広報誌掲載:2010年11月
急成長するアジア、その都市は数多くの課題を抱えている。翻って、アジアをリードしてきた日本も公害問題など数々の課題をクリアしてきたものの少子高齢化やエネルギー問題を抱えたままGDP世界2位の地位を中国に譲ろうとしている。東京大学グローバルCOE(Centers of excellence Program)の一つである「都市空間の持続再生学の展開」の拠点リーダーである藤野陽三氏に、持続可能な都市についてたずねた。
文部科学省は『大学の構造改革の方針』に基づき、2002年度から21世紀COEプログラムをスタートし、生命科学、医学、数学・物理学、化学・工学、人文科学、社会科学、学際領域といったあらゆる学問分野にわたって教育研究拠点の公募を行ないました。この後継として '07年に発足したプログラムがグローバルCOEです。'03年度に東京大学の「都市空間の持続再生学の創出」が21世紀COEの拠点の一つとして採択され、'08年からGCOEとして「都市空間の持続再生学の展開」が再出発しました。これは、都市工学、建築学、社会基盤学の三つの学問領域を融合して、世界の持続可能な都市の形成・再生に貢献するための教育研究活動です。これまで、学問領域としては都市工学、建築学、社会基盤学は個々に分かれていました。しかし、少子高齢化や環境保全など、課題が多様化する中、個別の学問分野による問題解決には限度があります。将来にわたって持続する都市を築くためには、総合的な学術の体系化が求められているのです。
人々は仕事や情報、サービスなどを求めて都市に集まってきます。今では8割の人が都市に住んでいるといいます。世界で本格的に大都市が形成されはじめたのは19世紀の産業革命以降で、その後の爆発的な人口増加によって21世紀には世界中で数多くの大都市が誕生しました。
わが国でも、高度経済成長期に本格的な都市への人口集中が進み、多くの都市が拡大成長を遂げました。社会が大量生産・大量消費の時代から脱工業化・情報化の時代へと変わり、少子高齢化、地球温暖化と資源問題、歴史文化の喪失などの問題が浮上してきました。このような中で、『成長を続ける都市』と『衰退する都市』の二極化現象が20世紀後半から起きています。人口が一千万人を超えるメガシティは20年前には8都市しかありませんでした。しかし、現在では20となり、20年後には30を数えるといわれています。20年前のメガシティといえば、東京やニューヨークなど、比較的先進国に多かったのですが、今ではアジア、アフリカにメガシティがどんどん誕生し、またしようとしています。急速な経済発展を遂げる途上国では、エネルギー、人口、食料、水、公害など深刻な問題は数え切れません。メガシティをいかにエネルギー負荷の少ない都市にするのか、環境保全と成長をいかに両立させるか、高密度であるがゆえの災害への脆弱性にいかに対応するか、課題は絶えないのです。
仕事をはじめ、さまざまな社会活動が高密度に行われる都市空間には、オフィスビルや商業施設、住宅などが建設されています。また、都市内や都市間で人やモノが高速に移動できるための道路や鉄道ネットワークも整備されました。さらに上下水道、エネルギー、情報のためのネットワークや都市公園なども欠かすことができません。このように、都市と都市間には膨大な都市基盤が建設され、活動の基盤を作ってきました。このような都市基盤と、それが形成する町並みや景観を総称して、アーバンストックと呼んでいます。
人工物であるアーバンストックは、時が経るにつれて劣化し、機能が時代に合わなくなるケースも出てきます。1995年の阪神淡路大震災で経験したように、古くて耐震性能が劣ったストックは凶器にもなります。一方、歴史的・文化的価値が生じるストックもあります。20世紀はインフラの建設が中心でしたが、地球温暖化問題や資源枯渇問題を考えれば、21世紀は今あるアーバンストックをいかにうまく保全・保存し、活用するかが課題になっています。
21世紀に求められる都市空間の考え方は『都市形成』から『都市再生』へとシフトしつつあるのです。
明治以来、100年以上にわたってわが国では都市基盤の充実を図るために多くの投資を行ってきました。国や地方自治体などの公的機関が所有しているものだけでも1,000兆円を超えたといいます。戦後、高度経済成長期には膨大な数の社会資本が整備されましたが、当時のものは短期間に大量に安く造る必要があったので、上質ではないものも多くありました。橋梁も同じで、明治以降に橋の建設数が多かったのは、1923年に起きた関東大震災後の震災復興の時期と、1964年の東京オリンピック前後です。この2つの最盛期に造られた橋の補修費を比較すると、80年前に造られた古い橋に比べて、40年前に造られた橋の補修費の方が多いのです。震災復興の頃の橋は極めて高価だったため丁寧に造られていて、補修する必要があまりありませんでした。良いモノを造ることがいかに大事か分かっていただけるでしょう。
