市や地域が抱える諸課題に対して、ICT等の先進技術とデータを活用し、産学官民が協力して実現する持続可能で幸福度が高く住み続けたいまち」のことです。
スマートシティの効果は、主に①安全で質の高い市民生活・都市活動の実現、②持続的かつ創造的な都市経営・都市経済の実現、③環境負荷の低い都市・地域の実現、の3点に集約されます。
スマートシティは、歴史的にはスマートグリッドからスタートしています(表1参照)。スマートグリッドとは、これまでの電力ネットワークを見直し、ICT技術や再生可能エネルギーなど新しい発電方法を組み合わせ、エネルギー調達や供給方法も見直しながら新しい電力網で一体運用をすることで最適なシステム化を推進する取り組みです。これにはスマートメーターで集められたデータの利活用が重要で、リアルタイムで建物すべてのエネルギー需給をクラウドを通じて一元的に把握・分析して、エリア内で効率良く電気を送電するシステムの開発が必要になります。
これによりエリアでの全体最適化を進めることが可能になり、脱炭素社会への取り組みにもつながります。ここで大切なのは、スマートシティの最終目的は省エネ化や効率化だけではなく、その先にある「人々の幸せ」であって、あくまで「人間が中心」であるということです。最近ではスマートフォンの位置情報や衛星データ、SNS情報などによって、人の動きをよりリアルに収集する試みも見られます。データの解析には今後AIの活用が期待でき、更なる社会課題の解決にもつながります。人が身体的、精神的、社会的に良好で満たされた状態を指す「Well-beingウェルビーイング」が最近注目されていますが、スマートシティが目指すものは、まさに「持続的な」社会への充足感ともいえます(表2参照)。
コロナ禍においては人々の生活やビジネスのスタイルが大きく変わり、リモートワークなどが可能となったことで、地方移住の動きも顕在化してきました。そういう意味でも近年スマートシティの在り方に変化が生じています。
この機に、データや新技術を駆使しつつ、豊かな自然環境のもと質の高い生活を享受することのできる「スマート・ローカル」に取り組むことで、地域間格差といった社会課題を解決する糸口が見えてくるのではないでしょうか。

※ICT:Information and Communication Technology:情報通信技術

実証実験で試されるスマートシティにおける
コミュニティ機能が生み出す大きな可能性

―従来のスマートシティと近年のスマートシティの違いはどのようなものでしょうか。

荒牧様: 以前のスマートシティの取り組みでは、エネルギー需給の最適化など個別の問題の解決を目指す「個別分野特化型」が中心でしたが、近年ではICTなどの更なる先端技術を活用し、分野を越えたデータの連携を図ることで、エネルギーをはじめ、医療・健康や子育て・教育、通信、交通、環境問題など、複数の課題を幅広く統合的に解決しようという、「分野横断型」の取り組みが増えています。
「分野横断型」では、基礎インフラの改善だけでなく、地域住民のQOL(生活の質)向上を図るデジタルサービスが求められています。各分野での都市課題に対し個別に対処するのではなく、分野間が連動し、全体最適を可能とする形態を目指す必要があり、そこには大きなポテンシャルがあります。日本ではまだ実証実験の段階が多いですが、世界各国の都市でスマートシティの取り組みが先行して進められています。例えば、オランダのアムステルダムでは、地域課題解決と共に地球環境との共存までスマートシティのデザインに取り込んだ取り組みがなされています。
ICTやAI、IoT技術はすでに様々な分野で活用されています。例えば、店舗での無人決済や交通機関での無人改札、オンラインでの遠隔診療サービス、テレワーク会議ツール、スマートメーターによる電力の見える化、家電の音声操作・遠隔操作などがその一例です。
また、自動運転技術やドローンによる無人配送、インフラ設備の保守・点検管理、農業や工業のDX化などの実証実験も進められてきました。我々ISITも、約1000社の会員を持つ「福岡DXコミュニティ」、九州全県を含む300以上の自治体ユーザーを持つ「BODIK(ビッグデータ&オープンデータ・イニシアティブ九州)」などの産学官による実証実験を通じて、いよいよ社会実装する段階へと移行しつつありますが、コロナ禍において、市民の生活や社会活動が大きく転換していく中で、さらにその動きが加速します。スマートシティの実現には「センシング技術」や「通信技術」、「データ解析技術」、「可視化技術」、「自動化技術」など様々な技術の強みを活かして、いかに連携していくか、より最適なシステムを実証によって希求するプロセスが急がれています。

