近年、企業において「従業員も、企業にとって大きな資産である」という考え方は、経営者の間では常識と捉えられています。
人的資本経営は、こうした捉え方を踏まえ、人材への投資が企業の長期的な成長に不可欠であるとする経営戦略です。2023年から有価証券報告書に人的資本に関する情報開示が求められるようになり、企業の未来を評価する上で重要な指標の1つとなりつつあります。
本記事では、人的資本経営の目的やメリット、人的資本経営の重要性を明らかにした経済産業省の人材版伊藤レポートの変革の方向性などを解説します。また、人的資本経営と健康経営との関係性についても考えていきます。
人的資本経営とは
人的資本経営とは、人材を「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すことにより、中長期的な企業価値向上につなげる経営方針です。
「人的資本」とは何か?
「人的資本」とは、従業員を付加価値創造に貢献する存在として捉え、人材が資本としての性質を持つことに着目した考え方です。従業員は、教育や研修、日々の業務などを通じて従業員の能力や経験、意欲を向上・蓄積することによって付加価値を創造しているため、人材を資本と捉えることができます。
人的資本経営の重要性を明らかにした経済産業省の人材版伊藤レポート
企業を取り巻く環境は、近年大きく変化し、企業が持続的に価値を高めていくためには、人材戦略と経営戦略を連動させることが重要になってきました。また、機関投資家に向けて企業価値を示す上で、非財務情報である人的資本の活用も重視されるようになりました。
人材戦略に関して、経営陣、取締役、投資家それぞれの役割や、投資家との対話のあり方、関係者の行動変容を促す方策などを検討するため、経済産業省は2020年1月に、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を開催しました。この報告書が、2020年9月に公表された、通称「人材版伊藤レポート」です。
レポートで示された変革の方向性は以下のようなものです。

「人材版伊藤レポート」の公表後、人材への注目度は高まりましたが、日本での取り組みは、まだ道半ばの状況でした。そこで、経産省は持続的な企業価値の向上のため、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するか、議論を重ねました。
2022年5月に、通称「人材版伊藤レポート2.0」として公表された報告書では、人的資本の重要性が提唱され、「目指すべき姿(To be)の設定と現在の姿(As is)とのギャップの把握を定量的に行うこと」の重要性などが指摘されています。また、人的資本経営を具体化していくための実践事例も豊富に記載されています。
人的資本経営が注目される背景
近年、急速なデジタル化により、人材に求められるスキル・能力が大きく変容しています。
その中で、人的資本経営が注目される背景にはどのような状況があるのでしょうか。
技術革新による市場の成熟
デジタル化の進展により、AIやロボットと協調してイノベーションを起こすため、人材に求められるスキルや能力を新たに定義し、どのように育成していくのかが課題となっています。
また、脱炭素化をはじめとする新たな事業機会の創出に向け、高度な専門性はもちろん、多様な視点を持ち、新たな発想を生み出せる人材がますます求められています。
さらに企業同士の競争が高まる中で、持続的な企業価値の向上や経済成長を支えていくための原動力は、イノベーションを生み出せる人材であることが、より強く認識されるようになってきています。そのため、企業全体で人的資本の向上に取り組むことが急務となっています。この状況に対応した積極的な人的資本のポートフォリオをいかに構築できるかが課題です。
多様な人材・働き方の浸透
経営戦略の実現に向けて、社員が能力を十分に発揮するためには、社員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組む環境を整えなければなりません。
年齢や性別、国籍を超え、多様な人材の活躍が進み、個人のキャリア観、価値観も多様化しています。さらに、コロナ禍をきっかけに、働くこと自体や働き方に対する人々の意識が大きく変化しました。よりよい環境で各個人が満足して働き、ウェルビーイングも実現できるような人材戦略を策定する必要性も出てきています。
投資家の意識変化による情報開示の要請
国内外の機関投資家の間では、ESG(環境・社会・企業統治)投資の中でも、特にSocial=社会的要因が、持続的な企業の価値向上に不可欠という認識が広がっています。無形資産は、持続的な企業価値向上の推進力があるという捉え方です。
人的資本への投資は、企業の成長や価値向上に直結する戦略投資と捉える考え方が投資家へも広がり、より一層、人的資本が重視されていくというムーブメントがあります。そのため、企業・経営者が自社の人的資本への投資や人材戦略を、投資家や資本市場にわかりやすく伝えていく人的資本の可視化(情報開示)が求められるようになりました。
人的資本経営と健康経営の関係性
健康経営とは、従業員の健康づくりを「コスト」ではなく「投資」と捉える考え方で、人的資本経営の一環と位置づけられています。
[人的資本経営]企業価値向上のために、従業員価値を高めることを目指す
「人材版伊藤レポート2.0」では、人的資本経営の一環として健康経営の重要性が指摘されています。法的な義務である社員の安全確保や健康に対する配慮を超えた健康経営は、社員の健康保持・増進だけではなく、社員のエンゲージメントの向上にもつながるからです。
その結果、生産性や企業イメージを高め、組織の活性化や業績の向上、組織としての価値向上が期待できます。
[健康経営]従業員価値向上のために、従業員の健康を促進する
健康経営は、従業員の心身の健康はもちろん、熱意や活力を持って働くことを含めたウェルビーイングも視野に入れます。社員の健康状況を把握し、継続的な改善を、個人と組織双方のパフォーマンス向上のための投資と捉えることが大切です。
健康経営度調査の回答企業数は2021年に2,869社(上場会社1,058社を含む)と過去最多となりました。経済産業省ウェブサイト上で、回答企業の健康経営に関する理念・方針や施策、比較スコアなどを示したフィードバックシートが任意で公表され、企業数ベースで日経平均株価構成銘柄の69%を含む2,000社分のデータセットとなっています。
【まとめ】健康経営は「人的資本経営を実践する上で土台となる経営手法」
健康経営は、人的資本経営を実践する際に、土台となる経営手法といってよいでしょう。健康経営を含む人的資本の可視化は、投資家や社員などさまざまなステークホルダーとの信頼関係を構築する上で、欠かせないものとなりつつあります。そういった時代の変化を捉えるように、2023年、有価証券報告書に人的資本の情報開示が義務付けられました。その開示情報は、企業価値に関わる重要な評価指標としての意味を持ちます。
<参考>
後編の記事では、世界の潮流にもふれながら、その背景と開示情報の選択について、わかりやすく解説し、WELL認証との関連性についても考えていきます。
<目次>
1.「人的資本経営」「人的資本」とは何か?
2.有価証券報告書で企業に人的資本の開示が求められるようになった背景
3.政府が示している7分野19項目の視点
4.人的資本の開示傾向初年度の調査結果
5.企業として人的資本開示の目的をどこに置くか?
6.有価証券報告書で人的資本の開示項目を選ぶ際に抑えること
7.人的資本の情報開示におけるWELL認証取得のメリットとエンゲージメントにつながる視点
8.WELL認証を取得するメリットは?
監修者
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員上林 俊介
(KAMBAYASHI SHUNSUKE)
SIer、業務系コンサルティングファーム、組織・人事系コンサルティングファームを経て現職。DTCのM&A・再編人事サービスリーダー。国内外の企業に対し、M&A・再編局面で、組織・人事の構想・戦略策定、計画立案、DD、取引実行、PMIまでをトータルに支援。近年は、デジタル機能の強化・集約を目的とした組織再編の計画立案や、それを起点とした組織・人材変革、制度設計も手掛ける。企業価値の向上に向けては、人的資本経営の実装や、人的投資の強化に向けたDD、人的投資戦略の立案なども総合的にサポートする。
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