都市基盤はその寿命が、場合によっては100年を超えるというように、長いことも特徴です。都市基盤を長く使わざるを得ないのは、多くのものが代替が容易ではないからです。首都高速道路は古いところでは建設後50年近く経過しています。膨大な交通量の増加があり、かなり傷みも出てはいますが、今あるものを壊して新たに建設すると、部分閉鎖が何年にも及び、都内の交通渋滞はさらに悪化して経済にも悪影響を及ぼします。要するに、ストックは代替がないと古くても取り壊せず、傷んでも直しながら使わざるを得ないのです。
それと比較して建築物の寿命は短いですね。建築物は構造がまだ十分使用に耐えていても、経済的に時代に対応できなければ取り壊されてしまいます。イギリスに行って驚いたのは、ビルとビルの間に隙間がないことでした。建て替えることを考えていないので、すべてのビルがくっついて建てられています。文字通り、不動産なのです。日本の建物はまるで動産、いやコモディティ(日用品)的なものになってしまったのではないでしょうか。ビルも100年間という建物寿命を躯体に持たせることが可能だといいます。その際には、スケルトンとインフィルに分けて設計し、経済的に適応できなくなっても建築物を建て替えるのではなく、インフィルのみを更新して継続的に使用することで環境負荷を抑えることが必要です。集合住宅では空室化したインフィル単位で改修していく方式も検討すべきです。
日本は地震や台風など自然災害が多いという特徴があります。1970〜2004年の世界の自然災害を金額で比較すると、実に世界の被害額の1/6近くが日本で起きています。また、日本を加えたアジアでは50%近くになり、世界の半分近い損害がアジアで起きています。したがって、防災はわが国において重要な課題なのです。
耐震設計の考え方も大きく変わってきました。昔は、大きな地震の場合は壊れてもしかたがない、人の命が救えればよいというのが耐震設計の考え方でした。1990年代には要求される性能を考えて設計するパフォーマンス・ベース・デザインという考えも登場しました。しかし、阪神淡路大震災を契機に皆の考えが変わりました。震災があっても人が死なないのはいいけれど、翌日から暮らせなかったり、自分の資産がゼロになるようでは困るということになったのです。最近はダメージフリーといって、免震構造にして、あらかじめ壊れる部分も作った上で、地震があってもほとんど損害がないように設計する方向に進んでいます。私たちの土木もそうであって、高架橋が次の日から使えないようでは困ります。現在は関東大震災クラスの地震があってもすぐに復旧できる構造になっています。
東大の元総長だった小宮山宏さんは『日本は課題先進国であることを前向きにとらえて、世界の最先端を進むべき』だと仰っていました。これは、世界でまだ誰も解決したことのない課題が日本には溢れているということです。日本は資源が乏しく狭い国土に多くの人口を抱え、高度に産業化した経済を有した先進国です。このため、エネルギー問題や廃棄物、環境汚染、少子高齢化といった多くの課題を抱えています。これは日本が持つ地理的社会的制約が複合的にからまった日本独自の課題で、海外にこれらの課題を解決するモデルはないということです。近い将来、中国やインドが先進国の仲間入りをする頃には、資源が乏しく人口密度の高い先進国という状況が、世界中に訪れます。すなわち、現在の日本は未来の地球の姿であり、日本が抱える現在の課題は、未来の世界が抱える課題であると言えるでしょう。日本は先進的に世界の課題を先取りしているのです。これらの課題を日本は一つずつ解決し、そのノウハウを世界に提供していく必要があると提唱されています。
日本は高度経済成長に伴う環境汚染など、さまざまな課題を解決してきました。これをアジアの国々は興味深く見ています。中国は海岸浸食が激しいですが、これは上流にダムを造成したために河川からの砂の供給がなくなり、波によって海岸が浸食されたからです。これも、日本が経験してきたことです。大気汚染やゴミ問題、水資源など数多くの課題を日本は経験して解決してきました。このノウハウをアジアの国々に提供することが必要です。
現在、私はバングラディシュのパドマ川に架けられる、橋の建設に深く関わっています。これは世界銀行とアジア開発銀行とJAICAが費用の2,500億円を拠出するプロジェクトです。バングラディシュは川で分断されていて、ダッカとインドの間に5kmの幅の川があるのです。これまではフェリーだけがアクセス手段でした。バングラディシュの土地はフラットなので洪水が起きると河道が変わってしまいます。このため、どこに橋を架けるか、悩みました。ここでも耐震技術など、日本の技術やノウハウが活用されています。日本で、都市の再生に関するさまざまな課題解決にあたったゼネコン、サブコン、設計事務所、コンサルタント会社などは、そのノウハウを持って積極的に海外に進出して、持続可能な都市の形成・再生に貢献していってほしいと思っています。