―九州大学でのお取り組みについて、お聞かせください。

荒牧様: 九州大学では、10年ほど前から共進化社会システム創成拠点(九州大学COI)として、都市としての持続的な変化・成長を可能にする「社会システム基盤(都市OS)」と持続性ある「事業構造(ビジネスモデルと事業組織)」の産学官連携での構築を目指した取り組みを行ってきました。これらは2021年に政府が掲げた「デジタルの力で地方が抱える課題を解決し、すべての人がデジタル化のメリットを享受できる心豊かな暮らしを実現する」という「デジタル田園都市国家構想」の九州地域での実現に向けた動きに繋がっていると考えています。
福岡市でもまちの「安心・安全」および「賑わい創出」にかかる都市サービスの社会実装を推進するべく、繁華街に設置したAIカメラから得られる「属性付き人流データ」の人流分析実証実験や、九州大学箱崎キャンパスの跡地で産学官民が連携して進められているスマートシティ計画「FUKUOKA Smart EAST」などもその一例です。
また、伊都キャンパスは単一キャンパスとしては国内最大級で、キャンパス内で無人バスやAI運行バスの走行実験を行うなど、スマートシティに向けた重要な実証フィールドでもあります。このAI運行バスは、リアルタイムに発生する乗降リクエストに対して効率的な車両・ルートを自動的に算出し、スマホのアプリを使うことでどこからでも乗車予約が可能です。伊都キャンパスでは2017年10月から実証実験が行われ2019年4月から本格的に導入しています。

スマートシティがもたらすもの

―荒牧様は10年ほど前に北九州市においてスマートコミュニティの実証実験に従事されました。どのような実証実験だったのかお聞かせください。

荒牧様: 2010年度から2014年度までの5か年計画で、北九州市において、「北九州スマートコミュニティ創造協議会」を設立し、日本IBMや新日本製鐵(現 日本製鉄)、富士電機、安川電機など、77の企業・団体・大学などと共に実証実験を行いました(表3参照)。
スマートコミュニティは、エネルギーの最適化を図る次世代送配電網であるスマートグリッドをベースとした情報ネットワークを中心に、住民自身も参加し環境負荷が少ないまちを実現するものです。
それには大きく2つの柱があり、1つは各種エネルギー管理システム(EMS)を中心とした技術実証です。太陽光をはじめとする再生可能エネルギーの出力は変動が激しく、大量導入すれば電力ネットワークに電圧の上限や周波数調整力の不足といった課題が生じます。これらを、CEMS、BEMS、HEMSといった各種EMSや蓄電池などを活用してコントロールし効率化をはかりました。
もう1つが「デマンド・レスポンス」社会実証である国内初の実電力契約によるダイナミックプライシング、すなわちリアルタイムな変動料金制です。需給バランスに応じて電気料金を変動させ節電を促すもので、これによって約20%の節電効果が確認されました。
北九州市の東田地区という地域は、新日本製鐵(現 日本製鉄)八幡製鉄所操業地の再開発地域で、当時としては国内で唯一、全ての家庭を含む地域全体が大手電力事業会社ではなく隣接する製鉄所から電力が供給されている特定供給エリアでもありました。そのため、地域コミュニティのつながりが強く、既存居住地域でありながら、約90%の家庭、100%の事業所が実証実験に参加いただき、統計的優位性のある貴重なデータを得ることができました。元来、日本の人たちは海外に比べて、社会課題の解決に向けた地域の取り組みに対して献身的です。脱炭素社会の実現を目指すには、技術のみならず、国民一人ひとりの行動変容をいかに促すかが重要なポイントではないかと思います。そのためには、産学官民が互いの立場や利害を理解し、信頼関係を構築して共働していくことが不可欠です。
自然環境や景観などを大切にしながら、地域課題の解決に向けて、そのエリアや都市がスマートシティ化することは、地域の利便性や快適性などが向上し、「ここで幸せに暮らしたい・暮らし続けたい」という「Well-beingウェルビーイング」視点での新たな価値をもたらし、様々な経済効果をもたらすと考えられています。ICT化そしてデータ利活用が益々進展する中で、スマートシティは今後のまちづくりの考え方の基本となるでしょう。

水素エネルギーの研究・開発・実証に40年以上携わってこられた
水素研究の第一人者である秋葉悦男様にお話を伺いました。

  • 秋葉 悦男様

    公益財団法人 九州先端科学技術研究所(ISIT)
    グリーンイノベーション推進室長
    九州大学 名誉教授
    国立研究開発法人産業技術総合研究所
    名誉リサーチャー 理学博士
    秋葉 悦男

脱炭素社会に向けて、次世代エネルギーとして注目されているのが水素エネルギーです。水素エネルギーの研究において、九州大学は世界をリードしており、2005年に移転した伊都キャンパスを「水素キャンパス」と宣言し、水素利用技術の研究開発拠点および社会実証の場としています。なかでも、水素エネルギー国際研究センターは、水素・燃料電池に関する多様なシーズを生み出すための学内共同利用施設として「水素キャンパス」を目指す九州大学伊都キャンパスのシンボルとも言える存在です。
現在の日本では年間約200万トンの水素が製造されていますが、これらの用途はほぼ化学製品の材料で、エネルギーとして使用されている水素は約240トンしかありません。そんな中、パナソニックは早くからエネファームを実用化し、純水素型燃料電池も発売しました。
2021年、政府は水素エネルギーの技術開発に2兆円の基金を支出しました。今後、水素活用のための技術開発が進んでいくのではないかと期待しています。

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