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西新館展示室の改修に伴い「建築照明」と「展示ケース照明」をリニューアル
奈良国立博物館では、以前より進められてきた耐震補強改装に伴い、西新館展示室の全面リニューアルが実施された。
それに伴う照明のリニューアルでは、展示室および展示ケースの両方が対象となり、パナソニック株式会社では各々に対応すべく2チーム制で対応した。
ガラスへの映り込みを極力配慮した展示室の照明計画
展示室の照明計画は、落ち着いた雰囲気を生み出す間接照明を用いるよう、予めオーナー様側の方針が決定されていた。同時に、改善前と同じ明るさをキープする条件も付加されていた。
間接照明では、間接光で空間全体の照度を確保するため、どうしても低照度となる傾向がある。また、バウンド光を利用するため、内装の反射率が高い場合、ガラス面に映りこんでしまうという課題もあった。
そこで、改修前の照度測定と、LSRによる改修計画案の照度計算を実施した。また、内装色が未決定であったため、白色、ミディアム色、ダーク色の3パターンのLSRを作成し、照度計算を行った。結果、反射率の高い白色の内装であれば以前と同レベルの照度が確保できることを実証し、室内の明るさの条件をクリアした(1)。
間接照明の映り込み対策には、カットオフ角の調整を重点的に行い、LSRによる間接照明の光の伸び方と、図面による光源の映り込まない位置を検討した。これらの検証により、間接照明の仕様が決定。建築設計側への提言で展示室の建築設計が進められていった。
展示ケースの形状に合わせ最適な照射設計を検討
展示ケースの照明設計の条件として、紫外線を含まない高演色(Ra90)のLED光源であること、色温度の調整が可能なこと、鉛直面の最大照度を350lx程度確保し、適度な均斉度が保てること、光ファイバーを着脱可能に設計することなどが挙げられており、それらをクリアすべく、照明設定を行い照度分布を確認した。
指向性のあるLEDの光で、高さのある鉛直面を均一に照射するため、原理モデルを製作して検討を行った。原理モデルは広角、中角のLEDユニットを複数例に配置し、各々の照射方向を調整、その前面には拡散パネルを組み合わせている。角度調整されたLEDの光が拡散パネルを透過することで、6mにも及ぶ鉛直面の上部から下部までを均一に照射できるよう設計されている。特にLEDのビーム照射外の色ムラを認識されないよう、互いの光で消し合うように角度調整に注意を払っている(2)。
色温度の調整は、白色LED(5000K)と電球色LED(3000K)を組み合わせ、ライトコントロールで各々照度を調節し色温度に可変できるシステムとした。これにより、展示物にあわせてボタン1つで異なる照明シーンの再生が可能となっている。
ミュージアムにおけるタスク&アンビエント照明の成果
こうして展示室と展示ケースの課題をひとつひとつクリアし、奈良国立博物館西新館はリニューアルに至った。落ちついた間接光により、リニューアル前の照度をクリア。各展示ケースも基準であった350lx 以上の鉛直面照度を確保し、均斉度、演色性の高い照明へと生まれ変わっている。
ガラスケースへの映り込みも、ケース内輝度が環境光の輝度よりも高く設定されているため、人や周りの設備のシルエットを拾うこともなく、快適な視環境を確立している。
当初から懸念されていた間接光の映り込みは、照明のカットオフ角の調整や、低反射ガラスの採用により極力抑えられている。加えて演出面では、展示室、展示ケースともにライトコントロールでシーンが設定でき、展示物の入れ替え時にも即座に最適な光演出が可能となっている。
博 士(芸術学)
内藤 栄様
奈良国立博物館 学芸部
部長補佐(教育普及担当)
・効率的な照明空間の想定が行えた展示室
本来、博物館における美術品の鑑賞は、少し暗い雰囲気の中で観ることが望ましいと思います。例えば、お堂の中で"無の境地"で対象物を観るような、つまり美術品と向き合う時は落ち着きのある雰囲気でまわりの要らないものが観えないことがポイントとなります。やはり白々しい空間の中では周囲のものが目に入り、観たいものに集中しづらくなります。そのため今回の改修では、間接照明にすることで本来の目的である環境構築を狙いました。しかし、ただ単に間接照明にしたとしても、その光がガラスケースに映り込んだり、明るさ不足による安全性の問題が生じてきます。
