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2023年から有価証券報告書で人的資本に関する情報開示が求められ、企業の未来を評価する上で重要な指標の1つとなりつつあります。その中で、どのように開示項目を選ぶとよいのでしょうか。

人的資本とは何か、人的資本経営の重要性はどこにあるのか、を踏まえた上で、企業で開示項目を検討していく際には、世界的な潮流や日本政府が意識している視点も確認していく必要があります。

本記事では、企業として、人的資本開示の目的をどこに置くかを考えていく上で大切なポイントを、有価証券報告書の開示項目を提示しながら解説していきます。また、心身の健康=ウェルネスや、ウェルビーイングの促進を目的とするWELL認証との関連性についても考えていきます。

「人的資本経営」「人的資本」とは何か?

昨今、注目されている人的資本経営とは、人材を「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すことにより、中長期的な企業価値向上につなげる経営方針です。

また、「人的資本」とは、従業員を付加価値創造に貢献する存在として捉え、人材が資本としての性質を持つことに着目した考え方です。

企業を取り巻く環境は、デジタル化の進展などもあり、近年大きく変化し、企業が持続的に価値を高めていく上で、人材戦略と経営戦略を連動させることが重要と考えられるようになってきました。また、機関投資家に向けて企業価値を示す上で、非財務情報である人的資本の活用も重視されるようになりました。その背景を具体的に見ていきましょう。

人的資本経営について詳しく説明している前編記事はこちら

人的資本経営とは?前編記事はこちらから

有価証券報告書で企業に人的資本の開示が求められるようになった背景

有価証券報告書で人的資本が重要視され始めた世界の2つの潮流

日本においても、2023年1月から人的資本に関する情報開示が義務化されるようになりました。その背景にある世界的な2つの潮流を見ていきましょう。

企業も公共の利益に取り組むべき社会の重要なプレーヤーという位置づけに

従来、企業は経済活動を中心とする一方、政府は公的利益を考える役割を担っていましたが、世界では、ウェルビーイングを中心とした経済・社会システムの実現が提唱され、企業の位置づけが大きく変わりました。企業も社会における重要なプレーヤーの一員として、公共の利益に取り組むことが新しい経済社会システムだといわれ始めているというのが1つ目の潮流です。

根底にESGの考え方がある(新しい経済社会システム)

企業姿勢が見直された根底に、ESGを重視する企業ほど中長期的に成長するポテンシャルがあるという事実や考え方があります。2015年にSDGs(持続可能な開発のための17の国際目標)が国連総会で採択されてから、こうした捉え方が世界的に大きな潮流となりました。

企業価値の多くを、人的資本を含む無形資産が占めるようになり、バランスシートでは企業価値を判断しにくくなった

かつて企業価値は実体のある有形資産で測られていました。しかし、現代社会では企業価値の多くを無形資産が占める企業も増え始め、その割合が年々増すとともに、企業価値を測ることが難しくなっているのが2つ目の潮流です。

米国S&P500企業全体の時価総額のうち、無形資産が占める割合は2018年には84%だったのが、2020年には9割に上るというデータがあります。そうなると、バランスシートだけでは、企業価値を判断する上で不足が生じ、無形資産に含まれる人的資本に関する取り組みを投資家に対して明確に開示する必要性が出てきました。

政府が意識するメガトレンド

この2つの潮流を、企業に対して具体的にどのように求めていくかという問題があり、日本では、その取り組みとして内閣府令の改正や金融庁の動きがあります。日本政府が着目しているのは、欧州と米国の取り組みです。

特に欧州は大目標にサステナビリティを掲げ、環境やガバメントも含め、企業に対して開示情報の標準化、義務化、デジタル化などを定めようとしています。その中で、企業価値と相関性が高いといわれているダイバーシティに関する指標を含め、企業のサステナビリティへの取り組みを開示してもらおうという意図があります。

政府が示している7分野19項目の視点

政府が有価証券報告書に開示を求めている項目とはどのようなものか、詳しく見ていきましょう。

政府の視点で企業に開示を求める7つの分野と19項目

以下の図2は、内閣府が示した7分野19項目の開示イメージです。それぞれの開示事項は2つの観点に分けられます。

1つは、投資家の評価を得るための企業の「価値向上」という観点です。もう1つは、投資家のニーズに応え、ネガティブな評価を回避する「リスクマネジメント」の観点です。ただし、両方の観点を含む事項もあります。

