広報誌掲載:2015年2月
BIM※(Building Information Model)が注目を集めて久しい。近年、その普及は急速に進み、建築設計の合理化だけではなく、意匠、構造、設備といったステークホルダー間の協業をはじめ、施工監理やLCCM(Life Cycle Cost Management)までをも含めて建築のプロセスを大きく変えようとしている。ITと建築現場の両面からBIMの研究を進める、芝浦工業大学の志手一哉准教授に、その可能性をたずねた。
※ BIM:3Dモデルに、属性データを追加し、建築の設計・施工・維持管理までの全工程で活用するワークフロー。
1980年代半ばから建築分野でも3次元CADが用いられていました。たとえば、東京ドームでは3次元のモデルを使って、ロケットの軌跡と同じように、ホームランの打球がどのように飛ぶかをシミュレーションしていましたし、ホールの音響シミュレーションや構造設計への導入が進んでいました。その後、3次元CADが進化し、パソコンが高性能化することによって、爆発的に普及しました。その時に、単純な3次元CADではなく、柱や梁にそれぞれの振る舞いを規定し「窓は壁にしか付かない」など、部材や部位の属性をオブジェクトに持たせていく考え方が出始めました。それがビルディング・インフォメーション・モデルです。そして2005年頃には広い分野にわたってBIMツールと呼ばれるものが世に出てきました。
BIMは3次元CADと、明らかに異なります。BIMは、建築を構成している部材を積み木のように集積して建物を造ります。CADのように線を引いたり面を貼るのではなく、先に部品を作っておき、組み立てるのです。BIMは製造業のCADから進化してきたのですが、同じ手法が建築に適用されたのです。
従来の設計プロセスは、最初の企画設計段階で、およそのボリューム感、容積や面積、形状を検討した後、基本設計に移ります。ここでは、ゾーニングによって、間取りなどを決めていきます。
次に実施設計段階では、多くの場合ゼネコンなどの協力によって実際に建物を造るための図面を作成し、その後、職人のための施工図というように、段階を追って図面がより詳細化されていきます。
しかし、BIMを用いると、基本設計の段階から施工図の情報を盛り込めます。先に部品を作る訳ですから、部品の属性や詳細情報を盛り込んでおけば、基本設計の段階から細かい納まりまでもが検討できるのです。
これにより、躯体と配管の干渉などが事前にチェックでき、現場での手戻りがありません。たとえば、鉄骨造の現場なら、鉄骨を組んだ後に、エレベータやエスカレータを取り付けようとしても、ボルトに当たって取り付けできないなどのトラブルがあります。現場でそういうことが無くなったというのが、BIMを導入した頃の最初の効果でした。
二つめは、現場では建築主や設計・施工の担当者が参加する定例打合せがあるのですが、そこに掛ける労力が減らせるという点です。今までは、何か課題があれば、関係者全員に分かるように資料を作って打合せに望む必要がありました。その資料で課題がクリアできなければ、また次週の打合せまでに資料を作り直さなくてはいけません。しかし、3次元データがあれば、モデルを立体的に見せて説明でき、異なる場所の説明が求められても、その場で提示できます。打合せ時間が、準備も含めて減っていきます。このようなコミュニケーションコストも削減できるのでのす。
現在、福島県湯川村でCLT(Cross Laminated Timber)を用いた共同住宅の施工計画をBIMで検討しています。CLTとは引き板の繊維方向が層ごとに直交するように接着した木質パネルで、厚みがあり、材料全体で建物を支える構造材でもあります。海外では高層建築にも利用されており、湯川村のプロジェクトは、CLTを用いた東日本初の共同住宅なのです。CLTはまだ普及しておらず、職人さんも施工経験がないので、BIMデータを用いて立体的な建設シミュレーションの動画を制作しました。クレーンを用いてどのように施工すれば良いか、職人さんと施工の段取りを確認しています。このように、BIMには施工を可視化する機能もあるのです。
湯川村プロジェクトでは、施工シミュレーションだけでなく、施工計画時に現場監督が図面だけに頼らずに施工情報を引き出す方法も検討しています。たとえばパネル1枚ごとに番号を振っておき、多くのパネルの中から、一番重いパネルや最大サイズのパネルを検索する場合に、"一番重い"などの形容詞で探せれば利便性が高いと思います。
