• 大井競馬場
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1152灯のLED照明を導入した大井競馬場

「光」と「闇」を演出する新時代の競馬場


2019年7月31日、大井競馬場(東京都品川区)のナイター競馬「トゥインクルレース」が生まれ変わる。コース照明として新設した1152灯の発光ダイオード(LED)照明を駆使した光の演出を導入。広大な競馬場が“光の劇場”と化す。

公営の地方競馬の1つである大井競馬場は1950年の開場以来、先進的な試みを取り入れてきた。ゴール写真判定装置、騎手帽の枠別色の導入、スターティングゲート、パトロールフィルム制度など、大井競馬場が国内で初めて導入した取り組みは多い。1986年には、日本初のナイター競馬「トゥインクルレース」を開催した。その記念日である7月31日に、光の演出のお披露目を重ね合わせた。

「私たちは競馬場に『闇』を求めていた。従来のHID照明は点灯してから明るくなるまでに時間がかかるため途中で消灯できず、常に明るい状態でイルミネーションを中心とした演出を実施していた。その点、LED照明を導入すると目の前の広大な空間が一瞬にして闇に包まれ、そこから光の演出を始められる。今まで見たことのない壮大な光景に来場者も驚くだろう」。大井競馬を主催する特別区競馬組合の斉藤弘さんは目を輝かせる。

特別区競馬組合 副管理者 大井競馬開催執務委員長の斉藤 弘さん

特別区競馬組合 副管理者
大井競馬開催執務委員長の斉藤 弘さん

改めて競馬場に足を運んでもらう

大井競馬場は70年近い歴史のなかで、時代の変化と要請に合わせた変化を遂げてきた。

「1980年代前半は売上減少が続き、存続の危機が問われる局面に立たされた。そのような状況を一変させたのが、1986年7月31日に始めた日本初のナイター競馬『トゥインクルレース』だ。週末に開催する中央競馬に対し、法規制もあり地方競馬は平日の昼間に開催していたが、ナイター開催によって平日のアフター5の娯楽に変わり、それに伴って若者層やビジネスマン、女性の来場が増加した」(斉藤さん)。折からのバブル景気も重なり売り上げも伸びた。

だが、バブル崩壊後に再び売り上げが低迷する。そこで、より手軽に、競馬場に足を運ばなくても競馬に参加できる仕組みを導入した。東京ドームシティなどに場外発売所を開設したほか、現在のインターネット投票の元となる電話投票を開始。その結果、いまではインターネット投票が売り上げの約70%を占めるようになった。

東京都競馬株式会社 施設整備部 部長の高野 元一さん

東京都競馬株式会社
施設整備部 部長の高野 元一さん

こうした変遷を経て、大井競馬場の所有者である東京都競馬と主催者の特別区競馬組合が次のターゲットに据えたのが競馬場施設の改革だった。「競馬は、歌舞伎や演劇と同じ興行の1つ。競馬場がしっかりにぎわっていることが継続的な活性化につながる。そのために、改めて競馬場に足を運んでもらう仕掛けが必要になった」(斉藤さん)。

2015年に老朽化したスタンドを解体し新たなスタンド「G-FRONT」を建設。最先端の観戦設備を盛り込みつつ、来場者数の推移を踏まえスタンドの小規模化を図った。並行して、解体したスタンド跡地に約10,000㎡のイベントスペース「ウマイルスクエア」を整備し、一般へ広く貸し出せるようにした。

目指すのは、「365日笑顔の集まるアミューズメントパーク大井」。競馬開催日だけではなく非開催日においても多様な楽しみ方を提供できる仕掛けを盛り込んでいく。2018年からは、イルミネーションイベント「東京メガイルミ」も始めた。場内に設置した照明約800万球相当を用いた大規模なイルミネーションに、場内レストランのリニューアルなどの施設と連動させた新たなナイトスポットとして打ち出した。

こうした取り組みの傍らで浮上していた課題が、コース周りに配した照明の刷新だった。施設の維持管理と改修計画を担当する東京都競馬の高野元一さんは、次のように説明する。

来場者のニーズや入場者数の変化に対応して設備と施設を更新してきた

来場者のニーズや変化に対応して設備と施設を更新してきた

「1986年のナイター競馬の開始に当たって導入したHID照明は、30余年を経て更新の時期を迎えていた。また2011年の東日本大震災時に実施された計画停電以降は、CO2削減に対する社会的な要請もあり、灯具を間引いて当初設計の2分の1の照度で運用する形が続いていた。安全性を十分に確保したうえでの措置ではあるものの、東京都競馬、特別区競馬組合ともに当初の照度に戻すことは念願だった」

「照明設備の更新に当たっては、省エネ化とCO2の削減が必須条件となる。改修前に使っていたHIDは設置当時としては長寿命で演色性も良い照明器具だったが、LEDに置き換えることができれば、さらなる長寿命化と高演色性、そして調光性と省エネ化が得られる。瞬時の点灯や調光ができないHIDとは違い、LEDなら1台1台細かく制御でき、より均一な明るさも実現できる。こうしたメリットを優先してLED照明を選択した」