開示事項の例
開示事項の階層(イメージ)

人的資本の開示傾向初年度の調査結果

デロイト トーマツ グループは、人的資本経営の最新動向を明らかにするため、TOPIX100企業を対象に、2023年度 有価証券報告書の「人的資本・多様性」開示内容を調査・分析しました。

以下の図はその調査結果を表しています。

価値向上の観点 リスクマネジメントの観点

「エンゲージメント」と「ダイバーシティ」の 2つの項目に偏重

各社が開示した指標を、内閣府の「人的資本可視化指針」の19項目に基づいて集計したところ、特に多い項目はダイバーシティ、ついで従業員エンゲージメントでした。一方、リスクマネジメントにあたる項目の開示は少数でした。

ウェルビーイングに影響する「職場環境(健康経営)」、「育成」はもっと開示されてもよい

初年度の開示状況から、従業員のウェルビーイングに直接影響する「職場環境(健康経営)」や「人材育成」に関する情報はもっと開示されてもよいのではないかという意見も見られました。

企業に所属する従業員は、能力を最大限に発揮して活躍するため、自身の健康や職場における環境を整えること、また能力を高めるための育成・投資に力を入れることは重要な取り組みとなります。結果として、エンゲージメントやダイバーシティに影響を与える要素でもあるため、職場環境や育成への取り組みがあれば、積極的に開示するとよいでしょう。

企業として人的資本開示の目的をどこに置くか?

人的資本開示の取り組みが始まったばかりの中で、企業はその目的をどこに置けばよいのでしょうか。

サステナビリティに関する開示基準項目で環境や人権・人的資本が重視される

まず、ヨーロッパを中心に、サステナビリティに関する国・地域のルール形成は世界的にかなり進んでいます。特に欧州の企業と取り引きがある企業はこの動きを無視することはできません。

また、サステナビリティ関連の開示基準は、IFRS(国際会計基準)財団によって策定されつつあります。現状、もっとも重視されるのは環境ですが、人権や人的資本の項目も重視されている分野です。世界的な流れの中で、日本においても今後、ルール形成が進むことはまず間違いないと考えてよいでしょう。

サステナビリティに関する人的資本への取り組みを各企業内で整理

人的資本情報開示においては、世界の潮流を意識した上で感度を上げ、総務も人事も一緒になって取り組むことが期待されています。

まず人的資本に関する自社の強みを整理し、以下の7分野19項目の中で選定していきます。

人的資本の開示項目、7分野19項目の中での選定

■人的資本の開示項目は7分野19項目

  1. 育成(リーダーシップ・育成・スキル/経験)
  2. エンゲージメント
  3. 流動性(採用・維持・サクセッション)
  4. ダイバーシティ(ダイバーシティ・非差別・育児休業)
  5. 健康・安全(精神的健康・身体的健康・安全)
  6. 労働慣行(労働慣行・児童労働/強制労働・賃金の公正性・組合との関係)
  7. コンプライアンス

開示の第一歩目として検討すること

人的資本の開示項目を選ぶ時に重要なのは、自社視点で選定していくことです。2023年度に始まったばかりの取り組みなので、初年度の有価証券報告書の「人的資本・多様性」開示内容の調査・分析にならって、特に多い項目であったダイバーシティや従業員エンゲージメントに着目しがちです。しかし、初年度の傾向や、他社の開示項目に捉われず、自社の強みを探していくとよいでしょう。

自社の強みを核として、企業価値がより高まるような開示項目を見つけ、ストーリー立てをして、戦略的にアピールしていくことが重要です。ESGの取り組みを社会へのアピールとして、また、育成やダイバーシティを労働市場へのアピールとして開示する事例も見られます。

有価証券報告書で人的資本の開示項目を選ぶ際に抑えること

次に、自社の人的資本を有価証券報告書で開示する際の進め方について考えます。

自社分析から始める(会社としての強みを戦略的に語っていく)

