2022年12月号 無線給電が実現する未来の可能性

  • 佐藤 文博様

    東北学院大学 大学院工学研究科
    電気工学専攻 工学部 電気電子工学科
    教授
    佐藤 文博

  • 佐々木 秀様

    光電子株式会社
    代表取締役社長
    佐々木 秀

  • 相良 健一様

    光電子株式会社
    取締役
    相良 健一

長いあいだ夢物語と言われ続けた「ワイヤレス給電(WPT)技術」。しかし今、スマートフォンのワイヤレス充電器が当たり前に店頭に並ぶ時代となり、電気自動車(EV)をはじめ幅広い分野でのワイヤレス給電技術の活用が注目されつつあります。電線を使わず電力を送るワイヤレス給電技術は、今後、人々の生活環境に大きな影響を与える可能性を秘めています。
東北大学の松木英敏名誉教授は40年近くワイヤレス給電技術の研究に携わり、黎明期から医療用埋込器具などを手がけてこられた医工学の先駆者。パナソニックの電動歯ブラシ「ドルツ」の開発にも関わられた経歴をお持ちです。松木教授と愛弟子である東北学院大学の佐藤文博教授、長年の交流がある光電子株式会社様の佐々木秀社長と相良取締役が、ワイヤレス給電技術の課題と可能性について語り合いました。

100年以上前から行われてきたワイヤレス給電技術の実験

―佐々木様:最近になって少しずつ用途が広がっている「ワイヤレス給電技術」ですが、まだまだ一般の方にはなじみの薄い技術だと思います。

松木様:ワイヤレス給電とは、電源ケーブルを使わずに電力を伝送できる技術のことです。非接触で行うため、いつでもどこでも無意識に充電することが可能になる技術といわれています。

―佐々木様:いつ頃から登場したものなのでしょうか?

松木様:「非接触電力伝送」という概念で実験を始めたのは、有名なニコラ・テスラです。彼は1900年代のはじめ、ウォーデンクリフ・タワーと呼ばれる送電塔を米国に建て、地球規模の送電実験を行いました。しかし、資金が続かず、実験は頓挫しました。

医工学分野のニーズからワイヤレス給電技術に挑戦

―佐々木様:先生がワイヤレス給電技術を研究しようと思われたきっかけは?

松木様:私が電気工学の研究を始めた40年前、東北大学医学部で開発に取り組んでいた電磁型人工心臓に、外から充電する方法として、非接触電磁誘導の原理を活かした変圧器を作ろうということになりました。電子部品の中でいちばん大きなインダクタ(コイル)を小さくすることができれば、電子回路も電子部品も小さくなります。そこで当時開発されたばかりの髪の毛ほどの細さのワイヤーに着目し、その周りに銅線を巻いてみたのですが、製作が大変でした。そこで、ワイヤーを縦に並べて、そこに銅線を這わせて、平織の織物のような構造にしたところ、小型化することができ、これをトランスに応用したのが始まりです。皮膚の下に埋め込めて、40Wが送電でき、かつ人体に安全なものが開発できました。
その後、回転ズレに対応する構造にするため、最終的にドーナツ型に落ち着いた経緯がありますが、ワイヤーの種類や材料、周波数帯など、系統的な研究を継続しました。

佐藤様:人体に使用する機器は、安全性に配慮しなければなりません。松木研究室では生体デバイスの研究から始めたので、私もその検証視点を自然に体得しました。

―佐々木様:医工学分野でのワイヤレス給電は、他にどんなものがありますか?

松木様:ワイヤレス給電が最初に実用化されたのは医工学の分野です。前述の人工心臓は消費電力が大きく、約40Wの給電技術が確立されています。その一方で電池の問題があります。ワイヤレス給電だけでは電気を溜めておけないので、その先に蓄電池とつながっている必要があるのですが、電力規模が大きいものほど難しくなります。
逆に、10mW~数10mW程度なら実用化しやすく、有名な事例では、オーストラリアの研究チームが開発した人工内耳があります。私もいろいろなものを手がけましたが、電力規模の大きさにより、ワイヤレス給電技術は分けて考えるべきだと認識しています。

―佐々木様:電気自動車(EV)は電力規模の大きいものですが、EVのワイヤーハーネス※1の先端部分をワイヤレス充電させることで、複雑な配線を改善したり、メンテナンスが容易になるといわれています。

