広報誌掲載:2013年11月
政府は、平成25※1(2013)年4月に建築物※2部門、10月には住宅部門で新たな省エネ基準を施行した。その背景には、京都議定書以降、国際公約としてCO2削減を掲げているにもかかわらず、日本で増加を続ける住宅・建築部門のエネルギー消費がある。
今回の省エネ基準策定に携わった一人である澤地孝男氏に、基準改正の意味と展望をたずねた。
1973年に第四次中東戦争が始まり、原油価格の暴騰により第一次オイルショック、次いで'78年には第二次オイルショックが世界を襲いました。これらの石油危機を背景として、日本では昭和54(1979)年に建築物における省エネ法が制定され、翌55年には省エネ基準が創設されています。その後、湾岸戦争の勃発や地球温暖化問題の顕在化により、平成4(1992)年に住宅省エネ基準、翌年には建築省エネ基準が改正されました。
また、平成11(1999)年には住宅、建築両方の省エネ基準が改正され、住宅に対して高断熱・気密・防露性能が温暖地でも要求されることになりました。さらに、平成14(2002)年から、建築物の新築および増改築に際する建築主の省エネ措置の届け出対象が、5,000m²以上から2,000m²以上までに拡大。著しく不十分な場合には変更の指示がなされ、指示に従わない場合には公表するなど、年を追って規制は厳しくなっています。
住宅・建築物を含んだ民生部門で産業部門や運輸部門と比べてエネルギー消費削減が進んでいない理由はさまざまですが、一つには、工場の生産設備や自動車・鉄道などと異なり、住宅や建築は多様で定量化しにくいという点が挙げられます。とくに、住宅に比べて建築物の規制が困難です。諸外国を見ても、住宅と建築物では、住宅における取り組みが先行し、建築物が後追いしている傾向があります。それは住宅と比較すると建築物の機能が複雑で多様であり、設備システムも多岐にわたっているからです。住宅なら毎月の電力やガスの領収書を見れば、エネルギー消費量がわかりますし、断熱性能や設備の概要も比較的簡単に把握できます。しかし、建築物は、消費エネルギー量を開示していただくことが難しく、設備や業務形態などを調査する了解を得るのも困難です。企業の工場や建築設備の規模やスペックは企業秘密でもあり、把握することも難しいのです。
とはいえ、住宅は個人の財産であり資産なので、本来は、ビジネスとして利用されている建築物を優先して規制すべきだと考えられています。
平成21(2009)年、年間150戸以上の建売住宅を新築する住宅事業建築主を対象に、一戸建て住宅の省エネ性能向上を促す措置が導入されました。これが「住宅事業建築主の判断の基準」や「住宅版トップランナー制度」と呼ばれるもので、住宅の外壁、窓などの断熱性能に加え、暖冷房、機械換気、照明、給湯などの設備が評価の対象となりました。これにより、平成21年4月時点に標準的とされたエネルギー消費量に対する10%の削減を、平成25年度に達成することが目標とされています。
平成21年「住宅事業建築主の判断の基準」が施行される以前は、住宅の省エネ基準は「断熱性能」と「日射遮蔽性能」を中心に外皮性能だけが対象となっており、住戸内の設備に関する統一的な基準は存在していませんでした。外皮が関係するエネルギー消費量は主に暖房です。暖房エネルギー消費量は関東以西なら戸建住宅で20〜25%なので、これでは全体の1/4しか評価していないことになります。それに加えて暖房エネルギーは機器の効率が大きく影響します。
それが平成21年に策定された基準では、暖冷房負荷を対象とする基準から設備性能も含んだ暖冷房エネルギー消費量を対象としたものへ、さらには換気、給湯、照明、太陽光発電やコジェネレーションシステムも含んだ総合評価へと進化しました。さらに言えば、注目すべき点として、評価指標を一次エネルギー消費量※3(J:ジュール)に統一したことが挙げられます。この省エネ基準はその根拠の充実度において世界に先駆けたものと言えるでしょう。
増え続ける住宅・建築物の消費エネルギー削減への取り組みを一層強化するため、平成24年12月に低炭素まちづくり法に基づく低炭素建築物の認定基準が制定され、今年4月には「エネルギー使用の合理化に関する建築主等及び特定建築物の所有者の判断の基準」(省エネ基準)が公布。10月には評価の簡便性などの目的でそれらが改正されました。低炭素建築基準も新しい省エネ基準も、住宅については平成21年の「住宅事業建築主の判断の基準」が考え方のベースになっています。
今回の省エネ基準改定の注目すべき点として、「住宅と建築物の省エネ基準の一本化」と「建物用途ごとに設定されていた基準を室用途や床面積に応じて評価できるように計算方法を設定」したことが挙げられます。住宅と建築物の省エネ基準については、国際的に用いられている一次エネルギー消費量(J)を指標として、断熱性能に設備性能を含めた総合評価に一本化。これまで住宅と建築物に分かれていた告示も一つになり、地域区分も統一されました。