自社の従業員たちは、どのようなことを大切に考え、重きを置いているのか?また、経営者は、人的資本を重要なものと捉え、マネジメントの方向性を管理から人材の成長を通じた価値創造へとどのように変化させていこうとしているのか?など、自社の方向性を強みとしていくとよいでしょう。

ベンチマーク企業分析から考える

ベンチマークとなる企業の分析の際に重要なのは、他の企業と自社の優劣を比較するのではなく、独自性の観点で、他社はどこに注力しているか、注力していないかを見ることです。他社の独自性を見ることを通して、自社の独自性に気づくきっかけとなっていきます。

その際に、前に記載している政府の示した開示項目が参考になります。
人的資本の開示項目、7分野19項目についてはこちら

開示項目を選定する際の組み合わせ方

リスクマネジメントの観点と、価値向上の観点の組み合わせ方を検討

開示項目を選定する際に留意すべきなのは、自社の「価値向上」と、「リスクマネジメント」という2つの観点をどう組み合わせていくかです。特に価値向上のドライバーが1つでも2つでも見つかっていることが大切で、減点主義ではなく、加点主義で自社のアピールポイントを検討していきます。

独自性と比較可能性を組み合わせる(価値向上+独自性となる項目)

自社独自の強みを考えた上で、記載する項目を検討していきます。また、価値向上と自社の独自性をいかに組み合わせて、適切にアピールできるかも重要なポイントです。

人的資本の情報開示におけるWELL認証取得のメリットとエンゲージメントにつながる視点

ここでWELL認証の取得と有価証券報告書における人的資本の情報開示の関係について考えてみましょう。

WELL認証は、オフィスで働く人の健康とウェルビーイングに寄与するさまざまな機能を測定・評価・認証するもの

WELL認証は、ウェルビーイングに影響を与えるさまざまな機能を、「10のコンセプトに基づいて測定・評価・認証」する評価システムです。

『WELL認証』は企業評価指標!具体的なコンセプトと評価項目を解説

評価項目の10のコンセプトを踏まえると、内閣府が示した7分野19項目の中で、ウェルビーイングに効果を及ぼすことが見込まれる項目が複数あります。具体的には、以下の項目で、WELL認証の取得を対外的に発信することが有益であると考えられます。

  • 精神的健康
  • 身体的健康
  • 安全
  • 福利厚生

WELL認証の評価項目には、建築工事以外にも、「人事総務」に関するものが多くあります。オフィスで働く人の健康とウェルビーイング向上を目指したものであり、従業員のエンゲージメントを高めます。よって、WELL認証は人的資本経営と親和性が高いのです。

WELL認証における総務人事に関わる項目は約30%

WELL認証は人事部門や総務部門が担う福利厚生や健康経営とも重なる内容が多く、「人事総務」の評価項目が全体の30%を占めています。

ウェルビーイングとは

ウェルビーイングとは、身体的にも精神的にも社会的にも満たされた状態のことをいいます。ウェルビーイングの定義にはさまざまなものがありますが、文部科学省は、「身体的・精神的・社会的によい状態にあることを示し、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義などの将来にわたる持続的な幸福を含む概念」と定義しています。

WELL認証をどう捉えるか?

ウェルビーイングの考え方を踏まえると、WELL認証は人的資本の情報開示との関連性から、以下のように2つの観点で捉えることができます。

  • 自社の取り組みを外部からの評価指標としてWELL認証を活用する観点
  • WELL認証取得を目的とした投資や働きかけを通じて、自社社員に適切な環境を届けるという観点

WELL認証を取得するメリットは?