松木様:EVの場合、大容量のバッテリーをどう扱うのか、どう充電するのか。ポイントは電流なんですね。急速充電すればするほど、とんでもない電流を流さないといけないので、ワイヤードの回路では大変です。

ただ、現在整備されている高速道路や一般道の全長にワイヤレス給電装置を完備するのは、あまりにも道路が長距離で現実味がありません。そこで、専用電化道路をある程度の距離毎に装備することで、近未来の電気自動車(EV)充電が可能になります。この充電性能は、電化道路の長さに比例しますので、この専用電化道路上の走行時には低速走行(レーン化)することで、充電時間が長くなり、満充電をいかに減らさないかという課題に貢献できます。例えば、ロンドンでは電化道路車線で低速走行中にワイヤレス給電することが実用実証化されています。そう考えると実は出力は10kWぐらいでよいことになります。走行中給電の問題はどのようなインフラにして、どういう使い方をするのか、日本でもトータルで考えて設計する必要があります。私たちはこうした考えを踏まえて、今、ワイヤレス給電の実証実験を行っているところです。

※1 ワイヤーハーネス:自動車用組電線。自動車の神経・血管に例えられる電線の束のこと。
自動車に搭載されている安全性や利便性のための機能を実現する電気・電子機器をつなぐ役割を担い、電力を供給し、信号と情報を伝送する。

電動車椅子へのワイヤレス給電をデモ機で実験。約30cmの距離まで離れても充電が可能で、バッテリーを充電する作業がとても楽になる。

家電製品にワイヤレス給電を導入するメリットとは?

―佐々木様:家庭で使う家電製品のワイヤレス給電についてはいかがですか?

松木様:家電製品の場合、ほとんどが床か壁か天井に設置されていますよね。電源は壁・天井・床にあるので、そこから給電できれば充分です。冷蔵庫や洗濯機は動かして使うものではありませんが、安心安全面からいえば、ワイヤレス給電ならコンセントからスパークが起きないという利点があります。

―佐々木様:確かに、電気火災の約7割がトラッキングが原因という調査結果もあります。家庭の太陽光発電で創った電気を、蓄電池を介さずに直接EV充電や自家消費に活用できるとオフグリッド※2に近づきますね。

相良様:太陽光発電で創った電気をEVなどのモビリティのエネルギーとして使う、その発想があれば売電ができなくても納得する人は多いでしょうね。EVだけでなく、電動アシスト自転車や電動キックボードなどのモビリティが増えることに繋がるかもしれませんね。
また、世の中のさまざまな情報をデジタル化し、データの収集や相互に通信できる環境の構築が必要とされるため、建築物も含めたあらゆるものにセンサを搭載がする時代が目の前に来ており、IoTセンサにも非接触給電は必要不可欠です。

2019年8月より東北大学青葉山新キャンパス内で、東北大学、NICHe、民間企業の産学共同で、
遠隔給電の最新システムを導入した電動キックボードの実証実験を実施中。
松木教授がプロジェクトリーダーを務めている。

※2 オフグリット:送電網(グリッド)に繋がれていない(オフ)の状態や、電力を自給自足している状態のこと。

いつでもどこでもデバイスを使えるユビキタス社会を目指して

―相良様:こうしてお話を伺うと、我々企業側としては、充電がストレスフリーとなるような電源インフラや、ワイヤレス技術をご提供していきたいと考えます。

佐藤様:EVもスマホも、要は使っても電力が減らなければいいわけですよね。いつでも、どこでも、あまねく存在するという意味の「ユビキタス」という概念がありますが、「いつでもどこでも充電できる」のではなく、「いつでもどこでもデバイスが使える」に発想を転換する必要があるのかもしれません。

松木様:動きながら使うものは、「ユビキタス」という意味で補充しながら使っていく。一方、動かさずに使うものは、その場所でいつまでも使えるようになっていればいい。そうなると、トラッキング現象が起きない安全性や、EVが走行中に電化道路で給電できるような利便性も生まれてきます。また、EVは半導体や周辺回路への給電の先端ワイヤレス化により、省配線・省スペースにも貢献できるかもしれませんね。
今後、住宅設備や家電分野でワイヤレス給電の実用化が進めば、新しい需要が生まれ、電気工事会様のビジネスチャンスも増えます。ぜひこれから電源端末でのワイヤレス給電のマーケットに着目していただきたいですね。

座談会の様子

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