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見通しの良い空港ターミナル内空間の壮大な建築デザイン
新千歳空港国際線旅客ターミナルビルは、出発ロビー、ゲートラウンジが見通しの良い大空間となっており、特徴的なトラスの大屋根構造により北海道らしさを感じさせるデザインとなっている。特徴的な空間と一体となった照明計画は、旅立つ人々の期待感を受け止めながら旅への不安感を解きほぐす光、そして長旅の疲れを癒し元気が出る光の環境をコンセプトとした。
旅客のデリケートな心理状態を受け止めるために「スーパーインダイレクトライティング」を採用している。「スーパーインダイレクトライティング」とは、演出的な間接照明ではなく、トラスに仕組まれた高効率反射ミラーに超狭角投光器から投射し、その反射光で必要な照度を確保する照明手法であり、天井面に器具を設置するのに比べてメンテナンス性にも優れている(1)。
またゾーン毎の色温度は旅客の心理状態に応じて計画されており、出発ロビーでは、旅への期待感を高めるように色温度は高く設定、搭乗前の出発ラウンジでは旅立ちの直前の高まる気持ちを静め、リラックスした状態で搭乗できるよう、色温度は低く設定している(2)。
精度の高いシミュレーションとして威力を発揮した「リアルCG」
実際の照明計画では、高効率反射ミラーと超狭角配光投光器による天井からの反射光だけで、基準照度を満たす設計が可能かを検証する必要があった。
さらに反射光範囲の中に複数の反射ミラー使用による光ムラを抑えることも重要なポイントとなってくる。その緻密な配灯計画と高効率反射ミラー角度の組み合わせによる配光イメージを想定するには、当社独自の3次元ライティングシミュレーションソフト「リアルCG」を用いての検証を実施する必要が生じた。これは建築素材の特性を入力し、初期段階でのライティングシミュレーションが可能となるもので、実写に近いリアルな照明環境をコンピュータグラフィックスで確認できる。さらに水平面照度分布図も精度の高い計算が可能となり、照明設計プロセスを飛躍的に革新させるものとなっている(3)。
「リアルCG」で実現した質の高い照明空間
「リアルCG」で施工段階の照明検討を行ったターミナルビルの照度はJIS基準をクリアしており、そのほかにもさまざまな工夫がなされている。
「スーパーインダイレクトライティング」を実現させるため、投光器はCDM-T150形の高効率ランプを使用し、超狭角に制御された工学設計となっているが、これにより使用台数の軽減が図れ、省エネルギーへも貢献している。
また高効率反射ミラーは、必要な光を的確な場所に照射できるよう、光の反射角度をシミュレーションで確認し、それぞれ角度が違うミラーで構成されている。
特に出発コンコースでは、反射板を角度調整可能な形状とし、シミュレーションに基づく角度に光を照射して、通路部分に光の帯をつくる計画としており、搭乗カウンターなど照度が必要な範囲の照度も確保している。
さらに「リアルCG」による検討結果のフィードバックにより施工段階におけるミラーおよび投光器の角度調整作業の省力化も図られた。
このような大規模吹抜空間において反射光を利用した空間の演出性と、メンテナンス性の良い照明手法は今後公共施設や民間施設等でも幅広く普及していくものと期待される。
向井 一郎様
株式会社 日建設計
デザインパートナー
東海林 弘靖様
LIGHTDESIGN INC.