特に重視したCO2排出量については、HID使用時に比べて4割程度の低減に結びつく計算だ。

CO2排出低減を目指してコース周りの照明をLED化

CO2排出低減を目指してコース周りの照明をLED化

競走馬を美しく浮かび上がらせる

コースを照らす照明をLEDに更新する計画は、2017年から2年にわたって進んだ。施設を所有する東京都競馬は、主催者である特別区競馬組合と要望をすり合わせたうえで、照明メーカー複数社に提案を求めた。主な条件は、今後主流になっていく4K放送への対応と、スムーズに調光ができて演出可能なシステムの導入だ。

導入後の目玉となる演出照明については3種類の使用パターンを想定した。「1つめはレース自体の演出。今までは常に一定の明るさでレースを行ってきたが、ファンファーレとともに明るさが増していくといった演出で個々のレースを盛り上げる。2つめはレースとレースの間に行うもので、今回導入したLED照明と既存のイルミネーションを連動させた総合演出。3つめは、表彰式などを想定したムービングライト演出だ」(斉藤さん)

選考の過程ではまず、舞台やエンターテインメントで採用されているDMX制御が可能なシステムを提案した2社に絞った。そして最終的に選んだのがパナソニックだ。「メンテナンス計画や製品保証などの信頼性を考慮して僅差で決めた」(高野さん)

省エネ、演色、調光など多くの利点を持つLEDが弱点とするポイントに、「赤」の演色性がある。競走馬の茶色を美しく浮かび上がらせるには、赤に対する高い演色性が欲しい。パナソニックは、赤に対する演色評価数R9を改善し、平均演色評価数Raが90以上のLEDの使用を提案した。演色評価数は自然光と比べてどの程度色が異なるかを示す指標で、100に近いほど自然に近い見え方になる。現時点で、馬の美しさを最大限引き出すスペックを用意した。

このほかパナソニックは、スーパースロー再生にも耐えられるようなチラつきの低減、RDM対応システムなども提案に含めた。RDMでは点灯状態など個別照明の情報を取得できるため、大量の灯具のなかから故障している部位を瞬時に見つけ出せる。10年単位の長期間におけるメンテナンスを視野に入れたシステムとした。

4K/8K放送、DMX制御による演出に対応したLEDシステムを導入

4K/8K放送、DMX制御による演出に対応したLEDシステムを導入

技術を結集させた3分間のプログラム

改修工事では、1600mコースの内外に並ぶ52本の支柱やスタンドの上端にLED照明を取り付けた。HIDからLEDに灯具を取り替え、制御盤を設置した。競馬場を運営しながら、地面を掘削して信号線を配線するなどの難工事もクリアした。

照明演出のプログラムの検討作業にも入念なチェックを重ねた。スタンド席の上部からはもちろん、コースに最も近い位置でレース観戦ができる「たたき」からも照明演出を楽しめる必要があった。パナソニックの提案に対して東京都競馬と特別区競馬組合が何度もチェックし、修正するという作業を繰り返して約3分間のプログラムを完成させた。

すべての観客に楽しんでもらう工夫に加え、800頭ほどいる競走馬や、周辺地域に対する配慮も欠かせない。

例えば、照明の点滅が馬に影響を与えないか、隣接する廐舎に光や影が入り込まないか―――。また競馬場の周辺環境はナイター競馬を開始した1986年当時と様変わりし、西側を中心にマンションが建ち並ぶようになっている。午前2時半から同8時半までの調教時に用いる照明が周囲への光害とならないよう確認する必要があった。パナソニックが作成した仮想現実(VR)も使いながら、東京都競馬と特別区競馬組合が1つひとつ確認していった。

競馬の魅力をより幅広く、より深く提供する競馬場へ

競馬の魅力をより幅広く、より深く提供する競馬場へ

こうして迎える7月31日のお披露目を前に、高野さんは「光の演出に対するお客様の反応が楽しみ。これからの競馬場施設としての可能性が広がると考えている」と期待する。「パナソニックは照明演出について豊富な経験があるため安心感を持ってプロジェクトを進めてきた。今後もビジネスパートナーとして、新たな施策を検討していきたい」

大井競馬場では2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて演出をブラッシュアップするほか、競馬場を近隣の保育園の子どもたちの遊び場として開放する試みも視野に入れている。秋から春にかけて開催する東京メガイルミを含め、競馬ファンの裾野の拡大を目指す取り組みといえる。

同時に斉藤さんが描くのは、競馬ファンに提供する「競馬の楽しさ」の深化だ。「将来的には、個別の馬の動きをお客様それぞれ手元の画面で見る、俯瞰(ふかん)して馬の動きを見る、ひづめの音も聞こえるような臨場感ある音声を楽しむ、といった技術を複合した『新しい競馬の楽しみ方』を提供していきたい」。その実現に向け、パナソニックの総合的な技術力が担うべき役割は大きい。

大井競馬場

大井競馬場

■建築概要
施設名/大井競馬場
所在地/東京都品川区勝島2-1-2
敷地面積/約 38万㎡
工事期間/2017年11月20日~2019年3月31日
LED演出の開始日/2019年7月31日

■企業概要
企業名/東京都競馬株式会社
設立/1949年
本社所在地/東京都大田区大森北一丁目6番8号
資本金/105億8,629万円

ダイナミック演出

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