広報誌掲載:2014年8月
再生可能エネルギー利用を契機に地域のエネルギー資産が再評価されている。その一つが森林資源。日本は国土面積の3分の2が森林であり、資源の乏しい日本にとって木材は稀な資源なのだ。しかし、木材自給率は28%程度。需要の大半は輸入に頼っている。その結果、日本の林業は停滞したままだ。森林が適切に管理されていないため、自然災害の拡大も懸念される状況という。どのようにすれば森林資源を適切かつ有効に活用し、「木の国ニッポン」を復興することができるのか、バイオマス資源や木質材料の加工、流通、利用に詳しい井上雅文氏にたずねた。
一般に、ヨーロッパは「石の文化」、中東は「煉瓦の文化」であるのに対し、日本は「木の文化」だと考えられているようです。
例えば、世界を代表する歴史的な木造建築の多くは日本にあります。容積が世界最大の木造軸組建築は東大寺の大仏殿。最も高いのは東寺の五重塔。そして、最古の木造建築は飛鳥時代の姿を現在に伝える法隆寺西院伽藍の五重塔だと考えられています。また、身のまわりの生活用品についても、例えば、英語で陶磁器をChinaと言うのに対し、Japanは漆器を指します。漆器は主に木材を成形した容器にウルシを塗布した製品です。土や石で作った器がChinaで、木で作った器がJapanというところからも、中国の「土の文化」、日本の「木の文化」を感じていただくことができるでしょう。日本人は古代から木材の性質を熟知し、巧みな木材利用で独自の木文化を築いてきたのです。
この「木の文化」を支えてきたのは、気候に恵まれ南北に長い日本列島の多種多様で豊富な森林資源です。日本の森林面積は約2,510万ha で、森林率、すなわち国土面積(3,769万ha)に対する森林面積の割合は約67%であり、日本はフィンランドに次いで世界第二位の森林大国を誇っています。
現在もなお、木材は重要な建築材料として利用されています。しかし、戦後の日本は、「木の国」と呼ばれるほど、木材を使っているわけではありません。戦後の復興期と高度成長期の経済発展によって木材需要量は増加しましたが、1973年の1億1,758万m³をピークに、2009年には約6,321万m³まで落ち込んでいます。現在、国民一人あたりの木材消費量は0.5m³程度で、先進諸国の一人あたりの年間木材使用量は平均約1m³ですから、日本は、むしろ木材消費量の少ない国となっています。
一方、日本の木材自給率が、諸外国に比べて圧倒的に低いことが大きな課題です。アメリカ、スウェーデンなどの先進諸国は、輸入もするが輸出もしており、相殺される自給率は100%程度を維持しています。これに対し、日本はほぼ木材純輸入国で、2013年のデータでは、木材の総需要量約7,386万m³の内、国内生産が約2,111万m³、輸入が5,275m³ですので、木材自給率は28.6%となっています。
戦後の復興に伴う都市計画における建築資材の調達と、戦中戦後に荒廃した森林の再生と保全に対する措置として実施された戦後の木材利用抑制政策が要因と考えられます。
飯田大火(1947年)や熱海大火(1950年)など、戦後の復旧復興時に建設された粗末な家屋と消防設備の不足によって都市大火が多発したのです。その対策として、1950年に、『都市建築物の不燃化の促進に関する決議』が衆議院で可決されました。要するに、都市建築物の構造材料への木材の使用禁止が提起されたのです。同年に制定された『建築基準法』では、防火地域・準防火地域が規定され、都市建築における木材利用が制限されました。さらに、1951年の『官公庁施設の建設等に関する法律』では、国家機関の建築物は耐火建築物としなければならないことが規定されました。また、1959年9月に到来した伊勢湾台風によって多くの木造建築が被害を受けたことから、建築学会は、『防火、耐風水害のための木造建築禁止』を決議しています。
資源保護の観点からも、戦後、長期間にわたって木材利用は抑制されています。1951年に森林法が改正され、森林計画制度の創設や伐採規制が盛り込まれましたが、これだけでは戦中の乱伐によって荒廃した森林の再生が進まなかったため、1955年に、『木材資源利用合理化方策』が閣議決定されました。ここでは、森林資源の保全とともに、建築物の木造禁止の範囲拡大、土木資材を鉄鋼、軽金属、コンクリート等へ変更すること、木質系燃料の都市ガスへの切替えなどが書き込まれています。
その後、1964年に木材の輸入規制が全廃されて以降、輸入材を中心に木材需要は増加するものの、建築分野における木材利用は長期にわたり制限されてきたのです。特に国産材については、上記の政策が継続されたため、供給体制が整備されないまま放置され、現在も低い木材自給率が継続しています。