・旅行客の心理からスタートした照明計画
東海林様:空港という場所の照明計画を考えた場合、どのような光を整えれば、訪れた人々の気持ちを高めたり癒したりできるのか。そのような観点から照明のコンセプトの策定をスタートしました。そして、鍵となるのは色温度であり、飛行機に乗る側と街の側で照明の色味を変えていこうという考えに達しました。
つまり、これから出国に向けて集まる出発ロビーでは色温度の高い光で高揚感を感じてもらい、搭乗前の出発コンコースでは色温度を低くしてリラックスしていただく。一方、到着された方は長旅でお疲れなので、色温度を低くして「お疲れ様」という感じで迎え、気持ちを整えていただいてから色温度の高い光で揚々と街へ送り出す、という関係にしようと考えました。
では、どうすればそのような光を実現できるのか。建築的・空間的な特徴を見極めながら、ディスカッションを重ねて辿りついたのが、反射ミラーに集中的に光を集め、そこからさまざまな角度のリフレクターで必要なところに光を分配していく「スーパーインダイレクトライティング」手法です。この手法ならメンテナンス性が非常に高いことも採用の決め手になりました。
難しかったのは、ミラーに当てる超狭角の光が出せる光学性能を有したスポットライトが必要だということと、照射したい場所に光を落とすために反射ミラーの傾きをどのように3次元で設定するかということ。そうした光の最終的な状況を想像するのが最も困難な点でした。
向井様: 計算上、反射ミラーに当てた光がどの方向に行くのかは分かりますが、実際の環境でどうなるのかがなかなか見えてこなかったですね。
・精密な光の配置を「リアルCG」で検証
東海林様: 現場ではモックアップ実験なども重ねながら進めていくわけですが、やはり照明計画の検証が必要だということで、パナソニック株式会社さんの「リアルCG」の力を借りて検証を行いました。この「リアルCG」によって検証作業の見通しが立ったため、プランの実現に向かうことができました。
向井様: 微調整は必要でしたが、「リアルCG」によるシミュレーションはかなり正確でした。
東海林様: この角度で間違いない、という確証が得られたのは助かりましたね。
向井様: また、「スーパーインダイレクトライティング」以外の部分の検証でも「リアルCG」は活躍してくれました。内装デザインのコンセプトは"北海道の森"ということでインテリアデザインを行っていて、地面からだんだん上に上がっていくと森の枝や葉があり、空があるというイメージです。足元の辺りは薄暗いけれども落ち着いた感じで、空は照度を高く設定し、1階の車寄せロビーの部分は木々の間から木漏れ日みたいに光が落ちるようにしよう、という照明計画を立てました。この部分の検証にも「リアルCG」を活用しています。
・光の状態をシミュレーションして施主様の不安を解消
向井様: 施主様にご説明する際にも「リアルCG」は役立ちました。特に搭乗待合室側の照明は、通路の部分を均一に光らせるのではなく、光の道のように照らすというプランを立てたのですが、当初は本当に実現できるのかという不安があり、施主様も照度の問題を非常に気にされていました。人が座るエリアは照度を落として落ち着いた感じに、人が歩く場所は安全な照度を確保するのですが、その調整が非常に難しいのです。
これも「リアルCG」のシミュレーションで角度を出してもらいました。搭乗カウンターも照度が必要なので、微妙に調整して光を返すようにしてもらったりしています。最終的に施主様にも「リアルCG」を見ていただき、心配されていた照度の問題も納得していただくことができました。
東海林様: 従来、施主様に完成イメージをご説明する際には、模型に光を当てて仕組みを説明したり、イメージ写真や事例写真を利用していました。今回はそれらの手法に「リアルCG」が加わり、説得力が増したと思います。プランを現実のものとするために欠かせないツールとなってくれましたし、大きな意味で、今回のプランにおいて権威的な役割を果たしたのが「リアルCG」だといえるでしょう。
菊地 啓子
北海道EC
今回、国内で初めての、大規模空間における反射光を利用した、間接照明のシミュレーションを手掛けることとなった時、自分自身でも対応できるのか戸惑いが生じました。
しかし「リアルCG」による照明計画によってその不安材料も解消できました。何故なら「リアルCG」なら照明計画の欠点が予測できるからです。またその逆に"できること"も予めわかるので、非常に有効なツールとして活用できました。
例えば新千歳空港は自然を感じる素材を用いて北海道の豊かな大地と心地よさを表現した建築意匠となっていますが、日中、窓からの自然光が射し込んだ時の空間イメージも把めることができ、施主様にも喜んでいただけました。
また天井の大型反射鏡ルーバーは複数の投光器で照らし上げるため、トラス部分に互いの影が生じる傾向にありましたが「リアルCG」で照射角度を計算することで、その懸念も解消されました。
一番印象に残ったのは、多くのスタッフと「リアルCG」による空間イメージを共有し、ビジュアルで確認しながら照明の設置やチューニングまで行ったことです。
「リアルCG」は照明設計の難易度が高ければ高いほどその効果も発揮できるツールだと感じています。