また、建築物については、平成11年基準で建物用途ごとに規定されていた判断基準値が、平成25年基準では建物を構成する室用途に応じた単位床面積あたりの基準として一次エネルギー消費量(MJ/m²・年)が規定されることとなりました。
住宅の省エネ基準に関しては、これまでの外皮(外壁や窓)における熱性能だけの基準に、空調・暖冷房、換気、照明など建物全体の省エネルギー性能を評価する基準が加わりました。これによって、平成21年基準では年間150戸以上の住宅事業建築主が対象となっていたものが、同様の考え方が、戸数に関係なく全て形式の住宅に適用されることになりました。
建築物では、これまでも躯体の外皮性能に加え、設備の省エネ性能に関する基準が含まれており、住宅に先んじて設備の評価が行われてきました。建築物の基準として、躯体の外皮は年間熱負荷係数:PAL(Perimeter Annual Load)が用いられ、建築設備に関してはエネルギー消費係数:CEC(Coefficient of Energy Consumption)が用いられていました。各種設備に対しては、空調(CEC/AC)や照明(CEC/L)、換気(CEC/V)などが個々に評価されていましたが、今回の改正ではCECに代わる評価指標が導入されています。
これまでのCECが表していたのは効率でした。たとえばCEC/Lでは、標準的な照明設備に比べてどの程度のエネルギー消費量なのか、比率で表されていました。同様に、空調設備も標準値との比率であって、絶対量ではありません。このため、設備全体のエネルギー効率をつかみ、現実のエネルギー消費量とどのような関係があるかを知るのは困難でした。また、ビルオーナーが建物性能の善し悪しを判断することも難しかったのです。
今回は、外皮性能(PAL)と設備のエネルギー消費量、さらに発電量も含めた全てを合計し、一次エネルギー消費量に換算して、評価されるようになりました。いわば、住宅や建築物の「燃費」が容易に比較できるようになったのです。
今後は大きい建物から小さいものへ、最後には戸建住宅も対象に、省エネ基準の義務化が進められるようです。最終的には、義務化の水準を満たしていないと建設許可が下りないことになるでしょう。義務化するためには、行政も態勢を整える必要があります。容易に申請でき、評価方法も簡単で精度の高いものにしなければいけません。そのための社会的制度の整備も必要です。省エネ基準の普及によって、住宅・建築のランニングコストは低くなり、その分を省エネ建築のための初期投資に割けば、質の良い建築が普及し、国としてもCO2排出量を削減することになります。
設計段階の一次エネルギー消費量の算出にあたっては、申請者、審査者の負担を軽減し、評価の公正性を保つため、独立行政法人建築研究所などの組織が協力して住宅用と建築物用の算定プログラムを用意しました。これは当研究所のWEBサイトで公開しています。
平成21年の「住宅事業建築主の判断の基準」の場合は、住宅に関しては120m²で4人家族という固定条件でしたが、今回は床面積を入力して、実態に沿った計算ができるようになりました。また、集合住宅の共用部に建築物のプログラムを使うことで、戸建から集合住宅、非住宅建築物までに対応しています。さらに、室用途の多様化を受け、オフィスやホテル客室をはじめ、映画館や競馬場の券売り場などまで、210にわたる室用途を用意しました。これでようやく、すべての建物の使用条件を反映させた評価ができるようになりました。
今回開発したプログラムに用いたアルゴリズムを用いれば、一次エネルギー実態値の推定も可能になります。一次エネルギーは金額に換算できるので、複数の設計案があった場合にどれくらいのランニングコストになるかも比較できます。たとえば、2,000m²の建物の建築データと設備データを入力すれば、空調・照明・給湯、エレベータなどの一次エネルギー消費量が推定できるのです。そこで、空調設備をより効率の高いものに変更すればどれくらいエネルギー消費が減るのか、などのシミュレーションも可能になります。
このプログラムが、省エネ基準申請として利用されるだけでなく、建物の「低燃費」比較やエネルギー・シミュレーションにも活用されることを望んでいます。それが、省エネの住宅・建物を増加させ、CO2排出量削減による地球温暖化を抑える活動の一翼を担えることを期待しています。
※1:政令に関する所は平成表記を用いています。
※2:ここでは業務用建築物や非住宅建築物を意味する言葉として「建築物」を用いています。
※3:一次エネルギーとは自然界に存在するままの形で利用される、化石燃料や自然エネルギーなどによるエネルギーを指す。電力、都市ガス、石油などは二次エネルギー。
省エネルギー基準では、二次エネルギー消費量を一次エネルギー消費量(J)に変換して評価される。