すでに大規模な現場にはタブレットが大量に導入されています。BIMデータは現場でもっと活用されるようになるでしょう。また、職人さんのスマートフォンにアプリを入れ、必要なデータだけを利用したり、スタッフ間の連絡もSNSなどでできれば便利でしょう。こうすれば、施工データは自動収集され、現場監督が毎日の報告書作成に時間を取られることもなくなります。
現在、基本設計段階でも高い精度でLCCが算出できる方法を研究しています。従来の二次元の図面でもLCCの計算は可能でしたが、積算には膨大な手間が必要でした。ところが、BIMだとそれぞれのパーツに多くの属性が記述されているので、それをLCCのデータベースと紐付けるだけで、従来は実施設計が終わらないと計算できなかった精度で、ライフサイクルコストの計算を設計途中でもできるのです。また、設計変更があっても、随時確認できます。
LCCの計算方法には、建物のボリュームで見る略算、面積で見る概算、部材一つずつのマテリアルを見る精算があります。基本設計段階のBIMは概算レベルと精算レベルが混在しています。このため、これらの組み合わせによって、詳細が決まっていない段階でも精度の高いコスト算出ができないかを研究しているところです。
部材の形状を変えるだけで製造コストや運用コストも変わってくるので、管理コストにもメスが入ってきます。実際、竣工後に点検口に頭が入らないということもよくあります。サーバールームなどでは、ラックの上に点検口があって覗けないとか、点検するには特殊な治具が必要だというケースもあります。一般的な工具で容易に点検できれば、作業が省力化でき、メンテナンスコストも削減できます。
建物の完成後には竣工図を残します。これは、当初の設計図を、完成した実際の状態に合わせる作業です。しかし、すべてが直りきるわけではなく、竣工図と現物が異なるということはよくあります。このため、リニューアルや改修の際には再度実測し直さなければいけません。3Dレーザースキャナや写真を元に寸法を計測する技術も出始めているので、建物が建った段階や配管が終わった段階にそれぞれ計測し、アーカイブしておけば、正確なデータを残していくことができます。こうすればデータを建設後の改修に生かせるのです。
コンビニでは工期の面でいうと、いかにプレキャスト化するかという点がポイントで、BIMであろうとなかろうと、限界に近いところに来ているのではないでしょうか。しかし、コンビニはどこに行っても同じスタイルなので、逆にそれぞれの地域性を生かした意匠が重要になると思います。それをBIMによって時間をかけずに実現したいと考えています。そこで重要になるのがインタフェースという考え方です。
部材と部材をつなぐ場合、接合部分を標準化しておけば、どんな部材でも変更が効きます。たとえば、木と木のパネルで構成していた部分をガラスに変更する際も、インタフェースが標準化されていれば取り替えが可能です。これがBIMの特長なのです。部品を組み上げるBIMなので、部品をどんどん変えていけば良いのです。インタフェースさえ標準化できていれば、どのような意匠にも対応できるのです。北欧では、この手法がよく使われていて、病院建築などでは用途に合わせて内装材を変えるだけで全く異なる雰囲気に変えてしまいます。BIMのパーツを入れ替えるだけで、何種類のプランでも作成できるのです。このインタフェースを簡素にすることで、施工も省力化できます。ここが、ポイントなのですが、施工が効率化できると同時に、デザイン的により優れた複雑なものが実現可能になるのです。
大型ショッピングセンターは単に商業施設だけではなく、寛ぎの場など、地域における都市機能の一部を担うようになっています。すでに、計画を具現化する協議段階において、地域住民との合意形成などにBIMは使われています。
施設の建設が終われば、入居しているテナント変更の際に3次元データが活用できます。これにより、改装工事期間をできるだけ短くし、周囲のショップとの調和を図ることもできます。そういう面ではBIMは有効に使えるツールだと思います。
大規模なショッピングセンターなら、お店に地図で誘導するよりも、3次元で視覚的に案内する方がわかりやすいでしょう。3Dデータをスマートフォンに飛ばして、画面にそって目的地に誘導すると同時に催事情報を提供することも可能です。
合意形成やコミュニケーションツールという点では、VR(ヴァーチャル・リアリティ)とも親和性が高いと思います。パナソニックが開発した環境計画支援VRがありますが、それとBIMデータベースが連携できれば、さらに可能性も広がるように思います。