この図は、戦後に植林された人工林の林齢構成を示しています。30年前(1985年頃)の姿をみると、20年生を中心とした構成となっています。住宅建築の柱などに使えるのは50-60年生程度ですので、30年前の日本の森に使える樹木がほとんどなかったのです。言い換えれば、この頃は木材を輸入せざるを得なかったのです。
さて、それから30年経った現在、戦後に植林した樹木がちょうど"使い頃"に成長してくれました。しかも、これらの樹木は、毎年成長を続けており、その量は約8,000万m³/年と推定されています。2013年の木材需要量は約7,386万m³ですので、量的には、日本人が消費する木材をすべて国産材によって賄うことができるわけです。日本の森林は、戦後の再生、保護の時代から、活用する時代へと変化しているのです。
もう一つ、この図で注目していただきたい点は、現在、若い木が少ないことです。日本では、森林も少子高齢化となっています。例えば、このまま"日本の木を使わない""植えない"状態を30年続けると、使い頃の50-60年生の樹はなくなり、建築材料としては利用しにくい80年生の太い樹木が中心になります。私たちの子供や孫の世代が、日本の木で家を建てたいと思っても、それはさぞ高価な家になるでしょう。
50年後に50年生の樹を得るためには、今年、植えなければなりません。しかし、日本の森林はすでに国土面積の2/3を占めており、これ以上、森林を増やすことはできません。それでは、どこに植えれば良いのでしょうか。今、使い頃に成長した樹を伐って、場所をあけて、そこに新しい苗木を植えることが適当ではありませんか。未来の子供達のために、今、植えることが大切。植える場所を確保するためにも、今、成長した日本の木を使わなければならないのです。
日本政府も『森林・林業再生プラン』など、戦後の木材利用抑制政策を180度転換し、成熟した日本の森林資源を活用するための方策を打ち出しています。
その理由のひとつとして、"近年の積極的な木材利用促進政策は地球温暖化対策によって牽引されている"と言っても過言ではないでしょう。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、2007年に公表した第3作業部会第4次評価報告書で、気候変化の緩和策として、「林業部門における活動は、低コストで、排出量の削減及び吸収源の増加の両方に大きく貢献することが可能」と公表しました。これを契機に、世界的に、木材の利用促進が加速しました。
日本でも、「地球温暖化対策の推進に関する法律」に基づく京都議定書目標達成計画(2005年4月閣議決定)において、森林吸収源対策として「住宅や公共施設等への地域木材利用の推進」が規定され、同法に基づく政府実行計画(2007年3月)では、建設資材等の選択として「木材の利用......(略)......を促進する」と示しました。
2009年に公表された『森林・林業再生プラン』では、2020年までの木材自給率50%以上が目標とされ、その翌年2010年には、公共建築物における木材利用促進法が制定されました。
化石燃料の大量使用や森林減少によって大気中の二酸化炭素などの温室効果ガス濃度の上昇が地球温暖化の主な原因と考えられています。地球全体が保有する炭素の総量は一定ですので、大気中に気体として存在する炭素(二酸化炭素など)の割合が増えること、すなわち、固体の炭素が少なくなることが、地球温暖化の原因となるのです。従って、地球温暖化を緩和するには、"個体の炭素"を増やして"気体の炭素"を減らすことが重要となります。積極的な木材利用は、省エネ効果、炭素貯蔵効果、森林整備効果などによって、地球温暖化対策に貢献することができます。
木材は、他の材料に比べて加工のためのエネルギーが少なくて済むという点です。製品の原料調達から製造、廃棄までの環境負荷を定量的に評価する方法(ライフサイクルアセスメント)によって合板、鋼材、アルミニウムを1m³調整する時の炭素排出量を計算すると、それぞれ120kg、5,300kg、22,000kgとなります。これらの材料を用いて住宅を建築するとき、大気中に放出される炭素量は、木造軸組住宅では一戸あたり5,140kgであるのに対し、鉄骨プレハブ造住宅では14,173kg(木造の2.87倍)、鉄筋コンクリート造住宅では21,814kg(木造の4.24倍)と計算されます。このことから、木材が省エネ資材であり、木造住宅がいかに地球に優しい住宅であるかを理解いただけると思います。
