文豪、志賀直哉が昭和の初めに設計した奈良の住宅です。和・洋・中を調和させた家は、家族の健康・快適に配慮し、現代の住まいにも通じる温かな工夫が見られます。
サンルーム。南側の開口部とガラス張りの天窓から光があふれる。天井の梁は太い角材で自然の曲がりをそのまま採用している。
「暗夜行路」「万暦赤絵」などの名作で知られる白樺派の文豪、志賀直哉が自ら設計し、昭和3年(1928年)から翌年にかけて建てられた奈良市高畑の住宅です。名所・奈良公園の南側に位置し、東は春日山の原生林を臨む静かな屋敷町にあります。
住宅は2階建て数奇屋造りを基調に、洋式と中国式を調和させた機能的な造りです。
家族の快適と健康、居心地のよさを配慮した家は、当時の文化人らが集まるサロンの役割も果たしました。住む人に健康的で居心地がよく、開放的で友人知人らが集まって楽しい家は、現代のライフスタイルにも通じ、80年近く経った今でも魅力的です。志賀直哉はこの家に、家族と昭和13年(1938年)まで暮らしました。
表通りに面した瓦葺きの屋根の表門は、穏やかさと品格を合わせ持った見事な造りです。塀で四方を囲まれた敷地(1,437m2)には、南側は芝生が敷かれた開放的な庭、北側に池を中心にした日本庭園があり、住宅の間取りに合わせて造られています。
外観。南側の庭は、庭園とせずに家族が伸び伸び過ごせるように芝生にしている。
普通、日当たりのよい南側は客間が配置されることが多いのですが、志賀直哉が「客本位でなく家族本位(身辺雑記)」と書いたように、子ども部屋と夫人の部屋が置かれ、採光や通風・換気にも十分な配慮が施されています。明治から大正にかけて、人道主義・理想主義を謳い社会に影響を与えた白樺派の作家らしい家族想いの間取りです。
設計当時4人(転居後新たに2人誕生)いた子どもの部屋3室と夫人の部屋は、家で過ごす時間の長い家族のことを考えて、日当たりや風通しに最も恵まれた東南角にまとめて置き、湿気や通風に配慮しています。壁も活動的な子どもがぶつかってもいいように腰板を張っています。また夫人の部屋も、日当たり、風通しがいいのはもちろんですが、台所・客間と子ども部屋の中間に置き、無理なく目が届くようにしてあります。
北側の玄関から廊下を真っ直ぐに進むと食堂兼娯楽室(約32m2)になります。南隣のサンルーム(約24m2)は、洋式と中国式を取り入れた近代的なデザインで、ガラス障子を嵌めた開放的な空間。両室で約45畳にもなるLDは、数奇屋風と西洋、中国風を調和させた美しい部屋です。家族はいつも、来客らと一緒に食事を楽しんだと言われています。 食堂・サンルームのモダンな構造は当時でも一般住宅には珍しく、設計者である志賀のこだわりがうかがえます。小屋組中央の天窓からは陽光が注ぎ、来客はこの下で談笑を重ねました。
家族、来客らが一同に会し食事ができた食堂兼娯楽室。右(西)隣の食堂との境には配膳のためハッチが設置されている。
子ども部屋(8畳)。格子付きの地窓からは南北に風が抜けるように配慮されている。元は畳ではなくコルク張りで、倒れても痛くなく、冬でも暖かい。
小説を執筆した書斎は玄関の隣、6畳板の間にジュータンが敷いてあります。天井は葦を張り、梁を直接見せる和洋折衷の落ち着いた空間になっています。
東側のガラス窓を通して春日山、北側の窓からは若草山が、庭の木々を透かして眺められます。北側の部屋は、机が窓に面しても日光の影響を受けにくく、落ち着いた執筆スペースとして選んだようです。
1階書斎。北に面し、落ち着いて考えるに適した部屋になっている。
住宅は、京都から呼んだ数奇屋造りの名棟梁によって建てられました。中でも、茶室は、精魂を注いだ造りと言われます。茶室は普通、4畳半ですが、ここでは6畳で中央に炉を切り、中庭に面した南側障子が茶室の出入り口の役をはたしています。他にも竹で編んだ格子に障子を取り付けた小窓など、様式を踏まえながらも、随所に自由な発想がうかがえます。
1階茶室。床の間の天井は板張り。北側(左)板敷き床の天井は葦を張り、細い丸太で支え、数奇屋の美しさを表現。
茶室窓。格子の障子と細竹を組んだ窓で和風ながらに変化を持たせている。
2階には客間2室があります。東側の和室8畳間の窓からは春日山、若草山など近くの山が一望でき、伸び伸びとくつろぎながら奈良の風光と歴史を満喫できるように配慮されています。
2階客室の3重戸。客室、居室などの窓は、防寒を考えて1番外側にガラス戸、中に板戸、内側に紙の障子。
2階客間。窓からは奈良の絶景が堪能できる。
2枚のガラス障子の合せ部分は凹凸になっており、密閉性を高めている。写真は一階居室窓。
※住宅は現在、奈良文化女子短期大学のセミナーハウスとして一般にも公開されています。(2階と1階一部は未公開)
ソリューションに関する営業お問い合わせは、お問い合わせフォームからお願いします。