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Vol.26

旧杉山家住宅
[大阪府富田林市]

農家と商家の特徴を併せ持つ南河内の古民家

土間と隣り合って4つの居室が田の字型に並ぶ「四間取り」は農家型の造り。旧杉山家住宅はこれを原形とし、奥に複数の座敷を増築している。

大阪府富田林市の旧杉山家住宅は、戦国時代に富田林の寺内町じないまち(宗教自治都市)創建に関わった旧家の遺構。富田林は江戸時代に地域経済の中心地となり、杉山家も造り酒屋として栄えた。建物は農家の機能を受け継ぎながら瀟洒しょうしゃな商家の風情をたたえる南河内特有の造りである。

富田林寺内町の一画に堂々たる構えをみせる旧杉山家住宅。江戸時代中期から造り酒屋を営み、大規模な商家となった。
座敷や大床の間、奥座敷が順々に増築されたことで、本瓦葺きの屋根が四層に重なる美しい外観がつくられた。
煙出しの役目を果たす越屋根。釜屋の上部にある。

戦国時代に誕生した富田林寺内町は、その町割を現在もほぼ残し、そこに江戸時代以降の建物が数多く建っていることから大阪府内唯一の重要伝統的建造物群保存地区となっている。その核ともいえる旧杉山家住宅は地区内最古の建物。寛永21(1644)年の杉山家文書に間口九間、奥行き四間のわらや(茅葺き)として記録されており、現存する土間はその後の17世紀中頃に本瓦葺きに改築したものである。当初は土間に接して田の字型に4つの居室を配置した典型的な農家の間取りであった。

大床の間。能舞台を模して作られたという床の間を狩野派の障壁画が飾る。赤味を帯びた壁土は大阪土といい、桂離宮の壁に使われていることで知られる。
奥座敷。床柱に杉の磨き丸太を用いる数寄屋風の部屋。付書院が庭側の面ではなく、違い棚・床の間と一直線に並ぶ。当家出身の明星派歌人・石上露子が好んだと伝わる。

杉山家は寺内町創建に携わった庄屋八人衆の一人で、貞享2(1685)年には寺内町で造り酒屋を始めた。一帯は東高野街道や石川など、交通の要衝であったため、やがて多くの商家が軒を連ねる在郷町ざいごうまちへ発展、杉山家も大いに繁盛して最盛期には70人の使用人を抱えるに至る。家業の発展に伴い、宝永頃(18世紀初期)に4つの居室を造り直して格子の間、台所(居間)などとし、さらに大床の間や座敷を増築。享保19(1734)年には奥座敷も建て増した。

釜屋の梁は煙返しの梁と呼ばれ、深い垂れ壁と梁には煙が流れ出ることを防ぐ機能があった。
上から光が入る親子格子。
手前の突き止め溝は半間ごとに板戸が止まる仕組み。

土間の太い煙返しの梁、格子の間の根太ねだ天井や無垢材の差鴨居さしかもいは農家の特徴的な造りである。一方、大床の間には銘木を用いた二間の床の間や格調高い欄間などをしつらえ、奥座敷は洗練された数寄屋風の座敷にして商家らしいたたずまいを整えた。当主は茶華道をたしなみ、自ら能を演じたともいわれ、文化の花開いた江戸中期の雰囲気が住宅の普請にも感じられる。こうした構造が共存し、暮らしに溶け込んでいる住宅は南河内の町家の典型的な形である。旧杉山家住宅は意匠も優れ、美しく保存されていることから昭和58年、国の重要文化財に指定された。

屋根裏の部材がてこの原理で軒を支え、縁側角の柱を省略できたと考えられている。
明治時代に作られたモダンな意匠の螺旋階段。
用語解説
【寺内町】
中世後期、一向宗寺院を中心として形成された町。摂津の石山本願寺、河内の富田林、越前の吉崎など。
【在郷町】
日本近世では法的に都市・町と農村は区別されたが、農村地域にありながら実質は町として活動しているもの。
【根太天井】
2階の床組を1階の天井として現したもの。
【差鴨居】
通常より高さのある鴨居。構造材を兼ねる。

大阪府富田林市富田林町14-31

協力
富田林市教育委員会
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