木材の全乾重量の約半分は炭素ですので、木材製品として使用されている期間、すなわち、燃えたり、腐ったりするまでの間は、樹木が固定した炭素を保管し続けています。木造住宅や木材製品は、固体の炭素の貯蔵庫としての役割を担っているのです。日本全国の住宅に使用されている木材に貯蔵されている炭素量は約1億4千万トンと概算されています。これは国土の3分の2を占める森林に貯蔵されている炭素量(約7億8千万トン)の約18%にも及びます。木造住宅や木材製品は、それぞれの機能とともに、『炭素の保管庫』としての働きがあるのです。
森林は林齢が経過すると、二酸化炭素の吸収固定量が低下すると言われています。森林も若い頃の方が、大気中の二酸化炭素をいっぱい吸収してどんどん育つのです。管理された人工林であれば、ある程度成長した樹木は計画的に伐採して、材料として木材を利用し、その代わりに若い苗木を植える方が、二酸化炭素の吸収固定量が多くなって、地球温暖化防止にはプラスの効果となります。
使う木材の量が成長する樹木の量を越えない限り、木材は、永久に持続可能な資源として利用できるのです。さらに、樹木の生長期間を短縮する工夫や、木造住宅の長期使用、木材製品の高耐久化技術、リサイクル技術の向上によって、木材の消却量が森林の生長量を下回るように工夫すれば、資源を使いながら大気中の二酸化炭素量を減少させることができます。すなわち、積極的に木材を利用することによって、地球温暖化を防止するばかりか、地球環境を修復することもできるのです。
現在の日本の木材需要は、製材や合板用材などの建築用途と紙が半分ずつぐらいです。建築の動向が木材需要に及ぼす影響が大きいと言えるでしょう。住宅の新設着工戸数はバブル当時の160万戸程度から現在は80万戸程度と減少しています。人口・世帯数の減少、空き家率の増加、住宅の長寿命化などを考えると、今後もこの回復は見込めないでしょう。また、戸建住宅については、すでに大半が木造ですので、リフォームにおける木材需要は期待されますが、戸建て住宅の新築に木材需要拡大を目論んでも効果は少ないと考えられます。
そこで注目されているのが、木造率の低い非住宅建築です。前に述べたように、戦後、木造は敬遠されていたので、当時に建設された非住宅建築のほとんどは鉄筋コンクリートや鉄骨造です。それらの建物が60年の耐用年数を経て、建替期を迎えようとしています。これらを木造に置き換えることができれば相当の木材需要が確保できるでしょう。
これを目指して「公共建築物等における木材利用促進法」が施行されました。ここでは"低層の公共建築物については原則としてすべて木造化を図る"とされ、内装等の木質化推進や木質バイオマスの利用促進なども明記されています。また、これを実現するために妨げとなる規制や制度、例えば、木造建築の耐火に関する法律なども見直されようとしています。
この他、土木資材やエネルギー分野でも、木材の需要拡大が期待されます。
もう一つ、私が注目しているのは木材輸出です。
木質資源は、資源の乏しい日本にとって数少ない自給できる資源です。私は、他の先進諸国並みに木材自給率100%を目指すべきと考えています。国産材の供給を増加するとともに、積極的に輸出を計画していくことが重要です。輸入する量以上に日本の木を輸出すれば相殺されて自給率100%を達成することができます。いずれにせよ、日本では、マーケットの縮小が予想されるのですから、林業、木材産業、住宅産業の規模を維持・拡大するためには、海外にマーケットを求める必要があるでしょう。
現在、中国・韓国向けに少しずつ木材輸出が開始されています。
将来的には圧倒的な人口増加が見込める東南アジアへも展開するべきでしょう。東南アジア諸国は概ね蒸暑地域ですが、今後、さらにエネルギー問題が顕在化すると、建築的な工夫によって省エネが求められるでしょうから、その達成には木造建築が適していると思います。低所得者でも購入可能な木造住宅の開発が期待されます。また、シロアリや腐朽などへの対策の技術開発が必要になるでしょう。
このような社会の変化を見据えて、これからの日本の林業を捉えなければなりません。
「地産地消」......聞き心地の良い響きではありますが、補助金政策に頼って地域での消費を促すだけでは日本の林業を活性化できるとは思えません。木材が約100ドル/m³の国際流通商品であることを忘れてはいけません。
これからは、"外"に向かって"商"うことが必要になるでしょう。そのためには、国際競争力を意識したマーケティングが重要となります。スギ・ヒノキなどの国産材を国際競争力のある商品に育てあげ、日本の優れた木造建築技術とともに、世界に輸出することによって、「地産外商」を目指そうではありませんか。