そこでパナソニック株式会社さんからの提案により、間接照明の条件においても快適な展示空間の視環境となるよう、詳細を詰めていきました。LSRという3次元シミュレーションにより、照明の配灯計画に応じた空間の状態を予め想定することができ、それを見ながらの進め方が非常に効率的であったと感じています。例えば、間接照明の光源が直接視界に入らない設置位置を決めるうえでも、その微妙な寸法の違いで空間の表情は変わってきます。施工段階の前にCGによるビジュアルで確認を行うことによって、竣工後の光イメージなど空間の様子がわかり、また逆にウィークポイントなども想定できたため、先立ってのレイアウト対策にも有効的でした。低反射ガラスの採用や間接照明のカットオフ角の設定、ガラス面に対しての開口部の向きや調光制御の設定など、これらの条件を加味しながらCGで確認でき、効率よく計画が進んでいきました。
・発色が良く、熱が少ない展示ケースのLED照明
まず、背が高く薄いケース内の照射エリア全域を、LEDの指向性の強い光を組み合わせて均一に照らしていることに驚きました。またLEDのおかげで発光熱によるケース内温度もあまり上がることなく、紫外線などによる美術品の変褪色の問題も軽減しています。さらに美術品の見え方も、発色が良く演出できており、色温度の調整まで行えます。展示物の入れ替えにあたっても、対象の大きさや形状に合わせてアッパーライトで補光できるなど、フレキシブルな演出の対応が可能となっており、今後さまざまな展示会にも幅広く活用できるものとなっています。
・演出性と安全性が両立された展示室の照明
当初心配していた間接照明によるガラスケースへの影響もLSRでの検証で極力抑えられており、展示ケースの明るく発色の良い光の演出が加わることで、しっかりとした展示の視環境を実現しています。しかも天井の間接照明は調光制御が可能で、混雑した展示会では明るめに設定することにより、お客様の足元の安全性確保にも貢献するという、施設管理側に立ったユーザビリティの高い照明設計に満足しています。
奥村 哲也様
株式会社山田綜合設計
取締役
・照明は意匠デザインの重要な要素
「照明の映り込みを極力なくすこと」「耐震補強に伴う部材を隠しながら天井の高さを確保すること」「さまざまなパターンの展示に対応できること」。この3点が展示室の照明設計における大きなポイントでした。最も困難だったのは天井の間接照明のデザインです。当時の建物の構造が特殊で、屋根にスラブがないために耐震性が弱く、屋根材の補強は必須でした。この補強部材を隠すために新たな天井を張ったうえで、できるだけ天井高を確保しながら、照明設計をしなければなりません。同時にそれ以外の課題もクリアするため、照度や光の状態を繰り返し検証する必要がありました。その際、ほぼ実際に近い状態を確認できるパナソニック株式会社のLSRは、とても有効なツールとなってくれました。
従来は検証手法として3次元パースを利用しており、イメージは作り込めるものの、実際の状態に近づけるには弱い部分があったので、的確にシミュレーションできるLSRが役立ちました。お客様との打ち合わせの際にもLSRを利用し、できあがった空間を想定しやすいということでたいへん喜ばれました。
これまでは照明デザインに関しては設計者にお任せ、というお客様も多かったのですが、最近は細かいオーダーを受けることが増えています。こうした意向に応えて、照明は空間のイメージを作り上げるのに重要な意匠デザインの一部であるととらえ、設計していく必要があります。そのため、設計段階で今まで以上に照明デザインについて検証していくことが大切だと考えています。
發田 隆治
(建築照明担当)
照明デザインEC
間接照明という照明条件に基づき、LSRを用いて照度分布を算出した結果、高反射率の内装材の仕様を提案しました。ガラス面への映り込みの問題は図面上でカットオフ角を検討し、直接グレアが生じないよう対策を講じました。さらに、施工後の現場での実測値とLSRより算出した照度値の検証を実施しています。今後も細かな"ツメ"の作業によって可能な限り美しい照明環境の構築に努めたいと思っております。
藤原 工
(展示ケース担当)
照明デザインEC
数々の課題をクリアすべく、初期検討段階で照度分布を確認。その後は原理モデル製作を行い、各ケースに合わせてLEDの照射角度と拡散パネルのコンビネーションにより実現に向かいました。特にエッジ光のムラを解消するための調整はデリケートな作業でした。当社の照明実験室でのシミュレーションは予想以上の均斉度と光の伸びが得られ、オーナー側の了承を頂くことができました。