前述したように、職場環境の整備を通してWELL認証を取得することは、オフィスで働く人々の健康やウェルビーイングを向上させることにつながります。特に、WELL認証の取得は、「精神的健康」「身体的健康」「安全」「福利厚生」の各項目に直接的な関連性があると考えられます。

さらに、上記の項目に作用することを通じ、下記の3つの項目についても好影響を及ぼすことが見込まれます。

【維持(リテンション)】
従業員が職場環境を心地よく感じることで、従業員の定着に一定効果を及ぼすことが見込まれます。
【ダイバーシティ】
WELL認証の取得を通じ、多様な人材が協業するのに適した職場空間となることが期待されます。
【エンゲージメント】
健康、安全、従業員の定着、多様性ある職場環境の整備によって、従業員のエンゲージメントにも好影響をもたらすことが期待されます。

また、人的資本の情報開示との関連性から、WELL認証を以下のように考えていくことができます。

独善的になりがちな自社の強みを客観的にアピールできる

有価証券報告書の記載には自社の強みをアピールすることが大切ですが、独善的になりがちな危険性があります。一方でWELL認証は科学的なフレームワークに基づいて第三者が行うものなので、企業ごとの人的資本に関する取り組みに関して客観性、信頼性が担保されます。WELL認証を通して、客観的に強みを訴求できるのは大きなメリットです。

WELL認証の取得を通して、有価証券報告書へ自社の強みを記載できれば、投資家や社会へ向けた手堅いアピールとなります。

WELL認証の根底にあるもの

従業員のウェルビーイング向上という観点から、働く環境や空間を複合的に捉えるというのがWELL認証の根底にある考え方です。

人的資本とウェルビーイングのちがいとは?人的資本経営より「ウェルビーイング」が社会的には共通言語に

人的資本経営とウェルビーイングのそれぞれの観点を考えてみましょう。人的資本経営はあくまで組織内の話である一方、ウェルビーイングは、個人、組織、社会、大きくは世界、それぞれの階層で語ることができ、ウェルビーイングの方が上位の概念です。ウェルビーイングは会社にとどまらず、地球規模で環境も包括し、人的資本経営もその中に含まれます。

ウェルビーイングの実現とWELL認証は親和性が高い

WELL認証は、オフィス環境において、ウェルビーイングに影響を与えるさまざまな機能を測る評価システムであることから、身体的にも精神的にも健康に働く環境が担保されてこそ取得できるものです。

よって、ウェルビーイングを実現していくことは、健康経営の裏付けとなり、従業員のエンゲージメントを高めることにつながるのです。

WELL認証が裏付ける価値は企業のあり方や企業価値の判断軸が変わっても普遍的

これまでのようなバランスシートを中心に評価する企業価値とは異なり、WELL認証が裏付ける価値は、企業価値の判断軸が変わっても左右されることは、まずありません。そのため、有価証券報告書で人的資本情報を開示する場合にも、信頼性が高い情報として訴求することができるのです。

パナソニックでは、WELL認証取得支援サービスを実施しています。WELL認証の取得は空間の環境計測から設備改善、申請・審査と対応することが多岐にわたるため、この支援サービスでは測定業務や申請資料の作成など実務サポートも行っています。

創業から100年以上、生活家電など多彩な製品開発を通して、人々が快適に暮らす環境づくりをしてきました。暮らしの快適さを定量的に測り、住空間を改善してきた経験と技術を生かしてウェルビーイングなオフィス空間の実現を支援いたします。

上林 俊介

監修者
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
上林 俊介
(KAMBAYASHI SHUNSUKE)

SIer、業務系コンサルティングファーム、組織・人事系コンサルティングファームを経て現職。DTCのM&A・再編人事サービスリーダー。国内外の企業に対し、M&A・再編局面で、組織・人事の構想・戦略策定、計画立案、DD、取引実行、PMIまでをトータルに支援。近年は、デジタル機能の強化・集約を目的とした組織再編の計画立案や、それを起点とした組織・人材変革、制度設計も手掛ける。企業価値の向上に向けては、人的資本経営の実装や、人的投資の強化に向けたDD、人的投資戦略の立案なども総合的にサポートする。

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オフィスは1日の大半を過ごす空間でもあるため、オフィス環境を整備することは従業員の健康維持にも直結する重要な取り組みです。働きやすいオフィスと一口にいってもさまざまな定義や基準がありますが、国際的な認証であるWELL認証を取得することで、ESG経営にも貢献できるでしょう。

オフィス移転や改装を考えている方は、健康経営実現のために、ぜひこの機会にWELL認証の取得を検討してみてはいかがでしょうか。

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